【第八話】デネボーラ


 その日は快晴。 出来れば、このまま空を見ながら昼寝でもして一日を終えたいと思った。

 だが、そんことを許されるわけもなく怒号のような声が飛んできた。


「これより、雷帝の魔王〈ブロデウス〉の崖城へ向けて進軍する! 気を引き締め直せ!」


 長髪の男シュバルツが言った。 その言葉に呼応するかのように咆哮を上げる兵士達。 どれも屈強な身体と獣のような眼差しを持つ。


 オレはそれを一歩を引いて見ていた。


「凄い、気合いだね」


 ひょこんと、顔を出してくるイータ。 白銀色の髪がオレの耳を掠めて少しむず痒い。 その反応を面白そうに見る双眸。


「ま、まぁそうだな、まずは気持ちから、ってやつだろ」


 その空色の双眸から逃げながら言う。

 先日の建国記念日に向けての花火のデモンストレーションを一緒に見てからというもの、オレはイータの顔を直視出来なくなっていた。


 見ると身体が熱くなり、彼女の周りが煌めくように景色が変わる。


 オレはこの現象をなんだが知っている。

 

 オレはイータに恋慕してしまったのだ。


 たった一週間ほど前に出会ったばかりの彼女にオレは惹かれてしまった。

 なんて都合の良い心なのだろうか。 自分でもそう思う。

 出会ったばかりにいきなり『結婚して下さい』と言われそれを断ったのにも関わらずオレは今、彼女を強く欲してしまっていた。


「……ねぇ、なんで目逸らすの?」


「ん? んっと、ただ太陽が眩してくな」


「ふーん?」


 分かっているのか、分かっていないのか。

 疑いつつも納得を見せるそんな返事。

 

 そんなイータから逃れるため別の方へと視線をやると丁度、シュバルツと目が合った。

 シュバルツはオレとイータの絡む様子を見ていたのか、目が合うと槍のような鋭い視線をオレに送ってきた。


 あ、よし落ち着いた。


 シュバルツには申し訳無いが、今の視線のお陰で少し気持ちが落ち着いた。


「最初に向かうは《灰の森グレーフォレスト》! 生ける屍アンデッドの住まう地帯だ! 奴ら自体にはそれほどの脅威は無いが骸の魔術師リッチには気を付けろ!」


 オレ達は今フェロバキスを出て雷帝の魔王の討伐へと向かっている。

 現在地はフェロバキスの北西地域の草原。

 爽やかな風が靡き眠気を誘ってくるが空を見上げる視線を少し動かせばこんな所では寝るなと頭が警告してくる。

 その空は途中までは快晴が進んでいるが、北西に向かうとそれは段々と赤く染まる空へと変わっていく。


 魔物がいるかどうかは空を見れば分かる。


 赤く染まる空の下には魔物がいる。


 もちろん、青空の下にも魔物は出てくることがあるが、単体でしか確認されない。 もし団体でいるのならばその場の空は赤く染る。


 今回の討伐に加わるのは〈ダウゼント騎士団〉〈ロットリング騎士団〉〈バッツァー騎士団〉〈【閃光せんこう】の勇者一行〉〈【星剣せいけん】の勇者〉〈【銀双姫ぎんそうき】〉そして、〈オレ〉。


 〈ダウゼント騎士団〉〈ロットリング騎士団〉はフェロバキスから、〈バッツァー騎士団〉は【星剣】の勇者と同じくノウアニアからの参加だ。


 ……ふむ、どう考えても場違い極まりない。


 オレの所属はまだ〈ルヴァン騎士団〉になっているが【銀双姫】の仲間として数えられており、ダウゼント騎士団とロットリング騎士団の兵士からの鋭い視線が絶えない。


「ややっ、ロロナくん! 調子はどうだい?」


「身体に問題ないが、心が既に張り裂けそうだ」


 戦闘服に身を包む【星剣】の勇者フェリスがやってきた。 彼女の俊敏性を阻害しないためか身軽なアーマープレートのみを装着していた。 腰にはオレの剣の半分ほどの長さの短剣が添えられていた。

 

 彼女の付き人としてやって来たロウナも同じく身軽なアーマープレートを装着しており、上からは出会った時に着ていたローブが羽織られていた。 右手には魔術師ウィザードの象徴である杖が握られていた。


「ロウナは魔術師ウィザードだったのか」


「はい ですが、一応剣も扱えます」


 そう言ってローブの下に隠された剣を見せた。

 

