第6話 向けられる殺意
「普通じゃないわ! 何かされたのよ!」
「何かってなんですか!? ステラはステラですよ!」
地面に倒れているステラに剣を向けるルナ。
明らかに敵意を向けていることはノアでさえ理解出来る。しかし、何かをされたという意味が分からない。誰に何をされたのだろうか。
「分からないの!? アスラ皇国の人に身体を弄られたのよ!」
「そ、そんな……だ、だとしてもステラはステラですよ!」
そうだ――何をされていようがステラには変わりない。
目の前で首筋に当てられている剣に噛みついている姿を見るまでは、そう思っていた。普段のステラであるのなら剣に噛みつくはずはない。そんなことをする人間なんていないからだ。
「この姿を見ても、そう思うの?」
「そ、それは……」
何も言い返せられない。
剣を噛む人間なんていないし、ましてや首筋に剣を当てられて怯えないのもおかしい。一体ステラの身に何があったというのだろうか。
「ステラに何が起きたんですか?」
「予想しか言えないわよ」
「それでもいいです。一体なにをされたんですか?」
未だに剣を噛み続けているステラを見てルナに聞く。
唇に力を入れているのか、すぐには返答をもらえない。どう言おうか考えているのだろうか。すぐに答えを聞きたいが、急かしたら駄目な気がする。
「言えないのならいいですけど……」
「いえ、ちゃんと言うわ。ただ説明が難しくて、ごめんなさいね。ステラちゃんはきっと遺伝子を打ち込まれたのよ」
遺伝子ってあの遺伝子だよな。
そんなモノをステラに打ち込んだとでもいうのだろうか。アスラ皇国は人体実験でもしているとしか思えない。
「遺伝子って誰のですか?」
「分からないけど、近頃アスラ皇国が研究している人を強制的に進化させる実験をしていると聞いたことがあるわ。多分だけど、古代の魔法が発達していた時代に生きていた人類の遺伝子を注入したとしか思えないわね」
「強制的に進化ですか?」
「そうよ。現代ではもう見ることはできないけど、神と人が共存共栄していた時代があったのよ。人の欲が暴走してその時代は終焉を迎えたけどね」
突拍子もない話で信じられない。
どうしてその時代のことをそこまで知っているのだろうか。ルナ・オーレリアには秘密が多そうだが、今はそこを突っ込んでいる場合ではない。ステラを救わなければならないからだ。
「いつかその時代のことをもっと知りたいですけど、この状態のステラをどうやって救えばいいんですか!? 早く救ってあげたいです!」
必死にルナに話かけるが口を開かない。
何かを考えているように唸り声をあげているが、閉じた口からは言葉が出てこない。
「救ってあげたいけど、今は無理だわ。私の予想の実験かも分からないし、例え合っていたとしても治療方法がないもの」
「そ、そんな……」
地面に力なく座り込んだノアは、未だに剣を噛んでいるルナの姿を見た。
その姿はさながらおもちゃを与えられた子供のようで、自然と涙が溢れてしまう。なぜこうなってしまったのか、なぜ救えないのか。自身の無力さで胸が痛くなる。
答えの出ない問題に苦悩していると、剣を払ってルナが叫びながら迫って来た。
「殺したい殺したい殺したい! 人間が憎い!」
ステラが殺意を放ちながら迫ってくる。
メアとフレンがすぐさま止めに入るが、軽々と後方に吹き飛ばされてしまった。
「逃げろ! お前じゃ歯が立たない!」
吹き飛ばされながらフレンの声が聞こえるが、逃げるわけにいかない。ステラが大変な状況なのに、自分だけ助かる道などあり得ないからだ。
ノアは意を決し、眼前に迫っているステラを抱きしめることにした。
「ステラ! 俺だ! ノアだ!」
「殺す殺す殺す! 人間は殺さないとダメなの!」
涎を垂らしながら、なおも殺すと叫び続けている。
注入された遺伝子の記憶なのだろうか。何かがステラを狂わせているのは確かだ。しかし、いくら抱きしめ続けても何も変わらない。
「落ち着いてくれ! 俺達はステラに何もしない! ただ救いたいだけなんだ!」
「黙れ人間! お前達が欲望深いから、滅んだんだ! お前達が憎い!」
欲望深いや滅んだと言われても意味が分からない。
滅んだのならここには人間がいないはずだ。一体何を話しているのか理解できないノアとは違い、ステラが何か呟く声が聞こえてくる。
「やっぱりそうなのかな……なら、救う方法は……」
一人でぶつぶつと呟いて何かをしようとしているルナ。
