色褪せない後悔

大宮 りつ

色褪せない後悔

 人には必ず死が訪れる。

それが身近な人であればあるほど、大切な人であればあるほど、残された人は深い深い悲しみの海に沈んでいく。大切な人が最期を迎えたとき、はたしてあなたにはどんな想いが残るだろう。

 これはある一人の女性が、母親に最後まで打ち明けることのできなかった後悔を綴った天国に宛てた手紙である。


__大好きなお母さんへ

 あなたには、伝えたいことがまだまだたくさんあったのに、それができないまま天国に旅立ってしまいましたね。昔から才色兼備で非の打ちどころがなく、私にとって憧れで自慢の存在だった私のお母さん。そんなあなたのことを想うと、伝えられなかったことばかりが頭に浮かんできて、とても後悔しています。


 2年前、老人ホームにいるあなたに会いに行ったとき、手を握りしめて抱きしめてくれましたね。そのときあなたがくれた優しさと温もりは、今でも私の胸に深く刻まれています。私が結婚をして故郷を離れてからは、両手で数えられるくらいしかあなたに会うことができませんでした。そしてまさか、あのときが生きているあなたと会える最後の時になってしまうなんて、そのときは少しも思いませんでした。

 そのまま会うことが叶わないうちに、あなたは天寿を全うしてしまいましたね。

 

 最後までずっと言えなかったけれど、実はあなたに謝らなければいけないことがあります。私が結婚して故郷を離れたとき、あなたは空港まで見送りに来てくれて、

 「自分で選んだ道に自信を持って進みなさい。たとえ、その先にどんな困難があっても、決して後ろを振り向かず、生きて泳ぐ魚のように、荒波に負けずに立ち向かいなさい」

 そう言って別れ際に私を優しく抱きしめて背中を押してくれたことは、今でも私の心の支えになっています。

 私はその言葉を胸に、これから先どんなことがあっても前向きに生きていこうとあのとき固く心に誓いました。けれど、結局その意志を最後まで貫くことができませんでした。


 私が会いに行く度に、あなたが家族のことを心配してくれていたことはとても伝わっていました。そしてそんなあなたに安心してもらいたくて、皆元気で幸せに暮らしていると答えました。

 だけど、あれは全部嘘だったのです。

 本当は夫とうまく生活できず、子ども達が自立した後に離婚していました。あなたがくれた言葉通り精一杯頑張ってきたつもりでしたが、どうしても上手くいきませんでした。

 

 今まであなたのことを思ってついた優しい嘘だと自分に言い聞かせてきたけれど、本当のことを伝えたらどんな反応をされるだろうとずっと怖くて仕方がありませんでした。だけどあなたがこの世を去って、自分自身と向き合った今、どんな形になったとしても本当のことを伝えるべきだったと思い返しています。そうして最後まで、真実を伝える勇気をもてなかったことが今でも心残りです。

 

 もし時計の針を巻き戻す魔法を使うことができたなら、あなたがいなくなってしまう前に戻りたい。そして、いつものように手を握って抱きしめて、今度は包み隠さずに全てを伝えたい……。

 

 大好きなお母さん、ずっと本当のことを言えなくて、ごめんなさい。





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