 随分と強かな女性達が揃っているな。


 そして間もなく進軍が開始された。


 先行するのはダウゼント騎士団、その後ろにバッツァー騎士団、【閃光】の勇者一行、ロットリング騎士団、【星剣】の勇者、【銀双姫】。


 灰の森へと侵入すると先程まで感じていた爽やかな風は何処にも無く、濛濛もうもうとした空気で覆われた。

 森の中だというのに生命の気配はまるで無い。


「そういえばなんで今回は【閃光】くんも参加したんだろう?」


 前を歩くフェリスが不思議そうに言う。


「何でも、勇者としての評価が下がってきているから、だそうですよ」


 それに応えたのはフェリスの前を歩く一人の女兵士。

 オレと同じ黒髪を靡かせているが、その双眸は紅色に輝いている。


 急な返答に少し驚くフェリスを見て彼女は気付く。


「あ、申し遅れました。 私は〈ヒナギク=ホノカ〉と申します。 急に会話に割り込んでしまい申し訳ありません」


「全然、いいよ! それにしてもヒナギク、ホノカ? もしかしてキミは東の国の出身かい?」


「はい、私は東の国〈ヒノコク〉出身です。 私の国では姓が最初で名が後ろなので、どうぞホノカと呼んでください」


「分かったよホノカくん。 それで【閃光】くんの評価が下がってるってどういうことかな?」


 ホノカの説明によると、獄炎の魔王〈アグニス〉を討伐したのが【銀双姫】であることが国中に知れ渡り、尚且つ【閃光】の勇者様が魔王討伐に赴くことなく毎晩遊び呆けていると街中で噂になり、それが貴族へと伝わり【閃光】の勇者バーデミアン家の評価が下がっているとのこと。

 普段はこういったことに気にしないバーデミアン家だったが、今回【星剣】の勇者も討伐に参加するとなって【閃光】の勇者が参加しない訳にはいかなかった。 今回も参加しなければ勇者としての格が疑われ没落へと繋がると危惧したらしい。


「へぇぇ、めっちゃ自業自得じゃん?」


「ま、まぁ、そうかもしれませんね」


「おい、新人っ! 無駄口を叩いてないで前を向け!」


 ホノカの所属するロットリング騎士団の兵士が言う。 どうやら彼女は入団したばかりの新人だったらしい。


「はーい、すいませーん」


 悪びれた様子を見せることの無い返事をして自分の立ち位置へと戻った。 その時、一瞬だが彼女と目が合うがすぐに逸らされた。


「……ねね、フェリスちゃんの武器って小さくない?」


「え? ボクの武器?」


 そう言ってフェリスの腰に添えられる短剣を指さすイータ。

 確かに彼女の武器は少し小さい気がする。 対人戦闘の場合なら短剣でも問題無いが、魔物と対峙する場合はリーチが短くて倒すのが難しい。 もちろん、それを補うほどの俊敏性があるのかもしれないが、対魔王となるとその武器は心許ない気がした。


「安心してよ、ボクの武器は特別だよっ」


 そう言ってポン、と短剣を叩く。


「魔物が現れたぞおおぉぉぉぉ!」


 同時にその怒号が届いた。

 すぐさま戦闘態勢に入ると、周りの土壌がボコボコと膨らみ始める。 そしてそこから現れたのは生ける屍アンデッド。 死に損なって腐り果てた魔物や人間達がそこにはいた。 生前の自我などある訳もなく、ただ目の前の物を捕食するために動く。


 喰われれば奴らの仲間入り。 慎重に距離を取りつつ攻撃する。 痛みを忘れた奴らには生半可な攻撃は効かない。 狙うは頭一点。


 襲い来るアンデッドの攻撃を避けすぐさまその頭へと剣を突き刺す。 そして悲鳴のような唸り声を上げ、灰となり散った。


 〈熊狼ベアウルフ〉や〈小鬼ゴブリン〉のアンデッド。 普段は団体で行動し敵に襲い来る彼らは仲間との統率という概念を無くして、単体で襲い来る。 統率力が無い分、討伐は容易いが攻撃を受けてしまいえばアンデッドの仲間入りを果たすため自然と神経が研ぎ澄まされる。


 そこへ木を薙ぎ倒しながら襲い来る炎の攻撃。 それは周りにいたアンデッド達をも焼き払い灰にした。 ロットリング騎士団の何人かがその攻撃に巻き込まれた。


骸の魔術師リッチが現れた!!」


 薙ぎ倒された木の奥。 炎の攻撃の出発点へと視線を移す。 そこには老朽化した寂れたローブを身に纏う骸の姿があった。 既に瞳は失われた筈なのに、確かに奴の双眸は赤銅しゃくどうに輝いている。

