「ぬいぐるみ持ってこなきゃわからない?」と彼女は言った。

肥前ロンズ

KAC20232 ぬいぐるみ

 ピカッ!! と、真っ暗な部屋に、三方向からライトが照らされる。

 一点に照らされた場所には、肩のところがほつれた、クマのぬいぐるみが横たわっていた。

 端には幼馴染のメグミと男の子が、ハラハラした目で見つめている(主にメグミが)。俺は重々しく告げた。


「では――オペを始める」





「はい。これでもう大丈夫だぞ。お大事に」

 無事にオペは完了。ぬいぐるみは元通りになった。

 男の子は自分より小さいものの、両手で持つのが精一杯なクマのぬいぐるみを抱きしめる。まだ小学校上がるか、上がらないかぐらいの年齢だ。

「ありがとうは?」

 メグミが促すと、男の子は大きな目をこちらに向けたまま、ぬいぐるみの首を動かす。ぬいぐるみは「ありがとう」と頭を下げているようだった。


「ありがとう、ノゾ厶」


 ぬいぐるみを抱きしめる男の子を見て、メグミは俺にそう言った。


「いきなりオペしてほしいとか言われたから、驚いたぞ」

「いやー、ノゾム昔から手先器用だったし。人間が縫えるならぬいぐるみもいけるんじゃないかなって」

「別にぬいぐるみは医者じゃなくても縫えるんだけどな?」

「世の中にはね、並縫いどころか玉止めすらできない人間もいるんだよ……」


 メグミはそう言って遠い目をする。

 確かに、家庭科の授業だと必ず玉結びがボールサイズになっていたな。


「でもごめんね、せっかくのお休みなのに押しかけて」

「それは全然いいんだけど」


 メグミはプロゴルファーをやっていて、あの男の子はキャディのお子さんらしい。その子のぬいぐるみを治すためだけに、わざわざ俺のところにまで来た、というのは驚きだった。


「あの子ね、喋れないの」メグミが言う。

「だから自分が喋れない代わりに、ピカソがああやって代わりに頷いたりするの」

「待って。あのくまさんピカソって名前なのか?」


 意外すぎるネーミングセンスに、メグミが「あの子がピカソ好きなんだって」と言う。マジか。


「ピカソが楽しいとあの子も楽しい、ピカソが悲しいとあの子も悲しい。あの子にとって心の支えだけじゃなくて、日常生活を送る上でも大事なパートナーなんだ」


 だからすぐに治してあげたくて、とメグミは言った。


 んんん゛。変な声が出そうになるのと同時に、顔が赤くなりそうになったので慌てて伏せる。

 改めてメグミに惚れ直す。こういうところが好きだ。声なきもの、小さきものの声を拾えるやさしいところ。

 小さい頃からこの幼馴染が好きだった。お互い忙しくて、最近は全く会えていなかったけれど、それでもずっと連絡を取り合っていた。

 ……それでも、未だに告白もしていないわけだけど。


「メグミのそういうところ、俺好きだぞ」


 こうやって、長所に対して素直に好意を示すのはできるくせに。自分のヘタレさが情けない。

 でもきっと、この幼馴染は気づかないだろうな、と思って、顔を上げたとき。




「……そういうところ?」



 どこか拗ねたように、頬を赤く染めて、メグミは言った。


「私が、なんでわざわざノゾムを頼ったか、本当にわかんない?」


 ……え゛。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

「ぬいぐるみ持ってこなきゃわからない?」と彼女は言った。 肥前ロンズ @misora2222

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