第134話
阿鼻叫喚の地獄絵図。
人が死に、叫び、泣く。
この絵を描いたのは俺自身だ。理想的過ぎて怖くなるね。
移動しながら、方々に魔物を放っていく。路地裏を元気よく駆けまわっていく魔物。しばらくすると同じ方向から悲鳴が上がってきて、着弾を確認する。
残っていた騎士団員が主導したのか、俺たちには追手が差し向けられていた。騎士団員の集団や、霊装使いが背後から襲ってきた。
初動を俺とレドが防ぎ、後はハナズオウの仕事。
追手が顔を見せるたび、ハナズオウは霊装を使用する。すると、数体の魔物が虚空より顔を出して彼らに襲い掛かる。魔物の相手に手いっぱいとなり、俺たちを見逃すしかない。
絶叫が聞こえるときもあった。背後を振り返ると、甲冑に身を包んだ兵士が両手を失ったところだった。抵抗できなくなった彼は魔物に背を向けて逃げ出すが、すぐに追いつかれて血しぶきを上げていた。
俺はその男の顔を忘れないように見つめてから、背を向けた。
死は眼前にあった。けれど、俺たちの誰もそれを止めようともしなかった。俺たちの追われる道は血に塗れていなければならない。手当などして趣旨がぶれてしまえば、それこそ今までが無意味となる。
五人の真っ黒な集団は、王都から魔の森に向かって足を進めていく。幾度かの邪魔を振り切って、下町のあたりまでやってきた。
俺たちの姿を見ると、多くの人間が顔を青ざめさせて道を譲った。
土の地面を踏みしめて、俺たちは通りを闊歩する。
「さあ、みなさん、御立合い!」
部屋の中から、路地の影から、俺たちを伺う人間がそれなりに増えてきたタイミングで、アイビーが両手を広げた。
「我々は黒の曲芸団! 人類を破滅させようと目論む存在。この世界に人間はいらない。こんな立派な居住地なんて、いらないんだよ。だからここは壊そうと思います。貴方たちには死んでもらおうと思います」
口に出した野蛮とは反対に、聖母の様な綺麗な笑み。
息を飲む民衆の目の前で、ハナズオウは羽根を振った。
魔物が数匹現れる。
また、振る。
また、魔物が数匹。
何度も何度も繰り返して、最終的には百を越える魔物が姿を見せた。
「じゃあね。この私、魔王アイビーに呪詛を吐いて死ぬといいよ」
アイビーが指を差し向けると、駆け出していく魔物たち。
沸き上がる大音量の悲鳴。
扉や窓が一斉に締められた。しかし、大柄な魔物は扉を蹴破って中に入っていく。駆けこむ建屋が近くになかった人は一目散に逃げ出したが、獣畜生のスピードに勝てるはずもなく追いつかれる。高いところに上った人間が、震える足を踏み外して落下していた。
死が増えていく。
一つ、二つ、三つ。
「あはははっ。私がいる限り、何度だって魔物を呼んでやる。魔物をどうにかしたかったら、私をどうにかすることだね。ま、できるわけないと思うけど」
二階建ての建物からアイビーを睨めつける目があった。
俺はアイビーの前に立ち、その視線を受ける。
俺と目があうとその人物は顔を引きつらせて家の中に引っ込んだ。窓が閉じられる。
「十分かな」
惨劇は十分。
これ以上は彼らの心が折れかねない。
ぎりぎりのぎりぎりまで、人の心を砕く。起き上がって本気で俺たちに殴りかかってこれるように、状況を調整する。
殺し過ぎないように殺さないといけない。このあたりの塩梅は難しい。俺たちの精神状況を含めて、厳しい戦いだった。
死体を目の当たりにするのはこれが最後だろう。そう思えば、なんとか人のままいられそうだ。
俺は息を切らしているハナズオウから羽根を奪った。
「もう十分だって言ったろ」
「……」
ハナズオウは大きく息を吐いて、羽根をかき消した。
一番消耗しているハナズオウはレドの手を握った。レドは何も言わずに握り返していた。
歩みを再開すると、道の端にウルフの姿があった。
「よお。その調子だと、予想通りに上手くいっているみてえだな。邪魔されて来れねえんじゃないかって心配してたぜ」
俺たちとは別行動していた彼は、すでに黒装束を脱いでしまっている。
「何やってんだ。服を着ておけ。特定されるぞ」