 オレ達と言う敵を見つけ、奴はその手をこちらへと向ける。


 すると─────


「《アイスランス》だ!」


 氷の槍が生成されこちらへと飛ばされる。

 骸の魔術師リッチは魔法を使う魔物だ。 発する舌も無いため自動的に無詠唱で行われており、幅広く魔法を扱う。


 地面を伝って襲い来る岩のロックニードル、高濃度の毒を含むポイズンラッシュ、見えない高速の風の斬撃ウィンドスラッシュ


 ただでさえ神経を削るアンデッドとの戦いに訪れる魔法攻撃。


 更にリッチは一体だけでは無いらしく、前方からリッチの攻撃を受けアンデッドに喰われる兵士の叫び声が聞こえた。


「私、行ってくるっ」


「ちょっと、待って!」


 リッチの討伐に向かおうとするイータに待ったを掛けるのはフェリスだった。


「さっき、ボクの武器が特別って言ったでしょ。 言うより見た方が分かりやすいからね、ボクが殺ってくる」


 そう言って短剣の刃を見せる。

 その刃は通常の剣とは違う色を輝かせていた。 それは虹色。 何色にも及ぶ色がその刃には流れており、明らかに普通の武器では無いことを示している。


 にっ、と笑いリッチを狩るためアンデッドの中へと飛び込む。

 

 彼女の地を駆ける足にアンデッドは追いつく事が出来ず、頭を貫かれ、首を飛ばされ彼女の後には灰しか残らなかった。

 

 そして、リッチとの距離が短くなると、フェリスを危険因子と判断し魔法を繰り出してくる。 その魔法は最初に現れた時と同じ炎の魔法。 燃え盛る炎の斬撃フレイムカッター

 

 それを避けリッチの懐へと入り込むかと思いきや、フェリスはその魔法攻撃へと駆けた。

 

 気が狂ったか、誰もがそう思う彼女の行動。


 迫り来る炎の斬撃。


 フェリスは右手に持つ虹色に輝く刃の短剣をその斬撃に振り下ろした。 刃と接触した炎の斬撃。


「────《反撃カウンター》」


 次の瞬間、その斬撃はリッチの元へと跳ね返った。


 何があったかのか知る由もなくリッチは自身の炎の斬撃によって破壊され灰となった。

 


 ノウアニアの上空には獅子ししを模す星々がある。


 ノウアニアの国旗にも描かれる気高い獅子。


 ある日、ノウアニアの上空から一つの星が降ってきた。 赤子の身体ほどの大きさの星だった。 地面に埋まるその小さき星には様々な色が流れ、虹色に輝いていた。


『これはきっと神の力を含む鉱石に違いない』

 

 誰もがそう考え、その星に手を触れた。

 だが、誰もその星に触ることは出来なかった。 弾かれたのだ。

 

 この世界の人間には少なからず魔力が流れている。 魔力を弾く性質を持つその星には誰も触れることが出来なかったのだ。

 

 ただ一人の少女を除いては。


 その少女は矮人ドワーフと人間のハーフ。

 ドワーフである父の鍛治姿を見て、自分も鍛冶師として夢見ていた。


 ある日、父の元に虹色に輝く星がやって来た。

 鍛冶師として有名だった父に国が助言を求めて来たのだった。

 

 だが、父も魔力を持つ者。 触れることすら叶わなかった。

 

 苦悩を浮かべる父。

 

 父をここまで困らせる星とはどんなものなのだろう。


 年相応の好奇心を持つ少女はその星に触れようと手を伸ばした。


 星は少女の手を許した。


 少女には魔力が無かったのだった。 魔力の測定を行う機会が無かったた為、少女に魔力が無いと誰も知ることは無かった。 鍛冶師を目指す彼女にとって魔力があろうと無かろうと関係の無い事だったのだ。


 唯一星に触れることの出来る彼女に星を預け、父は少女に鍛冶師としての技術と知識を叩き込んだ。


 自分だけが触れることのできる星を少女は六年掛けて一つの短剣へと変えた。 

 鍛冶師としての最高の一歩を踏み出した。


 だが十五の成人の日。

 彼女は【勇者】の称号を授かった。


 誰一人触れることが出来なかった星に触れた少女の人生はその日を境に一変した。

 

 なりたかった鍛冶師の道を降り、生死を分かつ戦の道へと踏み出したのだ。

 

 彼女にしか触れられない星で作られた武器は彼女にしか扱うことは出来なかった。

 虹色に輝き、魔法を弾くという強力な性質を持つその武器。


 その星はノウアニア上空にある獅子を模した星々の一つ。


 それは獅子の尻尾を形造る星だった。


 それからちなんで名付けられたその武器の名は────


 〈デネボーラ獅子の尾

 

 ドワーフと人間のハーフ。

 【星剣】の勇者フェリス=ヌーアの武器の名である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

戦場にやってきたオレの花嫁〜かつて助けた美少女が最強になってオレに会いに来たようです〜 ナツメ サタケ @satake01

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