【第七話】決起集会


 目の前には豪華絢爛ごうかけんらんな建物が一つ。 優雅な音楽が微かに耳に届き、如何いかに自分が場違いな場所にいると教えてくれる。


 正直ものすごく行きたくない。


 周りを見れば煌びやかなドレスを身に纏う婦人や存在感のある殿方達があちらこちらにいる。

 オレは無難な黒色のタキシードを身に纏う。 髪型も少しは整えているが、硝子に映るオレは服に着られている感が絶えない。


 イータとは建物の前で待ち合わせすることに。

 何でも、当日その場所でお披露目したいとのこと。


「あ、ロロナくんじゃん〜」


 陽気な声が届いた。 振り返るとそこにいたのは緑髪の少女。 〈七大勇者ななだいゆうしゃ〉の一人〈ノウアニア〉の【勇者】。 【星剣せいけん】の二つ名を持つフェリス=ヌーア。

 彼女の髪色と同じドレスを身に纏い、獅子の髪飾りをキラリと輝かせている。


「うーん……似合ってはいるようなぁ。 うん、良いと思う」


「着させられている感はオレも感じているよ」


 その横には髪色と同じ山吹色のドレスを身に纏う女性。 フェリスの付き人のロウナ。 先日会った時よりも肌を晒しており、豊かな双丘が強調させられている。 長い髪は可憐に飾られており彼女の美しさを更に際立てている。


「イータちゃんはまだかな?」


「もうすぐ来ると思うよ」


「そっかぁ 早くあの子のドレス姿見たいけど、ボク達は先に行っているね〜」


 そう言って二人は先に会場へと向かった。


 それにしてもドレス一つで変わるものだな。 先日会った時は無邪気な子供にしか見えなかったが、今はまるで一国の姫様みたいだ。


 二人の後ろ姿を見送りながらオレはそう思った。


「……おまたせ」


 ボソッと小鳥のような声が聞こえた。 聞き覚えのあるソプラノの声色。

 振り返り見た瞬間、オレは息を飲んだ。


「……ど、どう、かな」


 恥ずかしそうに頬を赤らめる白銀色の少女がそこにはいた。

 月光に照らされ輝くその髪はいつもとは違い、美しく上品に纏められており、そこには主張し過ぎずにその美しさを際立たせる髪飾りが一つ。 髪色と同系色のドレスは可憐な少女の身体と調和し合い、あどけなさに輪をかける。 可愛らしい容貌には普段はしない化粧は元の愛愛しい顔に拍車をかける。


「すごい、似合ってる」


「ほんと? よかったっ」


 心臓の鼓動が収まらない。


「ロロナもすごい似合ってるよ」


「あ、ありがとう……行くか」


 彼女の横に立ち会場へと入る。


 ヤバい。 コレはヤバい。 実にヤバい……

 優雅に流れる音楽の音が聞こえない。

 ……彼女の、イータの姿から目が離せない。


 おぉ、という驚嘆の声が聞こえた。


 会場の視線が彼女に集まる。 使用人達も己の仕事を一度止め彼女に魅入る。


「お、イータちゃん、かっわいい〜」


「フェリスちゃんっ その髪飾り綺麗っ!」


「でしょでしょー?」


 フェリスとロウナはオレ達の姿を見てシャンパンを片手にやって来た。 互いに互いの姿を褒め合い盛り上がる。

 可憐な女性が三人。 確実に男達の目を惹く三人の中にオレが一人。


 あ、痛たたた。 視線が、痛い。 痛いぞぉ?


 すると、優雅な音楽は止みグラスの音が響いた。

 会場の視線が集まる先には純白のタキシードを身に纏う青年が一人。

 さらりと靡く金色の髪。 突き抜けるような蒼い双眸。 女性が好むような綺麗に整った顔立ち。 彼を見る女性の目にはハートが映し出されていた。


「今宵は雷帝の魔王討伐に向けた決起集会にお越し頂き誠にありがとうございます。 私の名は〈ユリウス=バーデミアン〉 〈七大勇者〉の一人【閃光せんこう】のユリウスです」


