スラート第四惑星のもふもふ怪人
oxygendes
第1話
生きたぬいぐるみとかもふもふ星人とか呼ばれることが多いスラート第四惑星の住民たち、今では友好的な隣人であると理解されていますが、彼らとのファーストコンタクトは困惑と戦慄に満ちたものでした。それは外宇宙探索船の星系訪問から始まったのです。
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外宇宙探索船オベリクスはスラート第四惑星の周回軌道に入った。地表からの電波放射を観測しつつ、地形を測定しマップ作りを行っていく。
数周の周回によりわかったのは、この惑星には機械文明はあまり発達していないことだった。電波を使った通信は観測されず、有線の送配電網も存在していなかった。一方で大陸の平野部は大河沿いに開墾され耕作地になっており、農耕文明は存在している様だった。
そして、開墾された地域の近くに、経年により瓦解し風化した宇宙船の残骸のようなものが見つかった。その形状はオリオン腕宙域のアルス人のものに似ており、農耕しているのはアルスからの宇宙移民の子孫であることが推測された。各種通信波による呼びかけにも反応がなく、調査班を編成し、上陸艇による探索を行うことになった。
上陸艇は高度を下げ耕作地の上をゆっくりと飛行していった。赤紫色の葉をもつ植物は列をなすよう規則的に植えられており、人為的な栽培であることは明らかだった。だが、そうした活動を行う住民の姿は確認できなかった。さらに高度を下げて行った時、
「ほらっ、あそこ」
観測窓から地上を見ていたヨーマ隊員が指差す。栽培植物の横に人影のようなものがあったのだ。背丈は植物より頭一つ大きく、茶色い色をしていた。直立し、動く様子は無かった。
「よし、着陸して行ってみよう」
ドーガン隊長の指示で上陸艇は近くの開けた場所に着陸し、調査班は歩いて人影の許に向かった。
近付くにつれ、それの姿が明らかになって行った。全身がもふもふした薄茶色の毛に覆われ、二本の足で直立している。植物のそばに立ちその枝に手を伸ばしていた。衣服のようなものは着ていない。
隊員たちはゆっくりと歩み寄り、少し離れた位置で立ち止まった。もじゃもじゃした毛で判別困難だが異星人は植物の方を向いているようだった。まったく身動きしない。
ローガンが一歩前に出た。喉元に装着した翻訳機のスイッチを入れチャンネルをアルス語にセットした。
『こんにちは、少しお話をさせていただきたいのですが』
ドーガンの言葉に反応は無かった。
『我々は宇宙の虚無空間を越え、この星に来ました。あなた方と友好的な関係を築きたいと考えています』
言葉を続けたが異星人は動かないままだ。後ろに並ぶ隊員たちはじりじりしながら様子を見守る。ドーガンはより積極的な行動に出ることにした。
『もう少し近づいてもいいですか?』
返事がないことを、拒絶されてはいないと解釈する。振り返って船医のバリツに声をかけた。
「バリツ先生、一緒に来てください。どうも様子が‥‥‥」
「同感です。行きましょう」
二人はゆっくり異星人に近づいた。前面と思われる方に回る。そちらももじゃもじゃで見た目に違いは無かった。顔ももふもふの毛に覆われ目鼻の位置も判別できない。
そこまで近づいても異星人は動かなかった。
「身体に触らせてもらいます」
そう言って、ドーガンは右手を伸ばした。アルス人なら肩にあたる場所に手を当て、指に少しずつ力を加えていく。異星人の身体は弾力があった。ドーガンの指を押し返してくる。だが‥‥‥、さらに力を加えると指はずぶりとその体の中に入り込んでいった。
「え……」
ドーガンは思わず手を放す。異星人の身体はゆっくりとドーガンに向かって傾き、加速していく。彼の身体をかすめ、勢いを増して地面に転倒した。
「先生‥‥‥」
ドーガンの言葉にバリツはしゃがみこんで、異星人の顔を覗き込んだ。口にあたるところに指を突っ込み、手探りする。他の隊員たちも駆け寄ってきて周りを囲んだ。
「こいつは‥‥‥、生きていないと言うか、内部は空っぽだぞ」
バリツはローガンを見上げて嘆息した。
バリツは携帯式測定機を使って異星人の残骸らしきものを分析した。
「全体は柔らかい体毛で出来ている。その厚さは五サンチ程度、体毛が絡み合うことで形を保持しているみたいです。分析によると体毛はスラート星から放射されるベータ波動を遮る性質を持っています。アルス人にはベータ波動は有害です。アルス人はこの星に移住するに際し、ベータ波動を遮るために、この体毛を身に付けたのでしょう」
「身に付けたって、どうやって?」
ヨーマ隊員が訊ねる。
「おそらくは遺伝子強化です。体毛に新たな機能を付加し、全身を覆うように改良したのでしょう」
「それで、どうして中身がないの?」
「今はわからない。寄生生物に内側だけを食われたのか、あるいはベータ波動の影響によるものなのか‥‥‥」
「それはこれからわかってくるだろう。調査を続行するぞ」
ドーガンの言葉で調査班は上陸艇に乗り込んだ。
