【第六話】星剣の勇者


 一瞬の沈黙が流れるが、すぐに破られる。


「「「「えぇぇぇぇ!? 【星剣せいけんの勇者】様と【銀双姫ぎんそうき】いぃぃぃぃ!?」」」」


「あ、これ言っちゃダメなやつだっけ?」


「ごめん、ロロナ〜 つい?」


 フェリスは付き人の彼女に、イータはオレに向けて言う。


 ……あーこれからどうしよう……


「二人共っ! 私に着いてきて下さいっ!」


 付き人の彼女がフェリスを抱き上げて言う。 オレはその言葉を聞いて考える間もなくイータの腕を掴み付き人の彼女に着いていくことにした。


 今話題の【銀双姫】と〈七大勇者ななだいゆうしゃ〉の一人である【星剣の勇者】。

 超ウルトラ有名である人物がいることは秒速で知れ渡り、一目見ようとする者、サインや握手を求める者なとのファンで溢れる。


「あははは! ボク、お姫様抱っこされてるー!」


「笑っている場合じゃありません! 全く何しているんですか!」


 お姫様抱っこされケラケラと笑いながら、その場を楽しむフェリス。

 オレ達は向かい来るファン達から逃げる為、右へ左へ上へと繰り返す。


「おい、何処に行った!?」 「こっちに来たはず何だが……」「俺握手してもらいてぇぇ」「てか、【銀双姫】の隣にいた奴……まさか!?」 「ふざけんなぁ! そんなこと無いはず! あんな気の抜けた平凡顔のやつが!」


 悪かったな、平凡顔で。


 ここにはいないと判断したファン集団は別の場所へと向かっていった。 暫く、誰も来ないことを確認するとオレ達は姿を現した。


「……行った、みたいだ」


「ふぅ、良かった」


 オレ達は追っ手から逃げる為、角を曲がりすぐに裏路地へと入り付き人の彼女の隠蔽いんぺい魔法で姿を消していた。


「……まさか、【星剣の勇者】様がいたなんて」


「そちらもまさか【銀双姫】だったとは……」


「オレはロロナ、彼女はもう知っていると思いますが【銀双姫】のイータです。 助けてくれて、ありがとうございます」


「私は〈ロウナ〉、この子は【星剣の勇者】フェリス。 こちらこそ巻き込んでしまってすまなかった」


 そう言ってフードを取ると現れたのは山吹色やまぶきいろの髪の女性。 年齢はオレと同じくらいか。 目尻は少し吊り上がり、猫のような双眸は髪色と同じ色で染められ、こちらを見つめている。


 しかし、まさか、こんな大物と出会うとは……


〈フェリス=ヌーア〉

〈七大勇者〉の一人【星剣】の二つ名を持つ少女。

 我が国〈フェロバキス〉の友好国〈ノウアニア〉の【勇者】である。


 名前は知っていたが、こんな少女だったとは……


「……言っとくけど、ボク、ロウナより年上だからね」


「えぇ!?」


「本当に!? 見えなーい」


 オレと同じ感想を持つイータ。 確かにロウナより年上とは見えずらい。 身長もそうだが、なんというか、その……。


 オレは無意識にロウナとフェリスの胸部を見比べてしまった。


「ちょ、キミ、今、どこ見た?」


「イエ、ドコモミテマセン」


 女性はそういう視線には敏感か。 ロウナも豊かな双丘を隠すような仕草を取り、少し顔を俯かせ赤らめていた。


 いや、ほんとにそういうつもりで見たんじゃなくてですね。 いや、見たんですけど。 そういう事じゃなくてですね……だから、その、イータさん? そういう目で見ないで……


「すいませんでした」


 オレは言い訳を頭の中で繰り返すよりも、素直に謝ることを選択した。

 こういう時、女性に対しては低姿勢で臨まなければいけないのだ。


「それで、何故【星剣】様がこちらに?」


「獄炎の魔王を倒した【銀双姫】ちゃんを一目見ようと思ってね!」


「……本当はどうなんです?」


「〈ノウアニア〉からの国家命令で〈フェロバキス〉と共に共闘して雷帝の魔王の討伐にと」


 代わりにロウナが答えてくれた。


 なるほどね。


 魔王を倒したという事実は国にとって大きな力だ。 現在、魔王を倒したのはフェロバキスのみ。 更に、ノアウニアはそう大きくない小国。 この流れに乗って共に魔王を討ち、友好関係を留めようという話か。


 まぁ、確かにこちらとしては【勇者】が一人でも居る方が安心だ。

 ……そういえば、うちの国の【勇者】は何やってんだ? アイツが中々来ないせいで〈ルヴァン騎士団〉は全滅したんだがな。


「え!? それじゃあ、フェリスちゃんと一緒に戦えるの?」


「そうだよっ! ボクが来たからにはもう安心! 魔王なんてちょちょいの、ちょいさっ!」


 ……本当に大丈夫か?


