いつもそばにいるよ

桑鶴七緒

いつもそばにいるよ

それは、必然的な出会いだった気がする。


ある複合書籍店の雑貨コーナーに山積みになって置かれていた大量のカエルのぬいぐるみ達。

一瞬で胸がときめいて惹かれる様に彼らの前に立って眺めていた。

1人の店員が手に取って見ても良いと声をかけてきたので、実際に両手で1匹持ち上げてみた。


柔らかく触り心地が良い。こげ茶色の丸い目にキュンとして口角が上がっている口。お腹やお尻も程よく膨らんで座らせてもしっかり定着している。手足も分厚く握るとまるで握り返してくれる様な感触。


ヤバい。


何、この眼差しと愛嬌さ。お持ち帰り即決だ。

色も数種類あったので顔をよくじっくり眺めて……よし、このコに決めた。


体は水色でお腹の下あたりに文字が刻まれているカエルを選んだ。気持ちは弾むばかり。会計を済まして店を出て帰りのバスを待つ間、嬉しさのあまり時々手提げ袋に入っているカエルを眺めていた。


家に帰ると早速部屋のベッドの隣にある自分の身長より低めの棚の一番上に乗せた。すっぽり収まっている。


良いじゃんキミ。


それからして仕事の休日を使い、2泊の旅行に出かけた。もちろんカエルも一緒に連れて行った。電車の椅子に腰をかけた時や飛行機の座席に座っている時の姿の斜め上に傾いている仕草が良いので、思わず写真を撮った。

SNSにもその画像を載せた。この愛着ぶりに自分でも怖いくらいの何かを感じたが細かい事は気にしない。


その夜ホテルに着き部屋であらかじめ調べておいたそのカエルのぬいぐるみを扱う本店のホームページを閲覧し、店の住所を再確認していた。明日いよいよ仲間たちに出会える。

そう胸を高鳴らせて興奮が冷めないまま就寝した。


翌日の午前中にホテルを出発して、目的地のお店に向かった。最寄りの駅に着き、そこから歩いて更に裏路地に差し掛かり、真っ直ぐな道なりを歩いて行くと、小洒落た外観の建物が目に入ってきた。

ここだ。早速ドアを開けてみると出迎えてくれたのは、持っている物の10倍はあるだろう、巨大なカエルのぬいぐるみがエプロンを身につけて椅子に座っている。


店内はワンルームほどの狭い内装で、什器に置かれたキャラクターグッズで溢れかえっていた。店員も穏やかそうな雰囲気の人で、ゆっくり見ていってくれと声をかけてくれた。

限定のぬいぐるみや文具をはじめ、全部買い占めたいくらいの数が並んでいる。


「天井にもいますよ」


ふと上を見上げてみると、釣り糸に下がっているぬいぐるみが傘を持って空調の柔らかな風に吹かれながら揺られていた。何ともお洒落な演出だ。

私はしばらくカエルたちに酔いしれて、とりあえず本店限定のぬいぐるみ2点と弁当箱用のバッグ、A5サイズのノートを購入し、店員に雑談を交わして店を後にした。


数日後、仕事から帰ってきては部屋に入って棚の上にいるカエルたちに声をかけては時々ほこりがついていないか頭などをさすって綺麗にしてあげた。


1年が経ったある日、いつものように自宅に帰ってきて着替えをした後、何かがないのに気がついた。いつもいるはずのカエルたちがいない。


母親に聞いてみたところ、私がぬいぐるみに依存してばかりいるから処分したと言ってきた。

私は激怒し彼女に八つ当たりをしたら、奥の間にあるタンスの中からカエルたちを持ってきた。もうこれ以上増やすのはやめた方があなたの将来の為だと言われた。

だが、私はその言うことは聞き流して気を立てながら部屋に戻りカエルたちを元の場所に座らせた。


更に3年が経ち、再就職の為都内に一人暮らしを始めた。仕事も残業が多くブラックなのではないかというくらいに待遇の良くない職場だったので、その数ヶ月後に別の会社に転職をした。

前職より雰囲気の違うゆったりとした空間の職場に就きひと安心した。


そして、年末を迎える頃に差し掛かりあの出来事が起きる。

流行病の蔓延化だ。

翌年には国から色々な発令も出されて、生活全般に支障をきたしていく。


通常通りに職場には出勤はしていったものの、遂にはリモートワークを余儀なくされた。

1日のほとんどを自宅で過ごし、時折夜にかけてスーパーへ食材を買いに行き、その繰り返しの生活がしばらく続いていった。

2年後発令が緩和され、外出の人出も増えてきた頃、やっとの思いで職場にも以前と同じように出勤する事ができた。


ある日の夜、帰宅してから部屋の中をよく見るとカエルたちがいないのに気付く。

1人で暮らしているのになぜ彼らはいないのか見当がつかない。部屋中をくまなく探したがこれがなかなか見つからない。一晩待って明日また探す事にした。


翌朝、食後にもう一度カエルたちを探してみたがやはりいない。この後に友人と会う約束をしているので出かけなければならない。

数時間後の夜、帰宅してから部屋着に着替えて浴室へ行き、30分後に上がってひと息ついていると、ひとつのダンボール箱に目が行き何かの手が引っかかって出ている。


中を覗いてみると、カエルたちがランダムに積まれていた。恐らくだが、気分転換にと私が部屋の模様替えを行なった際に、あれこれ考え事をしている間に無意識のうちに彼らをその中に入れたのだと気付く。


──本当にごめんなさい。


あんなに大事にしていたのに、忙しさを言い訳にいつの間にか放り投げてしまった。目立つ所にとすぐさまキャビネットの上に並べて置いた。私は1番最初に店で購入した水色のカエルを持ち上げて抱きしめた。彼のお腹のところに英文字で書かれている言葉を読む。


「いつも君を思っているよ」


この時、離れて暮らす実家の母親を思い出して電話をかけた。こうして世の中の人たち皆が元気で暮らしている事がある意味で奇跡なのかもしれない。

私と同じくこのカエルのぬいぐるみを持っている人たちにも、この刻まれている言葉の意味合いが届いている事を願う。

また本店へ足を運びに行こうと考えたが、それはまだ先延ばしした方が良いのかもしれない。


──再び新しい1週間が始まる。朝、自宅で支度をしている時、彼らの方に視線がいったので声をかけた。


「またよろしくね。いってきます」


玄関を開閉し急ぎ足で駅へと向かった。


部屋の窓辺から差し込む陽はカエルたちを照らす。彼らもにこやかに微笑みながら、今日もきっと私の帰りを待ってくれているに違いない。


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