【第四話】セントラルシティ


身体を揺らす車内。 窓から見える景色は鳥よりも早く流れる。 久方ぶりにゆっくりと青い空を眺めていると車内にアナウンスが流れる。


『次は終点 〈セントラルシティ〉……〈セントラルシティ〉お手持ちの───』


「ほら、もうすぐ着くぞロロナ」


「あぁ」


 クリスに促され荷物の準備をする。 と言っても荷物は少なくトランクケース一つと相棒の剣のみ。

 トンネルに入りガラッと景色は暗転。 そして次に見えたのは綺麗に並ぶ住宅街。 子供と手を繋ぎ買い物をする親子、木の枝で剣術ごっこを行う少年達。


 ここは〈セントラルシティ〉


〈フェロバキス〉の中心都市であり、最も人口密度が高い地。 貴族も多く住み、中心に向かうにつれ貴族の姿は多くなり街並みも豪華なものへと移りゆく。


「わぁぁっ! 見て、お母さん! お姫様が歩いてる!」


「こらこら、騒がないのマーチ」


 後の席で小さな少女が窓から見える貴族を見てそう感動する。 貴族の服をお姫様のドレスと間違えたのだろう。なんとも微笑ましい光景である。 クリスもその光景を見て自分の子供を思い出したのか薄く笑う。


「わぁぁっ! 見て、ロロナ! 太った人が歩いてる!」


「こらこら、騒がないのイータ」


 隣の席で白銀色の少女が窓から見える貴族を見て面白そうに言う。 どうやら街を歩く太った貴族の男を見て言ったのだろう。 なんとも楽しそうである。 クリスもその光景をみて今度は苦笑いを浮かべる。


 クリスにはイータがなぜオレに会いに来たのか。 その話を一応した。 大変だな、と言って基地では助けることなく見て見ぬふりを突き通していたが一応理解はしてくれたらしい。 流石に誰彼構わずに話す内容でもないので今の所クリスにしか話していないが。


 初めて見る光景なのか興奮気味に窓に張り付くイータ。 年相応なのか? 微笑ましく可愛らしい姿なのだが、車内の人の目がちょっと痛いのでやめてもらいたい。 車内にいる人間はほとんどが一般市民であり、イータの姿を見てもその髪色が珍しいと思うだけで、先日魔王アグニスを討伐した【銀双姫】だとは誰も気付かない。


 まぁその方が無駄な騒ぎも無くて有難いのだが。


 駅に着きクリスとは一度別れる。 滞在期間は五日間。 わざわざセントラルシティまで帰還してオレと共に遊ぶ、訳ではなく家族に会いに行ったのだ。 一度は諦めた家族との再開。 彼の足は自然と早くなりすぐに人混みへと消えていった。


 さてと、


「……イータ、お前こっちに別荘持ってたりしない?」


「持ってるわけないじゃんー 私貴族じゃないし、ここに来るの初めてだもん」


「ですよねー ちなみにオレも家とか無い」


「えっ!? どうするの?」


「んんーまずは……」


 そう言ってオレは視線を住宅街の奥に微かに見えるこの国の国旗を掲げる建物に移す。 実はオレには帰還命令とは別に新たな命令が下されていた。


『【銀双姫】イータを騎士団管理局本部きしだんかんりきょくほんぶへと連れて行くこと』


 基地での様子を見ればイータがオレに懐いていたことは分かる。 理由は聞かれなかったので話さなかったが、命令無視を繰り返すイータの首輪を持てるのはオレだと悟ったのだろう。 持ちたくて持った訳じゃないんだが。


「アテはある。 まぁ観光がてら歩くか」


「分かったっ!」


 笑顔で答えるイータ。 未知なる土地への好奇心か、オレと一緒にいることによる幸福感からか。 イータの気分は上がりきっている。


 そして────


「うぁぁぁぁぁあ! ロロナの裏切り者ぉぉぉ! 嘘つきっ! 詐欺師っ!」


「言っとくがオレは何も騙していないぞ」


 騎士団管理局本部に入ったオレ達、いや、イータはすぐに両手を二人の女性の軍人に押さえられ奥へと連れて行かれる。イータなら彼女達を振りほどくことは簡単なはずだが抵抗はしない。 どうやら二人とは旧知の中らしく、『はいはい、行きましょうねイータ』『仕事を増やさないでよねイータ』とまるで姉のように諭して連れて行く。


