温度

三屋城衣智子

温度

「やぁ、僕はチャァミィ。ブタの男の子だよ!」

「わぁ! チャァミィだ!!」


 ここは百貨店の屋上。

 今は丁度百貨店のイメージキャラクターの着ぐるみが、日に三回のイベントをこなしている最中である。

 春の陽気で、きっと中は大変なことになっているだろうに、演者はそんなことをおくびにも出さずちびっ子達とたわむれている。


「ぶため、こうしてやるっ!」

「こらっ、けんちゃんやめなさい」


 和気あいあいとちびっ子たちが寄ってきている中、一人の男の子がそのブタの着ぐるみをけった。

 着ぐるみは後ろへとよろけたが、体をよろけた方へ向けすんでで踏みとどまると、くるりと体を元の方向へ戻してその男の子へと片膝をつく。


「けんちゃんっていうんだね、こけると痛いって、知ってる?」

「ふん! どうせ着ぐるみだから、たいしてけがなんてしねーだろ!」

「うん、しないかもしれないね。けど心はずぅっと、痛いよ。けんちゃんが乱暴に、むしゃくしゃしているのも、僕は心配。何か悲しいの?」

「う、うるせー!」


 母親にけんちゃんと呼ばれた男の子は、言い当てられ恥ずかしくなったのか顔を真っ赤にすると、怒鳴ってどこかへ走っていってしまう。


「けんちゃん?!」

「……お母さん、たまにぎゅってすると良いですよ。何歳でも、いつでも、意外とお互い嬉しいものですから」


 母親はその言葉に驚きの表情を向けながらも、一礼すると踵を返して男の子を追いかけ去った。




 その年の年度替り前。


「えー、来年度から予算がつきましたので、着ぐるみはAIを搭載してその業務にあたってもらうこととなりました」


 きぐるみ業界もよる波には勝てず、AIの侵食が始まった。

 それ自体は技術力を上げんとする職人の叡智であり、おそれられるものではないだろう。

 しかし確実に、仕事の種類は様変わりを余儀なくされていく。


 演者の一人、チャアミィの中の人もまた、時代に飲み込まれようとしていた。




「やあ、僕はチャァミィ。ブタの男の子だよ」

「わぁ! チャァミィだ!!」

「よろしくね」


 百貨店の屋上。

 AIに中身が変わっても、子どもの興味は変わらない。

 今日も日差しは暑いが中には冷却ファンと機械が詰まっており、オーバーヒートの心配はなさそうである。

 利点といえば、稼働時間が無制限となったことであろうか。

 しかし、そこはデメリットもあり、子どもの興味は時間がたつとともに物の見事に初動よりガクッと下がっているようであった。

 それぞれ方々の遊びものへと去っていく。


 突っ立ったチャアミィは、けれど人がいないことも気にしておらず、次のちびっ子に備えて立ったまま待機している。


 不意に、背後から軽い衝撃を受けて前のめりに倒れ、チャアミィは膝をついた。


「きしゅうせいこう! どんなもんだ。この前のお返しだぞ」


 チャアミィの背後には、まだ中身が演者だった頃けってきた男の子――けんちゃんがいた。


「こらけんちゃん! すいませんっ」

「おれいまいりだ、れいはいらない、うけとっとけ」


 ぶっきらぼうだけれど、何だか友人に対するように、けんちゃんは自分がけったチャァミィへと助け起こすのに手を伸ばす。


「やあ、僕はチャァミィ。ブタの男の子だよ」


 チャアミィは、ゆっくりと自身で立ち上がって後ろを振り向いた後、そう言った。

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温度 三屋城衣智子 @katsuji-ichiko

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