「でも、何故あの繁華街に? 【星剣】様は何かお探しで?」


「その『【星剣】様』っていうのいいよ、敬語も要らない」


「その、フェリスが、暇だからと言って……」


「……あぁ、なるほど」


 想像しやすい。 きっと宿では高待遇なんだろうが、きっと貴族街の宿だろう。 あそこには娯楽施設があまり無いし、居心地も悪い。 そりゃあ抜け出したくもなるな。


「……それに、フェリスは『決起集会』にも参加したくないらしく、それで終わるまで隠れてようと」


「『決起集会』?」


「はい。 四日後に【閃光せんこうの勇者】様が主催する催しです」


【閃光の勇者】様が?


「用は一緒に頑張ろーぜ、っていうパーティーってこと。 ボク、お貴族様とか堅苦しいの苦手なんだよね。 それにああいう場って結婚とかの口説きが鬱陶しくてさ」


 こっちもこっちで【勇者】様とは深い繋がりも持っておきたいっていうことか。


「確か、イータさんも参加するはずですよ。 名簿に名前もありました。 きっと今夜ぐらいに招待状が来るかもしれません」


 他国の【勇者】様だけでなく、【銀双姫】とも繋がりたい訳か。


「うぅぅぅぅ、行きたくなーい」


「ダメですよ、フェリス。 国の命令出来ているのですから」


「あ、【銀双姫】ちゃんは行くんだよね? キミが行くならボクも行くよ!」


「えっと、私は……」


「行っといた方がいいんじゃないか? 流石に貴族の【勇者】様からのお誘いを断るのは反感を買う可能性があるからな」


 イータは少し考え行くことをフェリスに伝えた。 そして何故かオレも付き添い人として着いて行くことに。 本音は行きたくないのだが、もしかしたらイータが何かやらかす可能性もある。それを止める役としたいた方がいいのかもしれない。



 ◇◇◇◇



 次の日、オレはイータと共に『決起集会』に来ていくドレスコードを買いに行くことにした。 流石に、戦闘服や軍服で行くのもアレだからな。


「ふぁぁあ、ねむ」


 昨日の夜はイータがオレの部屋に泊まろうとしてきて、それを追い返すのでとても疲れた。


 向かったのは昨日の繁華街の反対側の商店街。 〈不眠不休の街トゥルヌス〉より賑わいがある訳では無いが、洋品店や百貨店などの店が多くそれなりに人も混んでいる。


 そして着いたのは硝子に囲まれ沢山のドレスコードが展示されている洋品店。 昨日、ロウナに紹介された店〈Jewelryジュエリー Elryエリー〉。 外観は可憐で男一人だと入りずらいが、しっかりと男物の商品も売っているそうなので入っても何も問題は無い。


 入店音と共に柑橘かんきつ系の芳香剤が鼻をくすぐった。


「いらっしゃいませ〜 Jewelryジュエリー Elryエリーへようこそ〜」


 伸びのある柔らかい声が迎えてくれた。

 真綿まわたのような栗色の髪と和やかな垂れた瞳。 彼女の胸元には金色の名札が着いており、そこには〈エリー〉と刻まれていた。


「私は店主の〈エリー〉です 本日は何かお探しですか〜?」


「パーティー用のドレスコードを探しに来たんですけど何かいいのはありますか?」


「ん〜 もしかしてお二人は恋人ですか?」


「はい、そうですっ」


「いえ、友達です」


「……ふふ、分かりました それではご案内させていただきます〜」


 微笑みながらエリーは別室へと案内した。


 その後はエリーに好みの柄や色などを聞かれオレはとりあえず無難な物を頼んだ。

 オレのドレスコードはすぐに決まったのだが、イータの物は中々決まらない。 やはり、女の子。 こういった部類の物事には盛り上がり、アレはどうだ、コレも良いと試着を繰り返していた。


