【第五話】魔的屋


「…………」


「…………」


 あれから三十分。 オレとイータは近くのカフェへと入って休憩していた。 オレは珈琲を、イータはジュースを頼んだが互いに一言も発することなく時間が過ぎていた。


 久しぶりに見る街の喧騒を眺めながら珈琲をすする。


 ふと、横目でイータを見るが、彼女は俯きながらストローでちびちびとジュースを飲んでいる。


「…………」


「…………」

 

 この場合オレはどう声をかければいいんだっ!?

 局での話を詳しく聞く? それとも何事も無かったかのように別の話題を持ちかける?


 ……あーもー分からんっ!


「…………雷帝の魔王ってどんな奴なんだろうな」


「…………凄い、強い……らしい……」


「そう、なんだ……」


「…………」


「…………」


 間違えたーーーっ! 今の絶対違うよね!?

 何この空気!? もう誰か助けてぇ! クリスうぅぅぅ!


「…………そういえばもうすぐ『建国記念日』だな」


「…………『建国記念日』?」


「知らないのか? 半月後に行われる祭りのことだよ」


「知らなかった……」


「ほら、よく見ると色んな店で記念日に向けて飾り付けや準備をしてるだろ?」


「……ほんとだ」


「ちなみに、祭りの最後に上げる花火も準備されてて、四日後にデモンストレーションが行われるんだ。 まぁ規模は本番より小さいが」


 お? 話せるようになってきたぞ!


 先程まで暗かったイータの顔も、周囲を見渡したことで陽気な喧騒に当てられ少しずつだが明るくなっていた。


 ……今か? 今なら言えるか?


 オレはその言葉を彼女に伝えるため一つ喉を鳴らして口にする。


「あ、ありがとうな。 助けてくれて」


「……え?」


「その、巨人トロールに襲われてた時も、魔王城でも、助けてくれてさ。 色々とバタバタしててちゃんとお礼言って無かったと思って」


 お礼を言うのはやはり気恥しい。

 さっと言いたいのにオレの性格か、男としての意地プライドか。 何かが邪魔してくる。


「イータが来てくれなかったら、オレはここにいなかったし、クリスも家族と会うことは無かった。 だから、ありがとう。 あの時助けに来てくれて」


 ……そんな顔で見ないでくれっ! 恥ずかしいっ!


 目を丸くして真っ直ぐと見る空色の双眸から逃げるように視線を逸らした。 今、オレはどんな顔をしているのだろうか。 頬が熱いのだけは分かる。


「……そんなこと言ったら、私もちゃんとお礼言ってなかった」


「ん?」


「半年前、あの時、助けてくれてありがとう。 あの時、助けに来てくれなかったら今私はこうして好きな人の前で過ごすことは出来てなかった」


 ありがとう、は言うより言われる方が気恥しいと初めて知った。

 そしてさらに面と向かって『好きな人』と言われてその感情に拍車をかけてくる。

 こういった事柄には慣れていないのでどう返せばいいか分からない……


「い、いや、オレは駆け付けた、だけで……実際に助けたのは後から来た魔術師ウィザードだったけどな」


 何している、オレの口っ! ちゃんとお礼は受け取りなさいっ!

 

「……やっぱ、覚えてないか……」


「……ん?」


「ううんっ! なんでもないっ」


 何か小声で言っていた気がしたがオレは気にすることは無かった。


 ……そういえばあの時オレは教会にんだっけ?

 都市を守るために岩人形ゴーレムと交戦した気がするんだが……


 

 …………ま、いっか


 

「……その、局ではごめん。 あんな事、あんな姿見せるつもりなかったんだけど……」


「あぁ、気にするな。 お咎めも無いんだし」


「でも……」


「あまり話の展開は見えないけど、きっとオレの為に怒ってくれたんだろ? ありがとうな」


 先程よりもすっと口にすることが出来た感謝の言葉。

 その言葉を受け取ったイータ。 今度は彼女が顔を紅潮させオレから視線を逸らした。


 でも総指揮官様に対して脅迫するのはやめようね。

 オレの為とはいえそれで国のお偉い様が脅迫されているのを見るのは心臓がもたないから。


「局でも言ったが、別にノートダム上官に言われなくてもオレは雷帝の魔王の戦線参加に手を上げていたよ。 逆にイータがいてくれるんだから少し安心してる」


「……ぁ、う、うん……」


 更に紅潮するイータ。 その熱が頬から手、手からコップへと伝わりジュースの中に入っていた氷がカラン、と溶けた。


 よし、これでこの話は終わり!