耕作地を進んで行くうちに、同じような姿の異星人に遭遇した。いずれも体毛がぬいぐるみ状態になっていて内側は空っぽだった。
調査班はさらに進んで行き、集落のようなものを発見した。背の高い植物の幹を素材とした家が数十軒並び、中心にはひときわ大きな建物があった。あちこちに異星人の姿があったがまったく動かない。集落の背後は森になっていて小高い丘があった。
調査班は少し離れたところに着陸し、徒歩で集落に向かった。集落の周りに何人かの異星人の姿があったが、どれも中身のない体毛ぬいぐるみだった。
集落に入っても同じだった。家の外、そして家の中に、立った姿、あるいは座った姿の体毛ぬいぐるみがいくつもあったが、生きた異星人はいなかった。
大きな建物は集会場のように思われた。だがそこも無人だった。
集落の周囲を調べた隊員が背後の森に続く多くの足跡を見つけた。調査班はその足跡を追って森に入る。そして足跡は丘のふもとに口を開けた洞穴まで続いていた。ドーガンが集束光線を洞穴の中に向けたが、光の届く限りの範囲は空隙が広がっていた。
すでに夕暮れが近づいていた。ドーガンは洞穴探索には準備と装備が必要と判断し、引き上げることを決めた。
調査班は大きな建物の前の広場を野営場所に決めた。野営装備を上陸艇から運び出して展開し、集落の周囲には動物の接近を探知するセンサーを設置した。そして、太陽であるスラートが地平線に沈み、辺りを漆黒の闇が包んだ。
ピ、ピ、ピ、ピ、ピ、ピ、ピ、ピ、
警報が鳴り響いた。当直のアラシ隊員がセンサーから送られて来たデータをチェックする。
「どうしたんだ?」
駆けつけたドーガンが訊ねる。
「侵入者です。数は十体ほど。森の方から近づいて来ます。
「森‥‥‥、それは洞穴の方向からと言うことだな」
ドーガンは装備を装着し、数人の隊員と共に集落の背後に立った。散光にセットした光源で森を照らす。
そして、森の中から侵入者が姿を現わした。数は十ほど。あのもふもふした異星人だ。だがそれらは動いていた。ひどくゆっくりした動きだ。ななめ前に延ばした両手をぎこちなく動かし、引き摺るような足取りでこちらに近づいて来る。
ドーガンは前に進み出た。
『勝手に集落に入ったことはお詫びします。ですが、我々は皆さんと友好的な関係を‥‥‥』
その言葉に侵入者たちは動きを止めた。真ん中の位置にいた一体が一歩前に出る。そして、
もふもふの身体の前面に一本の線が現れた、それは頭の天辺から足の付け根まで伸びている。その線でもふもふは切り裂かれ、中から白い生物が身体を乗り出してきた。
「あああああああっ」
隊員たちが驚愕の声を上げる。
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一標準時間後、隊員たちは集会場の建物で異星人、いや、スラート第四惑星の住民たちと和気あいあいとした時間を過ごしていた。
もふもふを脱ぎ捨てた住民たちは全身無毛で衣服は身に着けていなかった。真っ白な肌をしている。
『皆さんは間の悪い時にいらっしゃいましたね。換毛の真っ最中にとは』
そう話す女性はこの集落の族長の娘と言うことだった。
『太陽の光から身を守るこのもふもふは一年に一度生え変わります。根元から一斉に抜け、その形のまま身体から外れるのです。新しいもふもふが生えそろう二週間後まで、私たちは洞穴の中で過ごします。今回のように、どうしてもの用事がある場合は一度脱いだもふもふを纏って行動しています。日の沈んだ後に限ってですどね』
『なるほど、そういう事情なのですね』
ドーガンが応える。
『それでどうでしょう。我々と友好関係を結んでいただけるでしょうか?』
『それはかまいませんよ。私たちはこの星への定住を選びましたが、訪ねて来られる客人は歓迎します』
『よかった。どうぞよろしくお願いします』
『こちらこそ』
『ところで耕作地や家の周りにあった、この‥‥‥もふもふは何のためのものなのですか?』
『ああ、あれは』
娘は微笑んだ。
『耕作地に置くのは作物を食べる動物が近づかないようにするためです。家の中や周りに置くのは少し前の姿の思い出として残しているのですわ』
『なるほど。そうして使うもの以外をお譲りいただくことは可能でしょうか?』
『かまわないと思いますよ。でも、欲しがる人がいるのかしら』
『きっといい交易品になると思いますよ』
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こうしてスラート第四惑星との友好関係が築かれたのでした。スラート第四惑星へは交易だけでなく、観光目的の宇宙船も訪れます。彼らの出身元であるアルス星からも多くの船が訪れています。体の一部にしか体毛が生えないアルス人、彼ら自身の言葉で言えば
終わり
スラート第四惑星のもふもふ怪人 oxygendes @oxygendes
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