 男物も売っているとはいえ内装も可愛らしいファンシーな装飾がされいたのでその場でそのまま待つのは少し居心地が悪い。

 オレは一度店を出ることをイータに伝えた。


 あまり遠くに行く訳にもいかず、とりあえず目の前にあった魔法具マジックアイテム店に向かった。

 中に入ると先程の店とは違い、薄暗い内装で孤児院の館長の部屋の匂いを思い出した。 可愛らしい店員が迎えてくれる訳でもなく、奥にはロッキングチェアに座り本を読む老婆が一人いるだけだった。


 何かを買いに来たわけじゃないので、適当に物色する。


〈荒くれた目覚まし時計〉 〈空駆ける長靴ブーツ〉 〈身代わり呪い人形〉 〈愉快な踊る小人ノーム人形〉 〈嘘が真実薬〉……


 何とも言い難い品揃え。 実用的というものもあれば、娯楽用品な魔法具も沢山並んでいる。


 その中でオレの視線を持っていたのは一つの紅紫色の小瓶。


「……〈絶対的な惚れ薬〉」


 ハート型の小瓶で液体は紅紫色。 開けてもいないのに独特な甘い香りが漂ってくる。

 世の恋する乙女達が集って欲しがりそうな魔法具。


 コレ、イータが知ったら危ないな……


 いつの間にか飲み物に入れられていたら大変なことになる。


「なんだ、お主、コレが欲しいのか?」


 突然の声にオレは驚いて振り返った。

 奥のロッキンチェアに座っていた老婆はいつの間にかオレの後ろに立っており、どうやらオレが〈絶対的な惚れ薬〉に興味を持っていたのを見ていたらしい。


 背は小さく、頭は白い。 厚手のローブに身を包み、まんま孤児院の館長と同じ匂いがする。 別に臭いわけでは無いが、何処か古臭いような香りだ。 顔の皺の数も年相応の物で何処か貫禄のあるような老婆だった。


女子おなご向けに作ったものなんだが、お主のような男が買うとはな」


「あ、いや、別に買うつもりじゃないです。 ただ少し気になっただけなので」


「なんだ、買わんのか。 うちの魔法具はいいぞ、何か買っていくと良い」


「いや、本当に買うつもりは……」


「これも何かの縁だ。 コレなんかどうだ?」


「ただ、見ているだけで……」


「今なら一つ買ったら、もう一つ何かつけてやるから」


「本当に……」


「買え」


「……じゃ、コレで」


 オレは適当に物色していた魔法具を二つ選び購入した。 値段は二万ジリス程。


「毎度あり〜」


 店主の老婆は笑顔でオレを見送った。


 酷い恐喝にあった。


 最初はもの優しい老婆のようだったが、途中からその顔から凄まじい程の『買え』という圧が噴出しオレはその圧に負けてしまった。

 まぁ、別に金の貯金はあるので痛い出費では無いのだが、要らない高いものというものは本当に要らないのだ。


 店を出ると同時にイータも店から出た。


「終わったのか?」


「うん、いいの買えた!」


「へぇ、どんなのだ?」


「んー秘密っ」


 可愛らしく人差し指を唇の前で立てて言う。 答えはパーティーでのお披露目らしい。 イータの事だ何を着ても似合うし、人目を惹く可憐なことだろう。


 オレは少し頭の中で想像した。


「……ん? それ何?」


「あぁ、これか? さっき魔法具店で買った……というより買わされたもんなんだが、イータにあげるよ」


「えっ!  いいの? やったぁ」


 オレは手に持った古びた長靴ブーツをイータに渡した。


「〈空駆ける長靴ブーツ〉という魔法具だ。 それを履けば空中を自由に走ることが出来るらしい」


「へぇすごーい!」


「いらなかったら捨てても構わないから」


「ううん、捨てないで大切にする」


「そ、そうか、なら良かった」


 早くこのイータの笑顔に慣れないとな。

 イータは無邪気に長靴ブーツを抱きしめ、口に弧を描く。


 そんな様子を見ながらもう一つの魔法具をオレは適当にポケットの中に突っ込んだ。

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