【第二話】結婚して下さい
戦場で、まだ敵も目の前にいるというのに、オレは何故か、噂の【
は、え? どういうこと?
「……ん? ロロナ、何してんだ?」
そんなのオレが聞きたい。
「……え? 【銀双姫】?」
「違う。 私は〈イータ〉」
「違うの?」
「いや、合ってる。 彼女は【銀双姫】だ。 名前がイータっていうことだ」
一応、説明は入れるが状況把握するには不可能だ。
なんせオレも今は把握しきれてないからな。
イータは猫が唸るように喉を鳴らし、オレを嬉しそうに抱き締める。 女の子の香りというのだろうか、少しフローラルな香りが鼻腔を擽る。
って、そんなことはどうでもいいんだ! そうじゃなくて、まず今すべきなのは……
「すみません、イータさん。 抱き締めるのはいいんですけど、先に
「敬語イヤだ。 イータって呼んで」
「は、はぁ」
いや、ほんとに抱き締めるのはいいんだけどさ。 巨人達が迫ってきてるんですよ。 敬語も良いんだけど、もう少し別の所に気を回してくれないですかね。
仲間の巨人が殺られたことに気付き咆哮する巨人達。
「あーもう、うっさい」
先程の小鳥のような声はどこやら。 イラついた口調で放つ。 名残惜しそうに彼女はオレから身を引くと一度微笑み、今度はまた小鳥のような声で言う。
「ロロナさん、ちょっと待ってて下さいね」
「分かり……分かった」
するとイータは巨人の方へと駆け出す。
振り降ろされる斧を軽々しく躱し、斧の上を駆け登り一線を入れる。 遅れてその巨人の首がずるりと落ちる。
強敵と判断した巨人は複数で彼女に迫るが、イータは臆することも無く軽々しく躱し攻撃を与えていく。 しばらくして砂煙が晴れると現れるのは巨人の死体とその上に佇む白銀色の少女。
今度はリーダーの巨人が魔法を放つ。
イータの数倍の大きさの炎の弾が迫る。 それでも彼女は臆することなく炎に向かって駆け出す。 そしてその両手剣で魔法を────
「切ったぁ!?」
二つに割れた弾はイータの後ろで爆ぜる。
今度は避けられぬよう複数の炎の弾を繰り出す巨人。
「めんど」
溜め息を零し、言葉を続ける。
「《
突き出した右手と共に唱えられる。
放たれたのは黒炎の弾。 向かってくるどの炎の弾よりも大きく、黒炎はそれの飲み込んだ。
そして、巨人に直撃。
直撃すると黒炎は更に燃え上がりリーダー格の巨人は為す術なく絶命する。
いや、怖い。
何アレ、魔法なの、ヤバいでしょ。
しかもなんで魔法を切ったの? 魔法って切れるものだっけ?
その後イータは軽々しく巨人達を断ち、一瞬で全滅させる。 為す術なく殲滅された巨人達。
巨人の血が滴る剣を両手に持ち笑顔でこちらへと駆け寄ってくる。
おい、クリス。 何故一歩遠ざかる。 お前の会いたがっていた相手だぞ。
「やっと静かになったね」
君が永遠に黙らせたからね
「……えっと、イータ? まずは、ありがとう」
「うんっ どういたしまして」
「それでぇ……君は何故、ここに?」
「ロロナさんに会うため」
「……オレ?」
可愛らしく頷くイータ。 歳は16か17だろう。 元気一杯っていうのがものすごく伝わってくる。
もしかして、彼女の探し人は、オレなのか?
「……んぅと、どうして?」
「結婚してほしいからですっ」
「え?」
「え?」
いや何で君が首を傾げる。
「オレに恋人いたっけ?」
「えっ!? いるんですか?」
「いやっ!? いませんけど?」
「よかったぁ」
安堵しているってことは本当に結婚しに来たのか?
いや、何故。 本当に何故。
「オレ、イータとは初対面、だよね?」
「いいえ?」
「違うの!?」
「はいっ ロロナさんは忘れているかもしれませんが、実は私ロロナさんと会うのはこれで二回目です」
「……ごめん、覚えていないんだけど。 いつ、何処で会ったかな?」
「半年も前ですし、ここは戦場ですので忘れていても仕方ありません」
半年前?