 ジュースからストローを抜き一気に飲み干すイータ。 感情でカラカラになった喉を一気に潤して言う。


「っよし! ロロナ、観光しよっ!」


 オレも冷めた珈琲を飲み干して立ち上がる。


「まずは、宿に行って荷物を預けるか」


 出鼻を挫くようで申し訳ないが、宿はもう手配してあるのでさっさと荷物を預けたい。


「そうだねっ 私は何処に泊まろかな……」


「ん? イータもオレと同じ所だぞ」


 ボン、と音を立てるイータ。 何度目になるのか、またもや紅潮が彼女を襲う。

 そして、ごにょごにょと何かを口にする。


「ぃ、いゃあ、そ、それ、は、まだぁ、こ、心の、じゅゅん、びがぁぁ……」


「何を考えているか知らないが、部屋は別々だぞ?」


「……え?」


「何なら階も違うしな」


「……え?」


「さ、行くぞー」


 オレは荷物を持ってカフェを後にする。 宿に着くまでオレの背中を軽く叩き詐欺だの、嘘つきだの、乙女心がなんやらと、何か言っていたが勝手に勘違いしたのはあっちだ。



 ◇◇◇◇


 

 イータとロロナが宿に入る。 その様子を別の建物の隙間から見送る一つの影。 懐から小さな水晶玉を取り出してそれに魔力を通す。 影はそれに向かって報告する。


 これは〈通信晶つうしんしょう〉という魔法具マジックアイテム。 互いに通信を行うことの出来る魔法具であり、魔力を通すことで対象との連絡が行うことが出来る。


『【銀双姫ぎんそうき】確認……男と共に宿に入りました』


『そうか、引き続き彼女の監視を頼んだよ』


 短く終え通信は終えると影は闇の中へと溶け気配を消した。


 

◇◇◇◇



 不満を垂らすイータを宿に連れて行き、荷物を預ける。その後、セントラルシティを観光するために繁華街へと向かった。


「焼きたての子蜥蜴リトルリザードの串焼き如何ですか〜!」 「よってらっしゃい、みてらっしゃい!摩訶不思議なバブル魔法っ!」 「銀亀シルバータートルの甲羅で作った大盾っ! 今なら5000ジリス! お買い得だよ〜!」


 芳ばしい串の匂いと屋台の呼び声、大道魔術芸士マジックプレイヤー魔法演舞ステージの歓声、自慢のお手製武器を売る矮人ドワーフの姿。


 ここは朝も昼も夜も喧騒が耐えないセントラルシティ一番の繁華街。 この場所自体に名前は無いが〈不眠不休の街トゥルヌス〉とよく呼ばれている。 セントラルシティに詳しい訳ではないが観光と言ったらここに来れば問題無いだろう。


 一つみれば、また一つ。 横を見ては、縦を見ては目を丸くして輝かせるイータ。 そして見る度に、アレは何、コレは何と質問攻めにしてくる。 オレはそれに対して一つずつ答える。 その答えはイータの驚き、喜び、好奇心などの感情を掻き立てる。


 子供のように(実際子供なのだが)無邪気にはしゃぐイータをみてつい微笑んでしまう。


「あっ! アレ何!」


 そんな時彼女の興味を引いたのは一つの屋台。

 子供はもちろん、大人も混ざっている人気の屋台。


「〈魔的屋マジックバレット〉か」


「なにそれ?」


「〈魔弾銃まだんじゅう〉を使って景品に当てるゲームのことだよ。 対戦形式もあって結構人気だぞ」

 

 今は対戦形式で大人と子供が勝負している。 〈魔弾銃まだんじゅう〉は魔法具マジックアイテムであり、子供でもお年寄りでも使うことが出来る。 魔力量や身体能力などには大きく関わらないのでああやって大人対子供の対戦もよくある光景である。