 淀みのない活気に満ちた声色が轟く。


 アレが【閃光】の勇者様か。 うん、イケメンだな。 ムカつくっ……


「この度はささやかながら料理やシャンパンを用意させて頂きましたので是非楽しんで下さると幸いです────」


 それから短いながらも開催の言葉を終えパーティーが始まった。 パーティーといってもダンスなどがある訳でもなくただ互いに交流を深めるための会話や挨拶が行われていた。


 そしてそれはイータやフェリスも同様。 彼女達自身から挨拶に向かうことはないが、向こうからどんどんと挨拶する者がやってくる。


「これはこれは、お久しぶりでございます【銀双姫ぎんそうき】 覚えていますでしょうか? 〈ダウゼント騎士団〉団長の〈シュバルツ=ダウゼント〉です」


 長髪の男が澄ましたようにお辞儀をして挨拶をする。


「……はい、お久しぶりですね」


「この度の討伐にはダウゼント騎士団も参加しますのでよろしくお願いします」


「よろしくお願いします」


 嘘でも笑顔を見せず淡々と答えるイータ。 そんな光景を見てオレはくすりと笑ってしまった。

 シュバルツはそんなオレに厳しい鋭い視線をやった。


「……失礼ながら、貴方は?」


「ロロナです。 彼女の付き人みたいな者です」


 一応、握手の手を差し出す。


「家名は?」


「姓はありません。 平民です」


 それを聞くとシュバルツはふん、と鼻で笑い握手することなく視線を逸らした。


「失礼ながら【銀双姫】 この様な平凡な平民と共に過ごしますと貴方の格が汚されてしまいます。 貴方のような可憐で可愛らしい人にはそれ相応の付き合い方があるのです。 良ければ私が教えて差し上げますので良ければ御一緒に歩きませんか?」