どうにかしてくれるのなら早くしてほしいが、貴族を急かすことなんてできない。しようとしていることを、実行に移してくれるまで待つしかないジレンマが凄まじい。
「どうして人間を殺すんだ! 人間が何をしたんだ!」
「お前達は私達から神を奪った! 人間は存在しちゃいけないんだ!」
「俺達は何もしていない! それにステラも人間だろ!」
何を言っても通じない。
これほどまでに、人間を恨んでいる人の遺伝子を打ち込まれた結果なのか。恨みで人相が変わってしまうほどに憎悪の全身で感じる。
いくら声をかけても変わらない状況に胸が痛くなっていると「ステラちゃんから離れて!」と叫ぶルナの姿が見えた。
「えっ!? 離れるんですか!?」
「そうよ! 今からステラちゃんの人格を封印するわ! だから、早く離れなさい!」
人格を封印という言葉を肯定できない。
なぜなら言葉通り、ステラの精神そのものを封じてしまうということだからだ。
「早く離れなさい! 死にたいの!?」
「そうよ! 早く指示に従って!」
「こっちに来るんだ! 早く!」
メアやフレンも来いと言ってくる。
そこまで言うほど凄まじい魔法なのだろう。貴族であるルナ・オーレリアが使う魔法が気にあるが、ステラがどうなってしまうのか不安だ。
今は指示に従うしか道がないようだ。ノアはステラに小声で謝りつつ、突き飛ばして距離を取ることに成功した。
「離れました!」
「分かったわ! そのままフレン達の後ろで待機してて!」
「分かりました!」
ルナに言われた通り、フレンの背後でステラを見守ることにした。
「始めるわよ!」
その言葉通り両手を前に出し、ステラの足元に赤と黒に染まっている幾何学的な魔法陣を展開したようだ。
一体どのような魔法なのか拙い知識を総動員しても答えが出ないが、今はその効果を見守るしかできない。唇から血が出るほど噛みしめていると、フレンが肩を優しく叩いてくる。
「ルナ様を信じるんだ。救える希望がなければ、ここまでしてくれない」
「はい……そうですよね……」
魔法陣から天へと延びる光で苦悶の表情を浮かべるステラ。
苦しむその姿を見ているのが辛い。まるで自身が魔法を受けているかのような錯覚を受けてしまうほどだ。
両手を握り締め声にならない声を発しているステラを見続けていると、次第に光が収束して魔法陣が塵のように消え去った。
「ス、ステラはどうなったんですか!? 無事なんですか!?」
地面に力なく倒れるステラに駆け寄りつつ、肩で息をしているルナに話かけた。
何度か大きく深呼吸をして息を整えたようで、小さな声で「何とかなったけど、油断はできないわ」と教えてくれた。
「ありがとうございます……ありがとうございます……」
感謝しかない。
虚ろな目をして空を見つめているステラだが、次第に目に光が宿り始めているようだ。唇がピクリと動き、ゆっくりだが瞼を何度も開けたり閉じたりしている。
「うぅ……お兄ちゃん……」
「ステラ!」
力なくうな垂れる身体を力強く支える。
何度もお兄ちゃんと消え入るような声で呟く声が愛おしい。ルナ・オーレリアには感謝してもしきれないが、どこか浮かない顔をしているのが気になる。
「無事なようで良かったわ。今はここから早く退避しましょう。こんな場所でアスラ皇国の兵士と出会ったら最悪だわ」
意識がハッキリとしないステラを背負いながら、ノアは警戒しながら歩き始めたルナを追いかけることにした。
きっと都市オーレリアに戻るのだろうが、無事に帰れる保証はない。道中襲われる危険があるので、メアとフレンが周囲を警戒しているようだ。頼もしいが、襲われた時のことを考えると恐怖の方が勝る。
だが、それ以上の頼もしさをメアとフレンから感じるのもまた事実だ。
「ノア、今は妹さんの安全も考えながら戻るぞ。こんな場所で襲われて死ぬのは嫌だろう?」
「はい、早くステラを安全な場所に連れて行きたいですからね」
「そうだな。家族が大切にしないとな」
フレンに背中を押されながらルナを後を歩くしか今はできないが、この先に希望があると思って進むしか道がない現状は変わらないままだとノアは頭を片隅で考えていた。
転生令嬢の辺境騎士~古代魔法しか使えないけど、古代の力で勇者になる~ 天羽睦月 @abc2509228
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