【第三話】魔王討伐報告
その日、〈七大魔王〉の一角が消滅された。
その事実はすぐに大陸中に広がった。
現在最も多くの〈騎士団〉を保有し、【
「──ええ、はい、そうですっ 討伐されたのは獄炎の魔王〈アグニス〉で──」「──いえ、ですからそれは勇者でなく──」「──どうやって? そんなの我々も知りたいですよ!──」
内容は全て魔王〈アグニス〉の討伐に関して。
「一体、どういうことなのかね! 誰が、どのようにして魔王アグニスを討った!」
局の会議室にて総指揮官を務める男〈ノートダム〉はいつにも増して声を荒らげて問う。 その場に集まるのは各騎士団の上官達。 亜麻色の髪が揺れ動き、その手を挙げる上官が一人。
「〈コイオス騎士団〉上官のアイリスです。 我々コイオス騎士団は魔王アグニスの魔王城付近にて
【
その名を聞いて頭を抱えるノートダム。
驚異的な戦闘力を持ちながら数々の命令無視による単独行動。 国の管轄外の戦線にまでも赴き、他国からの苦情も絶えない。
「また、奴か……しかし、今回は魔王討伐……一体、どのようにして魔王を討った?」
「それが同伴した
そこで口を紡ぐアイリス。 報告書には目を通しており、今もその書類を手に取っているので分からないはずが無い。
「どうしたアイリス上官? 早く言いたまえ」
「失礼しました……それでは、この報告で齟齬や解釈違いが起こらぬようこの報告書に書いてある通り読み上げます」
「分かった、そうしてくれ」
「……ええ……『魔王イグニスは自己紹介する間も無く、ボッコボコにそれはもうボロ雑巾のように【銀双姫】イータによって討伐 正直何が起きていたのかは自分にも不明』……以上です」
「…………」
深く長い溜め息を吐くノートダム。
心底彼には同情する、そんな眼差しが送られていた。
そこへ沈黙を破る人物が現れる。
会議室の扉を勢い良く開ける腹の脂肪が目立つ髭の生えた男。 これでもかと見せつけるような宝石を身に付け堂々と悪びれも無く歩く。 しかし、途中でアイリスの姿を確認して足を止める。
「これはこれはアイリス嬢。 御機嫌如何ですかな?」
「……〈バーデミアン〉卿。 特に、健康に問題なく過ごせております」
〈サバル=バーデミアン〉
フェロバキスの侯爵家当主。 癇に障るふてぶてしい顔と気取った口調。 そして刺激の強い甘い香水の香り。
「それは良かった。 もし体調を崩された場合でもそうでなくても私の屋敷へ気軽にどうぞ。 誠心誠意おもてなしさせて頂きますよ」
そう言って彼女の手の甲に口付けをする。
アイリスは心の中で舌打ちをしながらも外面は笑顔で。
「ありがとうございます」
「それでバーデミアン卿……一体、どのような用件で?」
これ以上無駄な時間は過ごせない。
ノートダムは無理矢理にでも話を進めるためバーデミアンに問う。 先程のアイリスと話した口調とはうってかわり見下すような口調で言う。
「あぁ、ノートダム。 そうだった、どうして勝手に魔王アグニスを討った? アレはうちの〈ユリウス〉が討伐する約束だっただろう」
自然と拳に力が入るノートダム。 その様子を一瞥して嘲るように鼻を鳴らして近くのソファに腰を下ろす。 目線は自分の宝石にあるが、ノートダムとの会話を続ける。
「魔王アグニスを討つための武器の支援、魔法石の入手、資金援助を行う条件は魔王アグニスを討つのはうちの【勇者】という契約だったよな?」
「……はい、その通りです」
「だが、先日の郊外を見れば驚き。 『獄炎の魔王アグニスは【銀双姫】の手によって討伐』 下民共は猿のように踊り舞っている……一体どういうことか説明をしてくれるか」
バーデミアンの息子〈ユリウス=バーデミアン〉は〈
「……しかし、勇者ユリウスは戦線に参加せず、討伐する想いが見れません」
「何を言っておる? 愛する息子を死地へと送れと言うのか? そのような苦行出来る訳が無かろう。 そもそも貴様が言ったでは無いかっ『魔王は勇者にしか倒せない』と」
確かに言った。 しかしそれは事実とは異なる。 魔王を倒す力を持つのは勇者に与えられた恩恵である。だが、倒す力を得るのは勇者だけでは無い。 訓練や死闘を繰り返し後天的に魔王に匹敵する力を得る者もいる。 砂のような小さな確率ではあるが。
ノートダムは中々戦線に赴かない勇者ユリウスを鼓舞するために『魔王は勇者にしか倒せない』と言ったのだ。
「多大なる支援を行ったのは我が子が安心安全に魔王を討つという偉業を成し遂げるために行ったのだ。 そんな親心も分からんのか貴様はっ」
安心安全に魔王を討つ? そんなことが出来る訳が無いだろう。 この豚ッ!
