第27話 目指したい道 2

 まっすぐに家へ帰ろうと思った時、奈々が呼び止めてきた。


「ねぇ、少し時間ある? 話したいことがあるの」

「いいけど」

「ありがとう。ここじゃなんだし移動しましょう」


 生徒会室へ移動した。少しだけ作りの違うこじんまりとした場所だ。長机が会議をする時のように真ん中だけ空間を開けて向かい合わせで配置されている。ホワイトボードには今後の予定が記載されており、この日は生徒会が休みだった。


 俺と奈々はわざわざ対面で座り話をすることにした。


「んで、話したいことって?」

「正直、この話を三年生にするのはどうかと思うんだけど、新しい部活の設立に協力してくれないかな」


 男女二人っきりの空間。別に浮足立つような話を望んでいるわけではなかったけど、奈々の話は予想外だった。俺は部活に入ったことがない。なのに、俺に部活設立の提案をしてくるなんておかしいなと思ったくらいだ。


「優斗くんはカメラが好きでしょ」

「なんでそれを」

「ほら、一年前の文化祭の撮影。三分の一は君の写真だったから」


 卒業アルバム用とは別に学校パンフレットやホームページに掲示する写真、それに記録としてどんなことが行われていたか残す写真を撮影するために、カメラマンの人数がだと言われ、たまたまそれを知って立候補した。


 交友関係が広くない俺にとって文化祭を撮っている時間はとても有意義なものだった。人嫌いとか人が苦手だとか、極端にそんなことを言うつもりはない。でも、コミュニケーションが得意かと言われれば苦手と答えてしまう。


 今思えばカメラを好きになった理由の中には、いわゆる一般的なリア充の生活の外にいる疎外感を、カメラならば気にせずに済むからだったのかもしれない。

 とはいえ、昔から奏や湊との交流はある。だから、寂しかったわけじゃない。だけど、ネットを見ていると誰もがそういった生活に憧れ、そのほうが健全だと考える。そんなものを見ていれば、子ども時代なら自然と、友人がいて一緒に遊びに行ってという生活が良いものだと認識せざるを得ない。


 奈々の提案はおかしな話だとは思いつつ、少し興味はあった。


「私はカメラのことはよくわからないし、何が楽しいかもわからない」

「撮影者の俺にそれを言うのか」

「あ、ごめん。貶す意図はないの。私はスポーツとかもそういう風に見えてるから。でもね、スポーツを見ても特に何も感じなかった私が、優斗くんの撮影した写真を見て、なんとなくだけどいいなって思ったの」

「例えばどんなところ?」


 素直に聞いてみたいことだった。高校三年生のころはまだ趣味で写真を撮っていた。誰かに見せて評価をもらえるとは思っていなかったんだ。だから、少なくとも良いい印象を受けたのならそれは気になる。


「みんなが生き生きとしてるとでも言えばいいのかな。ほら、今って写真慣れしてる子もいるけどいざ撮るとなれば変なポーズしたり変顔とかするでしょ。ああいうのは嫌いなの。でも、優斗くんはごく自然に、気づかれないように写真を撮ってる。まるで日常の一コマにある、輝きの一瞬を取り出したように」


 この時の奈々の言葉は、俺の撮りたい写真のイメージを言語化してくれた。

 俺自身どんな写真を撮りたいかと説明されても上手く言い表せなかったが、奈々の言うように日常の一コマのみんなが記憶の中でのみ保存している。そんな写真を撮りたかったのだ。


「だからね、その撮影技術を活かして写真部でも作ろうかと」

「俺にその話をした理由はわかったけど、どうして作りたいんだ?」

「ざっくり言えば今後の学校のためよ。高校ってのは初めて学校を選ぶことができるタイミング。人によっては一時間かけて電車通学するなんて子もいる。だけど、どうしてそんなことをするか。制服や学校の雰囲気、それと部活の種類。うちは文化部が一般的なものしかないでしょ」

「だからって写真部はカメラが必要だろ。安いもんじゃないぞ」

「そうなの? 優斗くんがもってるのは?」

「あれは誕生日でもらったんだ。ニコンっていうメーカーので十万は超える」

「だったら、学校に使われてないカメラがいくつかあるの。それを使えばいいかしら。でも、使い方が」

「だったら俺が教えるよ」

「その言い方だと部活の設立には参加しないみたいね。いまならすぐに部長になれるわ」

「誰かの上に立つのは苦手なんだ。でも、俺の知識を残しておくことくらいならな」


 絶対にやりたくないわけではなかった。今はやってみてもよかったかなと思っている。でも、当時の俺は趣味程度でカメラを扱っているだけで、自分一人の自己満足だった。願望としてカメラで稼げればいいなという考えはあったが、部活を作ることに関してはやはり面倒と感じていた。


「そう、なら将来のためにってことで、カメラのマニュアルを作ってくれるかしら」

「それならいいよ」


 それが今では学校で写真同好会ができている。今の奈々は自分の現状にコンプレックスを抱いているが、あいつにはこういう風に場を動かす才能があった。何より、人の思っていることを言語化する才能がある。深い関係を学生時代にもつことはなかったが、巡り巡って大人になってから関わるようになるとは、本当に不思議なものだ。




 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る