イータは剣の血を振り落とし鞘へと納める。
「半年前、ロロナさんが所属する〈ルヴァン騎士団〉が〈キャロネル〉という都市に応援として訪れたことは覚えていますか?」
「……あぁ、あの〈
オレの母国〈フェロバキス〉の北部に位置する工業都市〈キャロネル〉。元々は別の騎士団があの都市を守っていたが〈
「あの時、私が一体の岩人形に襲われ小さな教会に追い込まれた時、ロロナさんあなたが来て助けてくれたのです」
教会?……襲われて……白銀髪、少女……!
「あぁ! あの時の女の子! 君だったのか」
「覚えていて下さったのですね……嬉しいです」
珍しい白銀色の髪だったしな。
確かに言われてみればあの子と似ている。
そうか、あの子か。 無事に生きていて良かった。
「私はそこで一目惚れしました」
「え?」
「透き通った顔立ち、それに揺れる黒い髪に何にも染まらない黒い瞳……私を背中に立ち向かう姿は御伽噺の勇者のようでした……」
君には一体何が見えていたんだ。
確かにオレはあの時君を背中にして岩人形に立ち向かっていたが結局倒せなくて一緒に逃げたよね?
それに、その後来た
「倒した、勝ったはどうでもいいんです。 あの時助けて貰ったこと、かけてくれた言葉が私にはとても嬉しかったのです」
「言葉?……オレ、何か言ったけ?」
安心して、大丈夫だよ、みたいな言葉は言ったと思うけどそれ以外に何か言ったけ?
イータは意地悪っぽく微笑み言う。
「良いんです、覚えてなくても。 私の中にはしっかりと残っているので」
「そ、そう。 ならいいけど」
「それでっ、結婚、して下さい!」
「飛躍し過ぎっ」
この子、元気があるのはいいんだけど飛躍しすぎなんだよな。 助けて貰って一目惚れも、まぁ、百歩譲って分かるとして、戦場に来てまで追ってくるか? そもそも一度しか会ってないのに結婚までしようと考えるのか?
……駄目だ。 考えても考えても答えが出せない。
ここは取り敢えず問題の先送りとして───
「結婚を申し込んでくれるのは嬉しいんだけどさ、オレ達ほとんど知らないじゃん?」
「これから知っていけばいいんですっ」
「あっと、それに、ここ戦場じゃん? 魔王にも近いし、こんな場所で、その、結婚の話するのも少し勿体無いんじゃないかな?」
「確かにっ、そうですね……」
ほ、分かってくれたか。
あとはこのまま基地に帰って、人混みに紛れて退散するとしよう。
いや、この子の結婚が嫌とかじゃないよ?
確かにお互いに知らないことだらけなのは不安だけど、こんな可愛い子に求婚されるのはとても嬉しいし、こんな状況じゃなかったら即OKしていたかもしれない。
けど、嬉しいと同時に不思議にも思う。
どうしてこんな子が、オレみたいなのに。
そして不思議は疑心へと変わる。
何か裏があるのではないか、何かの謀略か。
卑屈だって?
何とでも言え。
オレは姉を通して知っているのだ。
強い女とは相応にして怖いということを。
「それじゃあ、魔王倒しに行きましょう」
「はい?」
「魔王がいるから戦場にいるんだし、勿体無いんですよね? なら魔王、倒しちゃまいましょう」
「……はい?」
オレの、質問なのか返答なのか分からない言葉を無視してイータはオレの腕を掴む。
そして、ゆっくりとしゃがみオレを抱き寄せる。
今から何が起きるか分からないが、きっと怖いことなのだろう。
短い時間でオレは悟った。
「それじゃあ、飛びますよっ」
ほら、来た
「せーのっ!」
「うぉおあぁぁぁあぁあああああぁあっ!」
オレは反発するのを押さえ込まれたバネが飛び上がるような勢いで空に放たれる。
取り残されたクリスは訳が分からないと顔に浮かび上がりそうなほど呆けた顔でそれを眺めていた。
空を飛ぶのは初めてだったので怖くて目を瞑った。
次に開いたのは壁を壊す音が響いた時。
「よし、着いたっ」
地面に降ろされここが先程とは明らかに別の場所であることを知る。
あぁ、やっぱり飛んだんだ……
錆色の床、毒々しい壁。
何処を見ても不気味なオーラを放つその場所。
ここは、一体……
「フハハハ、良くぞここまで来た」
腹の奥底を殴るような低い声。 嗤い掛けるその声の主。 見なくても気配だけで威圧され、一つ、また一つ汗が流れる。