 それを聞いてイータは目を光らせた。

 つぶらな空色の双眸がじっとオレを見つめてくる。


「アレ、やってみたいっ」


「……いいぞ別に。 オレに許可貰わなくても」


 了承すると、試合が終わったのか屋台の方でドッと歓声が上がった。

 どうやら勝ったのは子供の方らしく、大人の方は悔しそうな顔を浮かべていた。


「さぁさぁっ! 次に十四連勝中のこの嬢ちゃんに挑む挑戦者はいるかいっ!」


 屋台の主が客たちを掻き立てる。


「はいはいっ! やりたいですっ!」


 イータは客たちの間を縫って申し込んだ。

 白銀色の髪色はやはり目立ち、周囲の視線を一気に集めた。 更には可愛らしい容貌もあって多くの男の目を惹き付けた。


「お、また可愛らしい嬢ちゃんが来たねっ!」


 オレもイータの後に続いてその場に向かい、店主に金を払う。 オレは案内人として、あとは女の子を連れる男としての意地プライドとして払う。


 対戦相手の方も女の子だった。

 イータと同い年くらいの子か。 背はイータより少し低く、母親か姉か、付き人の女の人が一人、その子の横に立っていた。


「よろしくお願いします!」


 イータは元気よく対戦相手であるその子に挨拶と握手を求める。


「あぁ、よろしくっ ボクは結構強いよ? 手加減しないからね?」


 その手を強く握り、挑戦的な黄金色の瞳を揺らす新緑の髪を持つ少女。 イータと似て可愛らしい容貌であり、顔立ちも幼い。 一人称は『ボク』と少し珍しい。


「ルールはこうだ。 制限時間である一分間の間により多くの敵の的を撃ち抜いた方の勝ち。 持ち玉は八十発と制限があるから無闇に撃たない方がいいぞ」


 そう言われ二人に魔弾銃まだんじゅうが手渡される。 小さな照準器の付いた狙撃銃であり、銃の横には『80』と弾の数が表記されてある。


「銀髪の嬢ちゃんの狙う的は赤色の的で、緑髪の嬢ちゃんが狙うのは青色の的だ。 一回当てる毎に一点が入る。もちろん、間違った的を当てた場合は相手に点が入るぞ。 それと、十秒に一回黄金色の的が出てくるがそれに当てると十点が入る。 相手を直接妨害するなどの行為、魔法の使用は禁止だ」


 純粋な動体視力と反射神経が試されるわけだ。

 ルールを一通り説明された後、初めて参加するイータには構え方や操作方法を教えて貰い、五発程試射させて貰った。


 そして二人の準備が整ったことを確認すると、屋台の奥は暗転。


「さぁさぁ、いよいよ始まるぜ! 十五連勝目を果たす緑髪の嬢ちゃんvsそんな彼女に挑む銀髪の美少女!」


 客を沸かすように店主は喋る。


「開始まで……5……4……3……2……1……」


 二人は銃を構え─────────


「……スターーートッ!」


 暗転した奥に照明が灯り的が出現する。 赤色と青色の的。

 二人は同時に発射し始める。

 一点、二点、三点……。 ほぼ一秒に一点。 着実と点を重ねて行く。

 驚きだったのはイータの射撃能力。 試射を見た時まさかとは思ったが、彼女の弾丸は全て的の中心に当たっている。 対戦相手の少女の弾丸もしっかりと中心を捉えている。


 一回目の黄金の的が出現した。 先に反応したのは対戦相手の緑髪の少女。 イータも的は捉えていたが一歩遅くその弾は空を切った。


 その後も二人ともミスすることなく着実に点を稼ぐ。


 二回目の黄金の的はイータが獲得。


 三十秒が過ぎると今度は的が動き始める。 先程まで動かなかった的が動き始め難易度が上がる。

 しかしイータは慌てることなくミスせず中心を捉える。


 おぉ、と沸く観客達。


 三回目の黄金の的は緑髪の少女が獲得。


 四十秒が過ぎると更に的の動きが早くなる。 変則的に動く的も増え難易度が更に上がる。

 流石のイータも中心を捉えることが難しくなり、的の端に着弾することが多くなる。


 四回目の黄金の的も緑髪の少女が獲得。


 五十秒が過ぎ、ラスト十秒が始まると今度は妨害する的が増える。 的の前を動く障害物達。 難易度も観客達の盛り上がりも更に上がる。


 この時点でイータの点数は57、緑髪の少女の点数は73。

 正直、逆転するのは難しい。

 しかし負けじと食らいつくイータの射撃に感化され会場は熱気で覆われる。


 残り二秒。 最後の黄金の的が出現。


 先に反応したのは────緑髪の少女だった。


 彼女の弾丸が黄金の的へと向かう。


「……ッ!?」


 しかし、彼女の弾丸は的に当たることなく何かに弾かれた。


 まさか……マジかよ……


 弾丸を弾いたのはイータの弾丸だった。 緑髪の少女の軌道を読み、そこに合わせて弾丸を撃ち込む。


 しかし、言うはやすく行なうはかたし。


 当たらなかった黄金の的にイータが終了の音と同時に当てる。


 結果はイータ79点、緑髪の少女が83点。


 相手の緑髪の少女の勝利。 見事十五連勝を達成した。


 負けてしまったイータは悔しそうな顔を浮かべるが、楽しかったのかすぐに笑顔へと変わっていった。


「最後の弾丸弾きは見事だった」


「ありがとうっ 貴方の射撃も流石だったわ」


 緑髪の少女は握手を求め、賞賛の言葉を送った。 イータも賞賛の言葉を述べ、彼女の手を握った。

 場は観客達の拍手によって包まれた。 恥ずかしそうにそれを受け取るイータ。

 オレも労いと賞賛を込めて拍手を送った。


「本当に強いのね 良かったら名前聞いても良いかしら? 私はイータ」


「よろしく、イータ。 ボクの名は────」


 そう言うと彼女の隣にいた付き人が慌てたように止めに入るが一歩遅かった。


「───〈フェリス=ヌーア〉【星剣せいけん】のフェリスさ!」


 え?


 その場に一瞬の沈黙が流れた。


「貴方も二つ名持ってるのねっ 私も【銀双姫ぎんそうき】って言う二つ名持ってるのよ!」


 あ、それここで言っちゃダメなやつ…………


 オレと付き人の女性は深い溜め息を同時に零した。

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