第28話 目指したい道 3
結局、二人にやりたいことを聞き出せず俺は夕ご飯を作っている。
「私も手伝うよ。これを切って混ぜればいいかな」
「ああ、頼む」
奏は用意していた食材を切り、ボールのの中に入れ調味料を混ぜながら鼻歌を歌っていた。コンビニに行った時に流れていた曲だ。最近の有名なポップソングらしい。
そういえば奏の鼻歌を聴くのは久しぶりだ。機嫌がいい時、特に二人でいる時はよく歌っていたものだ。
「その曲よく流れてるよな」
「あ、知ってる? 最近はまってるんだよね~」
思春期の女子高生が思いに気づいてくれない男子との恋に奮闘する歌詞が特徴的だったことを覚えている。
「奏はよく鼻歌歌うよな」
「そうかな?」
「昔はよくしてたろ」
「えー、全然記憶にないかも」
そういいながらもまた鼻歌を歌い始めた。
俺はカラオケが苦手だ。本物の曲をサブスクとかで聞けるのに、なんでわざわざ素人の歌を聴かなきゃならないのかと歪んだ考えを持っている。でも、奏の鼻歌はとても心地いい。上手く歌おうとしてるんじゃなくて思いのままに気持ちよさそうに歌ってるのがいいのかもしれない。
「今度カラオケでも行ってみるか?」
「えっ、でも私下手だよ。それにちょっと恥ずかしいし」
「奏の鼻歌は上手だし、もっと聴きたいって思えたけどな」
「そ、そうなの? なんだか嬉しいかも。……実はさ、たまに一人カラオケと行ってるんだよね」
「友達とは行かないのか?」
「あまり行かないかな。人前で歌うの苦手だし」
「でも、俺の前では鼻歌するんだな」
「あ、言われてみればそうだね。安心できるからかな」
これが奏の目指したいことかどうかなんてのはわからないけど、歌に対して後ろ向きな部分と、興味が西洲っているように見えた。
夕飯が終わった後、自室に戻ろうとした時湊の部屋から音が聞こえた。
どうやらピアノの音のようだ。
扉をノックしても返事はなく、無作法だと思いつつも扉を開けると、パソコンに楽譜を映し出し、MIDIキーボードを弾いていた。
「そんなの持ってたんだな」
「ホワッ!?」
「どんなリアクションだよ」
「乙女の部屋にいきなり入ってくるとはいい度胸ですね」
「ノックはしたぞ」
「返事してないのならノックの意味ないでしょう」
「まぁ、それはそうだ。んで、ピアノの練習か」
奏は少し考えて返事をした。
「違います」
「いや、どう見たって」
「これは気まぐれです。健気に練習していたとかそういうんじゃないのです」
そうは言うがパソコンに映し出された楽譜は素人向けのものではない。バッハベルのカノン、簡単に編曲されたもの存在するが楽譜を見る限りそれではない。ピアノ曲ではない上に単調な繰り返しにも思えるものをヴァイオリンのタイミングをずらすことで単調さを消している。
それをピアノ用に書き起こし全てのパートの美味しいところだけをとった楽譜は、ある程度上級者でなければ難しい曲なのだ。
「急に入って悪かったな。続けてくれ」
俺が部屋から出ようとすると、奏が呼び止めてきた。
「不思議に思いませんか? お父さんたちは奏者なのに、私たちが音楽をあまりやっていないことに」
「まぁ、子どもも同じように音楽の道に行くこともあるだろうけど、そうじゃないこともあるだろ」
「上には上がいる。それもとても近いところに。挫折したんですよ。私たちは」
奏と同じように、湊もピアノをしたい雰囲気を感じた。しかし、それを表立って言えない何かがある。それはきっと優れた両親の下に生まれたからこそのコンプレックスだ。
これは俺には同じように感じることができない。理解のできないものだ。
二人が音楽から離れたのは、小学校中学年あたりだったと思う。三年や四年くらいになると、案外周りのことも見ていて気を使うことや主張を抑えることさえもできてしまう。一年、二年と点数をつけられることを学び、それによって友達と点数を見せあったりしていると、例え下手でも楽しめていたものが、人より劣っていると恥ずかしいという考えにもなる。
そのきっかけを作ってしまったのが一番身近にいた存在だなんて、なんとも皮肉な話だ。
「ピアノの練習は楽しいか?」
「そうですね。誰に見せるわけでもないですから、気楽でいいですよ」
「いつか聴かせてほしいな」
湊は俺の言葉を聞いて意外そうな表情を浮かべると小さく言った。
「なら、もう少し練習してからですね」
「弾いてるところ写真に撮ろうかな」
「そ、それは恥ずかしいので駄目です!」
二人とも音楽が好きで本当はその道に進みたい気持ちもあるのだろう。
でも、いまはまだ素直になれない。
一年間両親がいない今だからこそ、もしかしたら二人にとって夢を目指すいい時間になるのかもしれない。俺はそんな二人をもう少しだけ見守ることにした。
幼馴染の元気で淡白な双子姉妹と居候な俺の一年間 田山 凪 @RuNext
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