 あ? なんだと、コノヤロウ。 蹴りあげてやろうか。


 頭の中でオレはシュバルツの股間を蹴り上げた。


 シュバルツに差し出された手をイータは握ることなく言った。


「……私も平民の出ですので、それには及びません。 では」


「で、ですが、貴方はこのような平民とは違い───」


「早く、振られたことに気付けよ〜 団長さん?」


 会話に割り込んできたのはフェリス。 急に割り込んできた相手に一瞬憤るシュバルツだったが、相手を見てその感情を押し込む。


「っ……こ、これは【星剣】様……この度は───」


「あぁ、挨拶なら今聞いてたからいいよ。 ボク、イータちゃんに話があるから」


 そう言ってシュバルツを追っ払う態度を見せる。

 相手が相手な為高圧的に出ることが出来ず、最後にオレに向けて舌打ちを鳴らしてこの場を去った。


 え、オレ? 八つ当たりにも程があるだろ。


「全く困ったもんだよねぇ。 さっきからうちの息子なんかぁ、とか今度一緒に食事会を、とかもう面倒くさいよ」


 やれやれと疲れ果てたジェスチャーを見せるフェリス。 どうやらフェリスだけでなく、ロウナにもそういった話は絶えないようで彼女も疲れ果てた様子だった。


「本当に、もう疲れる。 来る人来る人ロロナのこと馬鹿にした態度だし、切り刻みたくなる」


 え、怖い。 やめて。 優雅なパーティー会場を悲惨な殺人現場にはしないで……


 その後も彼女達と繋がりや深い関係も持とうとする者たちが絶えずにいた。

 そしてパーティーも終盤に差し掛かった頃。

 この催しの主催者であるの【閃光】の勇者ユリウスがイータとフェリスに挨拶しに来た。


 彼の後ろには仲間であろう人物を連れていた。


「やぁ、【銀双姫】に【星剣】 今回は俺の催しに参加してくれてありがとう。 俺は【閃光】の勇者ユリウスだ」


 開催時の丁寧な口調とはうって代わり気取ったような声色で挨拶する。


「今回の討伐には俺も参加することになった。 よろしく頼むよ」


 そう言ってイータに握手を求める。

 仕方なくその手を握るとユリウスはその手を引いて彼女を自分の元へと近付け、空いた手でイータの髪を触る。


「ほぅ、噂に違わぬ美しさだな」


「い、いきなり、なんですか」


 身を引こうとするイータだが抜けることは出来ない。

 流石勇者か。 その実力は決して低くは無いらしい。


「俺の嫁にしたいくらいだ」


「───ッ!」


 頬に触れられ勢いよくユリウスの頬に向けて手を放つ。 しかし、その手は防がれてしまい、両手がユリウスに掴まれる。


「おっと、乱暴な手だな」


「離しな、【閃光】」


 怒気の含まれた低い声が届いた。 声の主はフェリス。 いつもはおちゃらけた態度の彼女だが、そんな影も見せず冷徹な視線でユリウスを見る。


「なんだ、【星剣】 嫉妬か?」


「誰が、アンタなんかに」


「そうだ【星剣】、お前もどうだ? 俺は【銀双姫】を俺の仲間に入れたいと思うのだが、お前もどうだ? そうなれば以降の魔王討伐もやりやすくなるだろ?」


「お断りだね」


「私も、断ります」


 ほぼ同時に答えるフェリスとイータ。 そんな二人を一瞥してそうか、とまるで分かっていたかのように言ってイータから手を離した。


 イータはすぐさまユリウスから離れ、オレの背中に隠れる。


 その様子を見たユリウスは今度はオレに視線を移し目の前に立った。


「貴様は?」


「ロロナです。 イータの付き人みたいな者です」


 無意識にオレは後ろのイータを庇うように手を出した。


「ほぅ……貴様はどうだ? 俺の仲間にはならないか?」


「すいませんが、オレでは能力不足ですのでお断りします」


 考える素振りを見せずに答える。

 面白くなさそうな表情を浮かべ、ユリウスはオレの爪先を踏む。

 怒りか、軽蔑か。 そのような感情が含まれた力が込められている。

 そして、威圧するような鋭い瞳を向けた。


 残念だか、オレにはそういった脅しは効かないよ。 オレは屈指のポーカーフェイスだ。 表情筋一つもオレは動かさないぞ。


 ……ぃってえな、いつまで踏むんだよ。


「……ふん、つまらん奴だな」


 そう言葉を残してユリウスは去った。

 オレ達はその後ろ姿を見送る。 すると、彼の仲間の一人であろう少女が申し訳なさそうな顔を浮かべて謝罪の込めたお辞儀をした。

 あんな奴の仲間にも常識のある人はいるんだな。


「災難だったね、ロロナくん」


「ここに来るってなった時からこういった事が起こることくらい想定はしていたよ」


「あはは、そうかそうかっ」


 先程の冷えた態度は消え去り陽気な雰囲気が彼女を包んでいた。

 イータはオレの後ろでユリウスに触られた部分を汚れを落とすかのようにこすっていた。


 そんなに嫌だったか……いやオレが女性だとしてもアレはなんか嫌だな


「……ごめん、ロロナ……こんな事になるなんて」


 申し訳無さそうに言うイータ。

 イータは何も悪くない。 悪いのは身分の低い者、弱い者を見下す者と、そして場違いなオレがいるせいなのだ。 オレが貴族であったり、他者に引けを取らない強さを持っていたのならこんなことにはならなかったのだ。


 それに最初からこうなることは想定していたから悔しいとか悲しいといった感情は芽生えない。


「オレは大丈夫だ、イータ。 気にしなくても大丈夫だ」


「で、でもっ」


「でもじゃない。 そんな顔するな。 折角の可愛いらしい顔が台無しになるぞ」


「……ぁ、ぅ、ん」


 消え入りそうな声になるイータ。


「ひゅう、お熱いねぇ〜 それで恋人じゃないのぉ?」


「こら、フェリスっ ダメですよ、茶々を入れちゃ」


 ロウナ、その言葉は嬉しいが、それはオレの羞恥に拍車をかけるんだよ。

 

 オレとイータは林檎の様に赤色に顔を染め上げる。 何とも言い難い雰囲気で言葉に詰まる。


 あーーもうっ!


「イータ、もう挨拶は大方すんだだろ? もう、抜け出さないか?」


「……え? 多分、終わったからいいと思うけど……」


「よし、なら行こうっ じゃあ、またなフェリス、ロウナ」


 急な展開に着いていけないといった様子のイータの手を取りこの会場を後にする。 フェリスとロウナよく分からないといったキョトンとした顔でオレ達を見送る。 御伽噺の王子様のように、というのは少し恥ずかしいがイータにとっては牢屋にも似たこの場から彼女を連れ出してオレは目的の場所へと向かう。


「ロ、ロロナっ? 何処にいくの?」


「秘密だっ」


 もうすぐあの時間。

 オレ達が着いたのは宿泊する宿。

 そして、向かうのはオレの部屋。


「ふぅ、間に合ったか」


「……ぇ、ここって、ロロナ、の……」


「あぁ、オレの部屋だ」


「ッ!?……ま、さか……私、その、心の、じ、準備が……」


「何回勘違いするんだ、違うぞ」


 ぷく、と頬を膨らませるイータ。 


 なんでそう勘違いするんだ。 まぁいきなりオレの部屋に連れて来るオレもオレだが。 そういう気は無いとは気付かないのか。


 オレが騎士管理局本部で選んだ宿はこの辺で一番高い建物であり、オレの泊まっている階からは周りの景色を綺麗に見ることが出来る。


 そして────


「さ、もうすぐ始まるぞ」


「……?」


 不思議に思うイータの手を引いてベランダへと連れて行く。

 ベランダに出ると同時に腹の奥まで響く音が鳴る。

 そして、闇に包まれる夜の空に大きな光の華が咲いた。 唐紅からくれないの光が霧散して、オレ達の顔を照らす。 周囲を見るとオレ達と同じように空を見上げる人々が沢山居た。


 そう、今日は半月後に行われる『建国記念日』で披露される花火のデモンストレーション。 本番より規模は小さいがそれでも一目見ようとする者は多い。


「『建国記念日』のこと知らなかったろ? だから花火も見たことないと思ってな、本番より規模は小さいが見せたいなって思って」


「すごい、綺麗……」


 様々な色で咲く華。 それに魅入るイータ。 可憐なドレスに身を包み嬉しそうに空を見上げるその姿は絵になるほどに可愛らしかった。


「本番はもっと凄いぞ」


「見てみたいなっ、ロロナと一緒にっ!」


「っ、あ、あぁ」


 あーもう、無理。 可愛過ぎるだろ。


 オレ達はぬるま湯に浸かるようにその場で花火を見ていた。

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