わたぐものぬいぐるみ

睡田止企

「あなたにお願いがあるのよ」

 お嬢様は傍に立っている私にそう言った。

 お嬢様はベットの上でお姉さん座りをしているため、私を見上げる形になる。

 上目遣いでお願いされれば、どんな無茶なお願いでも断れない。

「この子なのだけれどね」

 お嬢様は背中側に一度手を回して、ずいと私の目の前まで突き出した。

 そこにはクマのぬいぐるみが握られている。

「空を飛ぶようにしてほしいのよ」

「羽を付ければよろしいでしょうか?」

「違うわ。あれを使うのよ」

 お嬢様が窓の外を指差す。

 いつもと変わらない庭があるだけだった。

「あれというのは……?」

「雲よ」

 庭の上に見える青空にはいくつかの雲が浮かんでいる。

「この子のお腹に綿の代わりに雲を詰めれば空を飛べるでしょ?」

「なるほど、それは名案ですね」

「お願いきいてくれる?」

 そう言って、お嬢様は更にぬいぐるみを突き出した。

 私はそれを受け取り、「仰せのままに」と応えた。


「あは、高いわ」

 お嬢様は中綿を雲と取り替えたクマのぬいぐるみに掴まって宙に浮かんでいる。

 落下防止のために作ってお嬢様に着させた浮雲のローブは、白くてふわふわとしており、お嬢様によく似合っていた。

 シャンデリアの上を優雅に漂う姿は天使に見える。

 とても楽しそうで永遠に見ていたい光景だが、私にはすることがあった。

「では、私は夕食の準備に参ります」

「今日は、おいしいスープが飲みたいわ」

「仰せのままに」

 私は台所に向かう。

 道中、窓の外に目を遣るが、完全な暗闇があるだけだった。

 以前は差し込んでいた月や星々の輝きはそこにはない。

 今、月や星々はお嬢様のベットの天蓋にある。

 暗闇を嫌うお嬢様のために私が夜空から取ってきたからだ。

 夜空は寂しくなったが、お嬢様の喜びが最優先だ。

「これも喜んでくださるといいが」

 台所に着いた私は、出来立ての雨雲を手に取った。

 出来立ての雨雲はスープの素として最高の食材なのだ。

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わたぐものぬいぐるみ 睡田止企 @suida

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