第5話 救うためにできること

「私が前衛として突っ込むから、メアちゃんとフレンさんでノア君を守りながら一緒に来て!」

「分かりました! だけど、ルナ様が危険な時は助けますからね!」

「いつもありがとう。メアちゃんには助けれているわ」

「でへへ……嬉しいです!」


 メアが顔を緩めて喜んでいる。

 よほど嬉しかったのだろう。飼い主に褒められて嬉しがっている飼い犬のようだ。


「あいつはルナ様に声をかけていただくまで、テネア王国のスラム街にいたんだ」

「スラム街? そんな場所があるだなんて、聞いたことないです」


 大陸でも一、二位を争う豊かな場所としてテネア王国は有名だ。

 そんな国にスラム街があるだなんて信じられないが、ルナ・オーレリアの騎士であるフレンが嘘を言うはずがない。


「あのテネア王国にスラム街があるだなんて、嘘だと思ったろ?」

「え、あ、いや……思いました……」


 頭の中を見透かされているかのような錯覚を受ける。

 顔に出ていたわけではないと思うが、他人から見たらそう感じるのだろうか。しかし少し住んだだけだが、楽しそうに国民が暮らしている姿しか見たことがない。


「どこでも闇はあるものさ。ほら、そろそろ行かないと怒られるぞ」


 フレンが指差した先にはルナ・オーレリアが鬼の形相でこちらを睨みつけ、腰に手を当てて立っている姿があった。


「凄い怒っているじゃないですか!」

「怒っているな。とりあえず謝り倒すしかない!」


 小走りで近づくと、ルナ・オーレリアは鬼の形相のまま視線だけを向けてくる。

 

