3月14日に舞うもみじ

地崎守 晶 

3月14日に舞うもみじ

 思いっきり張った手が、バチンと音を立てた。


「もみじちゃんの、バカー!」


 わたしはそう叫んで、もみじちゃんから走って逃げた。


 うちの職人さんに無理を言って作らせてもらった桜餅をもみじちゃんにあげてから、あっという間に卒業式が近づいてきた。お店を継ぐためにお菓子の修行をするわたしと違って、もみじちゃんは普通の大学に行っちゃう。共学だから、きっと男のヒトがいっぱいで、ミーハーなもみじちゃんが簡単にナンパされてホイホイついていっちゃうのが心配でたまらなかった。

 ほんとはもみじちゃんにわたし以外好きになって欲しくないのに。もみじちゃんはイケメンのアイドルを見て黄色い声をあげちゃうし、男の子にもチョコを作っちゃうような子だから、我慢してるのに。

 ずっと友達だよ、って言ってくれたのに。

 それなのに。

 どうして日曜日に男の子と腕組んで歩いてるの!!

 恐る恐る尋ねたら、にへへって笑うもみじちゃんに、思わずビンタして、逃げ出して……泣くじゃくって、わたしは校舎裏、花壇の間に座り込んでいる。

 どうしよう。このままもみじちゃんがあの背の高い男の子と付き合って、大学デビューして、わたしからどんどん離れちゃったら。

 わたしはこんなにももみじちゃんが好きなのに。

 来年はもっと上手な桜餅を食べて欲しいのに。


 膝の間に顔を埋めていると、


「やっぱりここにいた~」


 いつもと変わらないもみじちゃんの声が上から聞こえてきて、すんと洟をすすって顔を上げた。

 涙でぼやけたもみじちゃんが、にぱー、と笑っている。


「どうしたの急に。お昼休み終わっちゃうよ」


 後ろで手を組んで覗き込んでくるもみじちゃんのふっくらしたほっぺには、わたしがビンタした跡が赤い手形みたいになっている。


「……ごめん、なさい」


 痛かったよね、とうつむく。


「ん~、まだヒリヒリするけどね。なんでさくらがイヤだったのか、ちゃんと教えて欲しいなあ」

「……怒ってないの?」


 もみじちゃんはわたしのすぐそばにしゃがむと、おでことおでこをこつんとしてきた。


「さくらが怒るときはだいたいわたしが悪いからね~」


 えへへ、と舌を出すもみじちゃん。やっぱり、もみじちゃんが好きだ。誰にも取られたくない。


「もみじちゃん!!」

「うわびっくりした」


 立ち上がると、大きな声が飛び出した。


「あの男の子と付き合ってるの!?」


 手形のついたところを押さえて、きょとんとした顔になるもみじちゃん。


「えー? ああ、アレいとこだよ? 大学で一人暮らししてるから、準備するものとか話聞いてたの」


「いとこ……」


 じゃあ、ぜんぶ勘違いで。

 真っ赤になったわたしを見て、もみじちゃんは立ち上がって肩をすくめた。


「声かけてくれたらよかったのに~」


 そうして、包み込むように抱きしめてくれる。もみじちゃんのふかふかした胸に顔が包まれる。


「だ、だって……」


 もみじちゃんは、わたしがどれだけ好きか、知らないんだよ。

 もみじちゃんに包まれながら、胸の中でそう呟く。


「言ったでしょ、卒業したって、別の学校に行ったって、さくらとはずっと――」


 繰り返してくれる、やさしい言葉。ぽんぽんと背中を叩く温かい手。

 わたしは友達以上になりたい。その想いをしまって、もみじちゃんの胸に身を委ねた。


「じゃ、あ~んして」


 体が離れた隙間から入ってくる三月の冷たさ。

 すかさず、もみじちゃんが差し出してきたクッキーがわたしの口に差し込まれる。

 毎年、チョコのお返しとしてもらうクッキーだけど。口の中でほろほろと崩れるそのほんのりとした香ばしさと甘さは、今までで一番だった。


「おい、しい」

「ふふん、そうでしょそうでしょ」


 そうやって、自分も一枚かじるもみじちゃんが微笑む。

 これだからもみじちゃんはズルいなあ。幸せになっちゃうよ。

 だから、これはわたしのしかえし。

 すべすべもちもちのほっぺたに踊る紅葉に、ちょっと背伸びをして唇をつけた。

 「ついてたよ」というウソに、頬以外も染めたあなたはいつ気づいてくれるかな。




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3月14日に舞うもみじ 地崎守 晶  @kararu11

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