 頑張れ、イータ。 健闘を祈る。


「ぅうう! すぐ戻ってくるから待っててねーっ!」


 ここで逃げると不法侵入を繰り返してでも彼女はオレの探すのだろう。


「分かった」


「っ! えへへ、行ってくるー!」


 何がそんなに嬉しいのか。 イータは本当に分からない。


 と、それは置いといて。 まずは宿を探さないと。


 ここに来たのは何もイータを本部に連れてくるためだけに来たのでは無い。 イータにも言ったがオレは別に嘘は言ってない。 ここに来れば宿のアテがあるのだ。


 オレは受付所へと向かう。そして、受付人にコイオス騎士団の時の認識票プレートを見せながら言う。


「騎士団のロロナです。 五日程滞在する宿を手配したいですけど」


「かしこまりました……部屋はお二つ用意されますか?」


 先程の光景を見ていたのか受付人には聞く。


「……そうですね、二つお願いします」


「希望する区画などありますか?」


「んー出来れば本部に近い場所でお願いします」


「かしこまりました……少々、お待ち下さい」


 そう言い目の前の電子板で指を滑らせる。


 ここ騎士団管理局本部では騎士団に入団するものに無償で宿を提供している。 高級ホテルのような宿を希望するには追加料金は発生するが、ただ身体を休めるための宿なら無償だ。 一分ほど経過すると、受付人が三枚ほどの書類を渡してくる。


「こちらが候補になります。 どれも本部から徒歩五分程で設備も広さも整っています」


 正直、どれでもいいが。 そうだな、イータがいるし、この時期なら……


 三枚の中からそれを選び差し出す。


「ここにします」


「かしこまりました……それでは手配致しますのでもうしばらくお待ち下さい」


 そう言ってまた手元の電子板で指を滑らせる。


 手配が完了するまで座って待とうとしたその時、受付人から一枚の手紙を渡される。


「こちら、ロロナさんのお姉様からの手紙です。 もし本部に訪れるようなら渡しておいて欲しいと」


 姉さんから手紙? 珍しいこともあるんだな。


 礼を入れてその手紙を受け取りソファでその内容を拝読する。


『 親愛なる弟 ロロナへ


  君の愛する姉エルナは元気でやっています。 魔物の討伐は疲れるもので毎日首が凝って仕方がありません。


  ところで、風の噂で聞いたのですがロロ。貴方騎士団に入団したの? あれほど危険って言ったよね? エルナ姉さん言ったよね? 単なる噂だよね? そうだよね? ロロは昔から一時の思いで行動するから不安になり手紙を書きました。 もしコレが届いているのであれば今すぐ騎士団を辞めなさい。 危険だから。 もし辞めないと言うのなら四肢を切り落としてでも騎士団を辞めさせるから。 いい? 分かった? 分かったと言いなさい。 それじゃあ私はまた戦場へ戻ります。 もうしばらくしたらセントラルシティに帰るので、その時は一緒に遊びましょう。


        君の美しい姉 エルナより』


 手紙? 脅迫文の間違いでは?


 どうやら過保護な姉の耳にオレの騎士団入団が入ったらしい。 こうなるから騎士団に入団したことは伝えなかったのだ。 しかし流石姉さんだ。 一時の感情で行動して入団してしまうことまでお見通しなんて。


 だけど今更辞めるつもりはないよ。


 辞めたいとも思わない。


 確かに怖いし逃げたくなる時もあるけど、これでもオレは人のために戦うことができる人間であることを教えてくれた。 それを捨てて新たな人生を歩むのは心苦しい。


 そっとその手紙を閉じてトランクケースへと入れた。


 うん、見なかったことにしよう。


 すると、突然何かが壊れる音と共に建物が揺れた。



 時は遡りロロナとイータが別れた時。


「あの子がイータの探してた人?」


「そうだけど? ……なに?」


「へぇ〜? 意外と可愛い顔してたね、あの子」


「っ!? だ、だめだからねっ!?」


 慌てるイータを微笑ましく見る二人の女性軍人。

 リリアンとシェルエ。

 イータは二人とは騎士団入団時に一緒だった三人組だ。 結局イータはその強さを認められすぐに戦線へと向かったが、リリアンとシェルエには剣の才能はあまりなく騎士団管理局本部の事務員として雇われた。


 歳はイータの二つほど上。 前よりも大人びており美しさに拍車をかける二人をみてイータも微笑んだ。


「で? 今から私なんで連れてかれるの?」


「さぁね。 私たちは貴方と仲が良かったってことで連れて来いと言われただけ」


「ていうか、理由あり過ぎて分からないんじゃない? 命令無視、単独行動、他国への不法侵入……数えればキリが無いわ」


「うぅぅ、だってぇぇぇ」


「はいはい、分かってるわよ。 全部あの子を探す為だったんでしょ。 別に責めたりしないわよ……あの子とどこまでしたか教えてくれればね?」


 やはり女の子。 この手の内容に興味を示すのは女性が多い。 イータをとある部屋の前まで連れて行き近いうちに遊ぶことを約束して二人とは別れる。


 ノックをすることもせずイータは臆せず扉を開ける。


「ノックをして入れとあれほど言っただろう」


「ロロナとリリアン、シェルエまで使ってここに呼び出したのはそっちでしょ?」


「あの者達を使わなければ君はここに来ないだろ?」


「まぁね」


 窓から入る光が彼の持つ紅茶に差し込み微かに天井に水面が映る。

 彼女を呼んだのはノートダム。

 フェロバキスの騎士団総指揮官である。


「女の二人はともかく、何故あの男に執着する?」


「関係無いでしょ。 早く用件言ってくれる?」


 長話、雑談はする気はない。 そんな確固たる意思が見える態度と口調。 普通の軍人なら厳重な罰則が与えられるが彼女には与えない。

 依怙贔屓? 特別待遇?