ノートダムは心の中で叫ぶ。
「……ですが、先日〈ルヴァン騎士団〉が魔王城への道を開いたので戦線へ赴いて頂くことを伝えましたよね? 勇者ユリウスが到着するまで騎士団は何日も魔王城付近で篭城していましたが、結局彼は訪れませんでした」
それを聞いて呆れたようにバーデミアンは言う。
「だからそれは何度も説明しただろう?『寝坊』だよ、『寝坊』 我が息子は我に似て端麗な容貌でな求婚を目的としたパーティーが絶えないんだよ。 その日も前日までパーティーの予定が立て込んでおりユリウスは疲れ果てていたのだよ」
「……ッ、ですが、そのせいでルヴァン騎士団は全滅したのですよ」
「それはつまり安心安全では無かったということだろ? むしろ行かなくて良かったでは無いか、人類の希望である勇者がいなくなる可能性を無くしたのだから」
「ッ!? バーデミアン卿ッ!」
「何をそう憤る? たかが下民の集まりだろ? 一つや二つ無くなっても問題なかろう」
今すぐにでもあの豚を殴たい衝動に駆られる。
共に戦い死んでいった仲間がこのように貶され、侮辱されるのは我慢ならない。
他の上官も、アイリス上官でさえも眉間に皺を寄せ握り拳に力が入る。
しかし、ここで殴り飛ばしても一時的な開放感、幸福感しか得られない。
バーデミアンを殴り飛ばせば彼は支援を止めるだろう。
それは我々の首を絞めるのと同義。
事実バーデミアンの支援のお陰で人類側の死者数は減っており、魔王軍の撃退にも貢献している。
今行うべきは激情に駆られる事では無い。
冷静に、心を収めてノートダムは深呼吸する。
「……失礼しました」
「ふん、分かれば良い」
「それでは本日の用件とは『次の魔王の討伐権』についてですね」
「そうだ。 分かっているならさっさとそうしろ」
「……次なる我々フェロバキスが討伐に向かうは北西の端の崖城。 雷帝の魔王〈ブロデウス〉です」
「なら魔王に留めを討てる時期になったら連絡しろ」
「畏まりました」
満足したのかバーデミアンは立ち上がり部屋を出る。
足音が遠のき完全に居なくなったことを確認して、ノートダムは勢い良くその拳を机に振り下ろす。
滲むような音が鳴る。 鉄製の机は彼の拳で少し凹み悲鳴を上げる。 振り下ろされた拳からは皮膚が破け血が垂れていた。
◇◇◇◇
「お前は一時フェロバキスへ帰還せよ」
「え、はい?」
魔王アグニス討伐から数日後、基地にて次の魔王ブロデウスの崖城へと向かう準備を進めている時上官から下された命令。
あの後結局コイオス騎士団で生き残ったのはオレとクリス二人だけだった。 全滅という形でコイオス騎士団は解体。 新たな騎士団へとまた異動する命令かと思ったのだが。
「これは総指揮官ノートダム上官の命令だ」
「は、はい……了解しました」
「クリス。 お前も一時帰還だ。 休み無しで戦場に居ただろ。 この際だ家族にでも会って体を休めろ」
「あ、ありがとうございますっ」
「それと、ロロナ……【銀双姫】も連れて行ってくれ。 彼女も一時帰還する命令が下されているんだが我々上官の言うことに聞く耳を持たない」
「了解しました……けど、何故オレに」
「……だってお前、彼女に懐かれているだろ」
先日、魔王を討ち倒した後、【銀双姫】……イータに求婚され断った。
「やだやだやだやだやだやだぁぁ!」
「仕方ないだろう、オレはイータを良く知らないんだ」
「そんなの結婚してからでも良いじゃんっ!」
「それでもいきなり求婚されて『はい、しましょう』と頷けるほどオレはできていないんだ」
魔王アグニスの首が転がる広間でただをこねる白銀色の少女。 彼女はどうやらかつてオレが戦場で助けた少女だったらしく、その時何の呪いかオレに一目惚れをしてこうしてまた戦場に戻ってきたのだ。 しかも半端なく強くなって……
「……それじゃあ、イータのこと沢山知ったら結婚してくれるの?」