「もう今更だろ。俺様の名前はすでに知れ渡ってる」
「そうだが、今顔を見せるかどうかは全く違うぞ。人の憎しみは果てしない。おまえはまだ名前だけが一人歩きしてる状態だ。まだなんとかなる」
「おまえとアイビーは顔を晒したんだろ。そんな中、俺は名前を捨てて忘れて生きろってか? 義がねえな。協力した以上、同じ立場にいさせてもらうぜ」
鼻で笑うウルフ。
こいつは自分を貫き通す。これ以上何を言っても無駄だ。
「わかった。謝礼は前に言った場所に置いてある。俺たちの全財産だ。全部もっていけ」
「大盤振る舞いだねえ。二億って聞いてたけど、それ以上なんじゃないか?」
「おまえの人生を買ったんだ。足りないくらいさ」
俺とアイビーが仕事で貯めた金、披露会での勝ち額、合わせればそれなりにまとまった額だった。
もう俺たちが使うことはないからどうでもよかった。
「そうか。じゃあ、遠慮なく使わせてもらうぜ」
「無事に逃げろよ。おまえのことだから、何とかするんだろうが」
「……いや、俺様は最後までやつらを煽ってみるさ」
ここで俺たちと別れて関わりを断つ予定だったウルフは、予定外のことを言う。
「何言ってんだ。これからおまえは名前を変えて、表に出ないで生きていく予定だっただろ」
「おまえたちの本気は伝わった。だったら、ここで逃げても失敗したら意味がねえ。人類が全滅するのに俺だけ生きていても意義がねえ。少しでも確率を上げるために、ここに残って混乱具合を調整してやる」
「馬鹿か。もうこの流れは止められない。国民全員が俺たちを恨んで攻めてくるんだぞ。捕まって死刑になるのがオチだ」
「おまえが俺の立場だったら、そうは言わないはずだぜ。ほんの少しでも可能性が上がるのなら、おまえは動いたはずだ」
言葉を返せなかった。
理屈を言うのなら、そうだろう。
本気で世界を救おうとするのなら、ウルフのこれからの人生を考えている意味はない。そもそも失敗すればこの問答も意味がなくなるのだ。
だったら、少しでも事情を知る人間に動いてもらった方がいい。
彼が死んだとしても、より多くの国民を煽るべきだ。
打算。
何度も呟いてきたこの言葉が俺を裏切って苦しめてくるとはな。
感情と理屈とが反目した場合、どちらが勝つかは人によると思う。俺はいつだって、どっちつかずの人間だった。
俺が言葉を返せないでいると、ウルフは背を向けて手を振った。
「じゃあな、甘ちゃん。せいぜい達者で暮らせよ」
「待て」
その足を止める。
振り返ったその顔に、俺は告げた。
「世界のために、死んでくれ」
打算的な俺はこれを他人事にはできなかった。打算的に、はっきりと死ねと伝えた。
「はいよ」
偽悪的な男は軽い調子で答えて、今度こそ去っていった。
「いいの?」
アイビーが聞いてくる。
「それを聞くのは性格が悪いな。もう全力を尽くすしかない。もう何人死んだかもわからない。仲間だからって死なないでくれというのは違うだろう。俺たちに近かろうが遠かろうが、等しく死んでもらわないといけない。誰が死んだって、魔物を殺しきる」
「うん」
アイビーは王都を振り返った。
俺もそうしたし、ライもレドもハナズオウもそうした。
遠くからは怒号や絶叫が響き渡り、犯人に対しての怨嗟が渦巻いている。
あとはマリーやシレネが上手く俺たちにヘイトを向けて、追ってきてくれればいい。王都に残存する全兵力を挙げて、魔の森まで来てくれればいい。
人類全員が主役の、全面戦争。
そこまでやってようやく五分といったところか。最後まで運の要素が抜けきらないのがやるせないところだ。
人類の最後の足掻きに期待するしかない。
「さよなら」
もう二度と足を踏み入れることはないだろう。
少なくとも俺は、下らない理想と意味のない打算を抱えて死ぬことになる。
惜別の思いを抱えながら、俺たちは人の住む地を後にした。
ひねくれ庶民のやり直し!好かれるごとに強くなっての人生録 紫藤朋己 @te3101
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