「遅れて申し訳ありませんでした!」


 謝りながらフレンが勢いよく土下座をした。

 その姿を見たノアも土下座をして謝ろうと決意をすると、メアが笑いながら右足をフレンの頭部に乗せる姿が目に入った。


「ルナ様をお待たせするだなんて、アホですか! ゴミですか!」

「申し訳ない! ノア君にスラム街のことを教えていて、遅くなった! 申し訳ございませんルナ様!」


 頭部を踏まれながら謝り続けるフレン。

 その姿を見ていたルナ・オーレリアは静かに近寄り「まだ早いけど、ありがとう」と言って立ち上がらせた。


「ノア君には少しずつ教えましょう。一気に教えたらパンクしちゃうわよ」

「そうですね。軽率でした」

「そんなことないわ。ノア君にこれからも色々と教えてあげて。年も近いんだし、友達になってあげてね」

「かしこまりました!」


 相談もなく色々なことが決まっていくが、それでも良いかとノアは考えていた。

 ここで余計なことを言えば場を混乱させてしまうかもしれないし、今はこのまま流れに身を任せるのが適切だろう。


「ノア君も早く、あの二人がいる場所に向かいましょう」

「ありがとうございます!」


 痛む膝を擦りながら立ち上がると、ルナ・オーレリアが「これを使って」と一本の剣を手渡してくる。


「こんな綺麗な剣は使えませんよ!」

「いいから使って。武器もなしに戦えないでしょう?」

「ですが銀の装飾がされている鞘だなんて、俺が使っていい代物じゃないですよ!」


 いくら否定をしようが聞き入れてくれず、胸からドンと鈍い音がするほどに強く押し付けられてしまった。

 何も言っても聞き入れてくれないだろう。明らかに高価な剣だが、本当に使っていいのか不安が募るばかりだ。


「さ、行きましょう。ここで時間を消費していたら、妹さんが危険な目に遭ってしまうわよ」

「分かりました。大切に使わせていただきます……」


 親切が重い。

 ありがたいが、とても気軽には使えない。

 どうしたものかと悩んでいると、フレンが「使った方がルナ様のためだ」と話しかけてくれた。


「親切を無下にしたら駄目だ。相手の好意を活かすように立ち回ることも覚えるべきだぞ。無下にしたり、好意を素直に受けなければ、後々捨てられることもある」

「そうなんですね……人付き合いは難しいです……」


 落ち込みながら歩き続けていると、いきなり背中を強く叩かれた。


「そう落ち込む必要はない。相手の気持ちを汲んで、考えればいいだけだ。相手に合わることもコミュニケーションだ」

「ありがとうございます。頑張ってみます!」

「その意気だ!」


 豪快に笑うフレンを見つつ、背中の痛みを我慢する。

 前方ではメアと楽しそうに話すルナの姿が見えた。綺麗な横顔や、手を口に当てて笑う姿が美しい。視線を外そうと思っても、自然と視線が釘付けにされてしまう。

 そんなことを考えていると、フレンが「もうすぐですかね」と声を発した。


「そうね。ここからそれほど離れてはいないようだけど、油断はしちゃダメよ。どこから襲ってくるか分からないからね」

「了解ですルナ様!」

「ノアも油断するなよ? その借りた剣で、もしもの時は応戦するんだぞ。躊躇をしたら死ぬのはお前だ。肝に銘じるんだ」

「そうします! ステラを救う前に死ねませんから!」


 腰に下げている剣を優しく触る。

 装飾が自身の緊張を表しているかのように冷たく感じるが、緊張なんてしていられない。戦う時に動けなければ意味がないからだ。


「ざっと三十分くらいかな? 村から少し離れているけど、思っていたよりは近かったわね」

「そうですけど、テネア王国の領内に活動拠点があるだなんて信じられませんよ」

「そうそう! 勝手に活動しないでほしい!」

「私達が簡単に発見できるのだから、テネア王国も見つけているはずよ。だけど掃討しないということは、そういうことなのかもしれないわね」


 そういうこととは、どういうことだろうか。

 頭頂部にハテナマークを浮かべていると、前を歩いているルナが立ち止まって話しかけてきた。


「難しい話ばかりでごめんね」

「いえ、理解できない俺が悪いです」

「そんなこと言わなくていいわよ。こんな話、知らない方が幸せだもの」


 どこか憂いている顔をしているように見える。

 世界の悪い面ばかり見てきたのだろうか。年はそれほど違わないと思うが、どのような人生を歩んできたのか気になってしまう。

 しかし、身分が違い過ぎるので気軽に話かけたり聞くことなど無理だ。メアやフレンが教えてくれたらいいのだが、それは無理な話だろう。


「ありがとうございます」


 とりあえず感謝の言葉を述べると、神妙な表情をしたルナが「止まって!」と声をあげた。


「敵襲ですか!?」


 フレンが剣を構えて周囲を警戒し始める。

 それに続くようにメアも警戒するが、敵の影はどこにも見当たらない。ルナが嘘など言うことはないと思うが、敵と何かを勘違いしたのだろうと思ってしまう。


「ルナ様ー。誰もいませんよー?」

「確かにメアの言う通り、敵の気配は感じませんね」


 敵の気配を感じないと決めた二人は武器をしまったが、ルナは違った。

 剣を構え、目に見えない敵を警戒しているように見える。


「ルナ様!?」

「一体どうしたのですか!?」


 明らかに敵の気配がないのに、警戒をしていることにメアとフレンが驚いてる。

 それもそうだ。素人だが、ノアにも敵がいるようには思えないからだ。しかし、ルナは違うようで、肌で敵の気配を感じている。


「敵がいるわ。それも、物凄い悪意を感じるわ――気を付けて!」


 真っ直ぐ前を注視しながら、周囲にルナの声が響く。

 その声は、反射的にノアが剣を抜いてしまうほどに鬼気迫っていた。横にいるメアとフレンも、額に脂汗を浮かべながら剣を強く握り締めているようだ。


「もうすぐ来るわよ……気を抜かないで!」

「分かりました!」

「気が付かなかった自分が憎い!」


 三者三様の反応を示しながら、どこかにいる敵を迎え撃とうとしている。

 ノアは後方に下がってルナ達を見ているしかない。五分か十分か、短くとも長い時間を感じていると、視線の先に見知った姿をした少女が現れた。


「ス、ステラ!? ステラ!」


 現れた少女はステラだった。

 もう会えないと心の隅で考えていたが、目の前に姿を現せてくれたことが嬉しい。しかしどうやって逃げて来たのだろうか。あの二人の様子から簡単には逃げれないように思えるのだが。

 ステラの無事な姿に安心をしていると、ルナ・オーレリアが突然声をあげた。


「下がりなさい! 何か様子がおかしいわ!」


 下がるって、何を言っているのだろうか。

 目の前にいるのは正真正銘のステラで、いつもと変わらない普段通りの姿をしている。どうして下がる必要があるのか分からないが「早く下がりなさい!」とルナが再度叫ぶ声に圧倒されて数歩距離を取ってしまう。


「でもステラがここにいるんですよ!? 本物のステラだよな!?」

「―――――――殺したい」

「え? 今なんて言ったんだ?」

「お兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんおにいにいにいにいちゃちゃちゃちゃちゃちゃちゃ――お兄ちゃんを殺していい?」


 言葉と共に、ノアの首筋に向けて手刀が迫る。

 しかし、横から現れたルナ・オーレリアによって蹴り飛ばされたステラは地面を何度も転がって動かなくなってしまった。

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