第4話 ルナ・オーレリアの従者達

「ステラ―!」


 「お兄ちゃん助けて!」と叫ぶ声が聞こえるが、伸ばすその手は届かない。

 ステラを攫った二人の姿が、掌に収まるほどに小さくなっていく。地に伏している今の自分では追いつくことなど不可能な距離だ。無力な自分を殺したいほどに憎い。


「どうしてステラなんだ! どうして!」


 地面を何度も叩くが、意味なんてない。 

 ただ悔しいだけだ。

 守ると決めた妹を守れなかった現実が辛いだけだ。

 涙を流しながら手から血が出るほど地面を叩き続けていると、どこからか視線を感じた。


「そこで地面を叩き続けるだけでいいの?」

「そんなわけないです……救いたい……妹を――ステラを救いたいです!」


 話かけて来たのはルナ・オーレリアだ。

 目の前に移動をして、中腰になって話しかけてくる。発せられる声色はとても優しく、語り掛けてくるようだ。


「大切な家族なのね。なら一緒に来る?」

「いいんですか? 俺は騎士になれなかった弱い男ですよ?」

「弱くたっていいの。守るために立ち向かったわよね? なら、騎士の素質があるわ。誰かのために動く。それができるあなたは、既に騎士の資格を持っているわ」


 あのルナ・オーレリアに、騎士になれると言われるだなんて思わなかった。

 弱くても騎士への道があると言われたことが嬉しい。騎士に向いていないと言ってきた騎士団長マグナ・フォリスの言葉が未だに胸に刺さっているが、目の前にいるルナは素質があると言ってくれた。


「本当に俺が騎士になれますか?」

「なれるわ。あなたには騎士に必要な人を思いやり、人のために動ける心がある。それだけでも騎士の素質よ。だけど、この時代には人のために動く人が少なすぎるのも事実。自分勝手で身勝手な人ばかり。でも、あなたは違うでしょ?」


 違うと言われて、すぐには答えられなかった。

 口を閉じたまま黙っていると、綺麗な艶がある手を差し出された。一体何をしようとしているのだろうか。


「起きて前に進みましょう。妹さんを取り返すのよ」


 地に伏して立ち止まっている場合ではない。

 今はステラを取り戻すために何が出来るかを考えるべきだ。このままじゃ駄目なら、駄目じゃなくすればいい。目の前にいるルナ。オーレリアがそうであるように。


「ありがとうございます! 俺に力を貸してください!」

「いいわよ。私もあなたの力を貸してほしいからね」

「弱い俺の力なんていらないと思いますが……」


 そう言うと、ルナ・オーレリアは小さく含み笑いをした。

 仕草の一つ一つが可愛い。狙っているように思えるが、違うのだろう。口元に当てている細長い手から伸びる指が、ノアの唇に当てられた。


「いえ、必要よ。あなたはきっと最高の騎士になるわ。歴史がそう証明しているもの。そうよね?」


 柔らかい指が唇から離れた。

 歴史が証明と言っていたが、言っている意味が分からない。柔らかい指の感触を思い出しつつ立ち上がり、ルナ・オーレリアの視線の先を凝視する。

 そこには両手に剣を持ち欠伸をしている肩にかかる長さの栗色の髪を持つ美少女と、刀身が赤い刀を持つ目鼻立ちがハッキリとしている黒髪の男性の姿があった。黒を基調とした軍服がとても印象的な二人組だ。


「ルナ様の言う通りです! 予知に近いことを教えていただけるので、あなたは必ず最高の騎士になれますよ! そうですよね、フレン!」

「相変わらずルナ様にゾッコンだな、メア。ま、確かに凄すぎるからゾッコンになるのも仕方ないな」

「ゾッコンって、言い方古いよ?」

「今は言わないのか!? 気を付ける……」


 コントのようなことをしている二人組だ。

 ルナ様と言っているから、明らかに関係者だろう。メアと呼ばれた美少女は、二重の大きな琥珀色の瞳を輝かせながら、持っていた剣はいつの間にか腰に差してルナ・オーレリアの左腕に抱き着いている。