 その通りである。 それほどまでに彼女の戦闘能力は高い。


「───雷帝の魔王〈ブロデウス〉の討伐に行ってもらいたい」


「嫌だ」


 考える素振りなど見せずイータは答える。


「戦力の高い〈ダウゼント騎士団〉を同行させる」


「嫌だって言ってんじゃん。 てか、行くとしてとあの騎士団はヤダ。 なんか気取ってムカつくし、ずっと口説いてくる」


「だが、強い」


「だから行かないって言ってんじゃん」


 ノートダムは一度紅茶に口をつける。 茶葉から出る香りが鼻の奥へと入ってゆく。


「……探し人はあの男か」


「だったら?」


「お前が恋い焦がれ、戦場を駆けて探し回り探し出したのがあの男か」


「だったらなんなの? いい加減に──」


「あの男を殺す」


 瞬間、イータから殺気が溢れ出す。 幼い容貌は忽ち魔物をも威圧させる眼光へと変わり、握られた拳が振り下ろされる。


 建物が揺れた。


「ど、どうしまし───ッ!?」


 駆け付けた軍人を手で宥めるノートダム。

 イータの振り下ろさた拳は彼には直撃せず手に持っていた紅茶カップと共に机が粉々に砕かれていた。

 目の前の光景にノートダムは眉ひとつ動かさなかった。


「まだ淹れたてだったのにな」


「ロロナを、殺す? その前にお前を殺すぞ?」


「そうすればお前も殺されるぞ」


「やってみる?」


 鋭い眼光がノートダムを射抜く。 優しい空色の双眸はそこには無く海の深淵を覗いているような気分だった。


「やるやらないは置いといて、お前が行かなければ彼が代わりに行く。 そうなれば彼は確実に死ぬだろうな。 入団して約一年。 いくつかの死線は乗り越えているが彼の実力では無い。 ただの運だ」


「何それ、脅し? 本当にそう考えてるんなら本気でヤるよ?」


「……脅し、という名の冗談だな。 騎士団最強の二人を敵には回したくない」


「……二人? まぁどうでもいいけど」


 一人は目の前にいる【銀双姫】イータ。 もう一人は彼の姉【爆炎の王女ばくえん おうじょ】エルナ。 彼女もまた彼を溺愛していると聞く。 騎士団の最戦力である二人を手に回せば魔王よりも厄介かもしれない。


「そこでだ。 イータ、お前はあの男と共に雷帝の魔王の討伐へと向かえ」


「は?」


「それなら文句はあるまい。 彼と共に過ごす時間は増え、尚且つ君がいるのであれば彼の身の安全は保証されたようなものだ」


「誰がそんな事を許可すると思ってるの?」


「彼だ」


 そうノートダムが指さした先には音を聞きつけてやってきたロロナの姿だった。


「……ん?オレ?」


「ロロナと言ったね。 もし君が雷帝の魔王の討伐に彼女と向かわなければ彼女は国外追放とする」


「は? え?」


「だが別に君が行かなくて君には罰則は与えるつもりは無い。 さぁ今すぐ選びたまえ」


「ロロナ。 コイツの言う事聞かなくていい。 答えなくていいよ、今すぐコイツ殺すから」


 ん? んん? 一体何が起こってるの?

 音がしたから来てみればいきなり指さされて選べって言われるし。 イータはなんか脅してるし。 てかその人総指揮官のノートダム上官だよね? 何してるの、ヤバくない?


「死ね」


「ちょ、ちょっとッ!待ってッ!」


 振り下ろされる彼女の腕をオレは咄嗟に掴む。 何が起こっているのかは分からないけどそれは良くない気がする。 彼女の手は人を殺す手に染まって欲しくない。


「何するの、ロロナ」


「んぅと、えと、これから一緒に観光するんでしょ? こんなことしたらそれ、出来なくなっちゃうでしょ?」


「……でも、コイツ」


「行くよ、オレ」


「ロロナッ!?」


「大丈夫、イータが入れば死ぬことはないでしょ? それにもしイータが居なくてオレは行ってたよ」


 だってここに来る前基地で完全に雷帝の魔王への準備してたし。


「だから、ね?」


 振り上げられた腕はゆっくりと力を抜いて下ろされた。 イータは少し俯きながらオレの背中へと隠れ服を摘む。


「……ロロナが言うなら」


「うん、それでいいですか? ノートダム上官」


「あぁ」


「……早く行こ、もうここやだ」


 子供のように拗ねた声で言うイータはどこか可愛らしかった。 ピッタリと背中にくっつくイータを連れてオレは騎士団管理局本部を後にした。


 あの部屋の損害って後で払わされたりしない、よね?


 

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