もしかして、ここって……
「見つけた、魔王!」
無邪気に指を向けるイータ。
かくれんぼでかくれている人を見つけたようにイータは言う。
「ま、魔王……」
視線の先には一つの玉座に座る魔人の姿があった。
炎で造られた王冠を乗せ、その姿はまるで人間のようだが明らかに違う点が二つ。
一つはその皮膚の色。 黒曜石のように漆黒で磨かれている。 攻撃を通さない鎧が彼の皮膚だ。
もう一つは額から生える角。 ユニコーンの角のようにそれは銀色に輝くが、それの放つオーラは不気味でありそして悪悪しい。
その下から覗く双眸は人間のものでは無いほどに鋭く紅く染まり、金色の瞳孔は全てを見透かしているかのようだった。
「我の名は獄炎の魔王〈アグ───ッ!?」
自己紹介をしようとした魔王は咄嗟にそれを避ける。
「き、貴様ッ! 今、我が喋っ───ッ!?」
イータから放たれた黒炎がまた魔王に迫る。 話している最中に放たれる意表を突く攻撃。
「いや、名前とかどうでもいいし」
「え、それは───ッ!? ちょ、一旦やめ──ッ!?」
「嫌でーす。 アンタの名前とか正直興味無いし。 早く当たってくれない?」
無詠唱で魔法が放たれていることは置いといて。
何だか魔王が可哀想に思えてきた。
イータさん、せめて名前だけでも……
こちとら空から不法侵入&器物破損を行ってるわけだし。 まぁ敵だから別にいいとは思うんだけどね。
「ッ!……ふっ、貴様、我ら獄炎の魔王だ。 貴様がいくら炎魔法を当てようが我には効かぬのだ」
「じゃあ、さっさと当たれし、クソが」
容赦ねぇ。
ほら、ちょっと魔王も凹んでんじゃん。
「っは! 貴様、もしや炎魔法しか扱えないのだな?」
あ、持ち直した。
イータは黒炎を放つのを止める。
「やはりそうなのだなっ! ここまで来る者なのだから少々警戒したが、その必要も無さそうだっ!」
ヤバい、もし本当にイータが炎魔法しか使えないのなら詰みだ。 後は剣で戦うしか無いが、あの皮膚を貫くにはイータでも厳しそうだ。
「改めて名乗ろうッ! 我は獄炎の魔王〈アグ───」
「《
唱え現れたのは蒼き海水で形造られた
波打つその槍を投げるような構えをとる。
「ちょ、ま、待てッ!」
魔王の待てに聞く耳を持たず、槍を投げる。
迫り来る槍を魔王は横に避ける。 しかし、槍は魔王を追うように軌道修正してそのまま魔王の胸部を貫き壁へと叩き込む。
「───ぐはっ!」
声と共に漆黒の血液が吐き出される。
「き、貴様、卑怯な……」
「戦いに卑怯も無いでしょ。 生きるか死ぬかを、卑怯だからで言い訳するの?」
「くっ……」
美少女に説教?される魔王。
何とも物珍しい光景である。
正直オレは途中から考えるのを放棄していた。
「……だが、我は魔人なり。 この首を落とさなければいつかは復活す───」
ぽとりと、魔王の首が落ちた。
え? まじ?
いつの間にか抜いていた剣には漆黒の血が流れている。 どうやらあの魔人の皮膚を穿いたらしい。
最後までまともに喋ることは無かったな。 可哀想に。
……ん? てか、魔王一人倒したよね? 今
「よしっ、これで邪魔者はいなくなった!」
「あ、え、うん」
無邪気に微笑み、オレのもとへ駆け寄る。
一体この少女は何者なのだろうか。 考えるだけ無駄な筈なのに考えずにいられない。
赤い空が裂け青空が見え始める。
その中から燦々と輝る太陽が差し込む。
それは偶然か、魔王城のイータが破壊した穴から差し込みオレとイータを照らしている。
彼女の髪は太陽で照らされると更に輝く。
そしてそれに呼応するかのように彼女の笑顔は明るくなっていた。
彼女の柔らかい手はオレの汚れた手を気にせず掴みそして言う。
「結婚して下さい」
シンプルで分かりやすい彼女の想い。
死と隣り合わせのこの戦場で彼女はオレを探すため強くなり、死闘を繰り返したのでないだろうか。
オレは彼女のこの想いに誠心誠意答えなければならない。
オレの返事を待ち、頬を赤らめるイータに向けて言う。
「友達からでよろしく」
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