 フレンと呼ばれた黒髪の男性は溜息をつきながら、耳にかかる長さの髪をポリポリと搔いていた。


「さて、お前の名前は何て言うんだ? ルナ様が目をかけてくれたんだ、それなりに戦えるんだろう?」

「あ、えっと……ノアです。戦闘技術は何もないですし、戦ったのはさっきが初めてです……」


 まさか名前を聞かれるとは思わなかった。辺境とはいえ、貴族の令嬢の従者ともなればそれなりに強いはず。

 ノアの考え通り、目の前にいるメアとフレンからは歴戦の戦士だと素人目からでも分かる雰囲気を放っている。もしこの二人が側にいればステラを守れたのだろうかと考えてしまうが、弱い自分が悪い――ただそれだけだ。


「そうか。だが、生きてて偉いぞ! アスラ皇国のやつらは異様に強い。普通の人間では辿り着けない強さのやつばかりだ。それなのにお前は生き残った! 誇れ!」

「うん。君は凄いよ! よく生き残ったね!」


 メアとフレンがなぜか褒めてくれる。

 急なことで戸惑いを隠せないが、褒められるのは嬉しい。


「あ、ありがとうございます」


 嬉しいが恥ずかしい。

 こんな姿をステラには見せられないと思いつつ、嬉しさを感じていた。だが、その様子を見ていたルナが真面目な顔をして話しかけてきたことで、その場に緊張が走った。


「休憩はここまで。ノア君はこれからどうしたい?」

「どうしたいって、どういうことですか?」


 そう聞くと、さらに険しい表情になってしまう。

 何か変なことを言っただろうか。特におかしなことは言っていないはずだが、目の前にいるルナは眉間に皺を寄せながら「一緒に来るのはいいけど、どうしたいの?」とさらに言ってくる。


「妹さんを救うために一緒に来るのはいいわ。だけど、それからどうするの? 力を貸してと言われたら私達は貸すけど、その時ノア君はどうしてるの?」

「どうって……」


 確かにその通りだ。戦う力がないのに付いて行ったところで何もできない。

 後方で戦っているのを見ているだけでは意味がない。騎士になれる資格があると言われたなら、言うべき言葉は一つしかない。


「俺も一緒に戦って、ステラを救いたいです! 俺を強くしてください!」


 その言葉を聞いたルナは、飴をもらった子供のように目を輝かせている。


「君ならそう言ってくれると思った。昔も今も変わらなくて安心したわ」

「昔って、俺がルナ様に会ったのは初めてですけど……」

「あ、気にしないで。こっちの話だから」


 時折変なことを言うルナ・オーレリアの言葉に翻弄をされるが、触れてはいけないのだと思うことにした。


「分かりました。もう出発しますか?」

「出発するわよ。早く行かないと逃げられちゃうからね」


 そう言い残し、近くで村人を介抱している辺境都市オーレリアから来た騎士に近寄ったルナは何やら情報を聞き出し始めた。

 恐らくアスラ皇国から来た二人の行方を聞いているはずだ。何やら胸騒ぎがするが、きっとステラを早く助けたいという気持ちからだと思いたい。


「ルナ様は優しいだろ?」

「はい、優しいです。今まで見てきた貴族とは、何かが違う気がします」


 突然話しかけてきたフレンに驚きつつも、自身が感じたことを話した。

 するとなぜかドヤ顔で「ルナ様は権力に固執しない人だから」と教えてくれるが、メアがすぐに「当たり前でしょ!」と言いながらフレンの腹部を何度も殴っている。


「そんな殴るなって。当たり前なのは俺も分かっているから」

「ならいいわ。許してあげる」

「ありがとう。腹が青くなってるじゃないか。やり過ぎだぞ」


 父親のような顔をフレンがしている。

 年齢的にそこまで離れているようには見えないが、頭を撫でられて喜んでいる姿を見る限り二人の仲は同僚の域を超えているようだ。

 そんな二人を見ていると、ルナが小走りで戻ってくる姿が視界の端に映る。どうやら情報を聞き出せたようで「早く行きましょう!」とノア達に向けて叫んでいる。


「ここからそれほど離れていないわ! 早く救出に行きましょう!」

「分かりました! 絶対に助けます! よろしくお願いします!」


 改めて頭を下げてお願いした。

 なぜか、ここでもう一度言った方がいいと思ったからの行動だ。しかしそんな言葉は必要ないとばかりに、ルナが「救うのは当たり前!」と言葉を返してくれた。

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