「ま、まぁ、そう、なるかな?」
もし君が実は大量殺人鬼でした、とかなら話は変わってくるけどね。
ふーん、とイータはニヤリと悪戯笑みを浮かべる。 そして何をするのかと思えば、オレの手を手に取りそのまま時分の胸に押し付け恥ずかしそうに頬を紅潮させて言う。
「……Bカップ」
「ッうぉ!? そーゆーことじゃないって! 何するのいきなり!?」
「だってこうやって一つひとつ触って知ってもらった方が分かりやすいでしょ?」
そう言って艶かしい雰囲気を感じさせイータはオレの手を取り自分の身体の部位を触らせた。
「首筋の触り心地だったり、耳の形、腰の細さから、太腿の弾力……」
一つひとつ丁寧に触らせながら説明する。
オレの手が熱いのか、彼女の身体が暖かいのか。 指先から感じる温もりがオレの心を揺さぶった。 そして、最後にまた自分の胸へと持ってくる。 彼女の鼓動が手を伝ってくる。
「……ねぇ、どう? 分かってもらえた?」
空色の双眸が下からオレを見つめる。 元々顔は小さいが上から見ると更に小さくて幼く見える。 薄紅色の唇、意外と長い睫毛、よく見ると左目には泣き黒子が一つあった。 彼女の一つひとつに目が行きそれらを知っていく。
オレの手は胸から腕へ、そのまま肩へと登っていく。
何を感じたのかイータはそっと目を閉じた。
そして、オレは────────────
「……ぅあっ!?」
手刀を軽く彼女の頭上に入れた。
「んんぅ、何するのぉ」
「何するのじゃない。 もっと自分の身体を大切にするんだ。 一度会っているとはいえオレがお前の思い描く人物じゃない可能性だってあるんだ。 無闇にこういうことはするんじゃない」
全く、オレを何だと思っている。 聖人じゃないただの一般兵士だ。
オレにだって欲の一つや二つはある。
彼女の行動でオレの心は揺らされたがそれは一時的な感情の起伏。 ここで手を出して後悔するのはオレであり、彼女だ。
ぽかんとしながらもオレの言葉を聞いた彼女は今度は笑った。
「でも、手を出さなかったっ」
「それは運が良かっただけだ。 さぁ、まずは戻るぞ。 クリスも心配してる、っていうか呆けているだろうから早く行かないと」
「はーい分かりましたーっ んじゃ友達からよろしくねロロナっ」
歩き出し魔王城を下るオレの後ろを楽しそうに着いてくるイータ。 そんなイータを横目で見ながらオレは溜め息を零す。
はぁぁぁあっ! ヤバかった! 何アレ超柔らかいんだけど!? めっちゃスベスベだし、なんか良い香りするし、まだ手にあの感触残ってる…… あーヤバい、マジでヤバい
オレは冷静に彼女にああいったが正直限界ギリギリだった。 魔王城にいなければ確実に手を出していた。 うん、その自信がある。
あーもーなんで求婚すぐにOKしなかったんだぁ!
あんな可愛い子に求婚されたんだぞ!? 何してんのオレ!?
今からでも受け入れるか? いやでも、もう友達ってことに落ち着いたしなぁ。
……まぁでも、どうせすぐに飽きるだろう。 なんせオレだぞ? 一目惚れとは言ってるがすぐにつまらない男だと知って居なくなるさ
また溜め息を零すロロナを後ろから眺めるイータ。
なーんて、思ってるんだろうな。 残念、私は居なくならないよっ
だってあの日からずっと君だけを想って来たんだ。 この熱はどうやったって鎮まらないよっ
それから立ち尽くすクリスを叩き基地へと戻る。 報告やら何やらで忙しかった。 それにイータも同じ基地に在住することを決めて朝から晩まで『一緒にいて、イータのこと知ってもらう!』と言って離れなかった。
そのせいで女性からは厳しい視線、男からは嫉妬と殺気の混じった視線が常に向けられていた。
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