第8話

「ヒヨさん、見て下さい。ヒヨさんとおそろいのドレス、ヒヨさんのお母さんにも作ったのですよ」

 そう言って、鳥羽港とばみなとは、花柄のドレスを着せたうさぎのぬいぐるみをヒヨに見せる。

 ヒヨの産まれたうさぎのぬいぐるみ。

 それに抱き付く、着せ替え人形みたいなヒヨ。

 花澄子かすみこの下宿である。花澄子は、大学に行っていて、居ない。

 何だろう。僕は、首を傾げた。

 一体、どこからどこまでが現実なのか。

 そもそも、これは、現実なのか。はたまた、夢なのか。

「ねえ、港さん」

「はい」

 笑って、振り向く。普通の女の子である。

「港さんには、ヒヨがどう見える」

 鳥羽港が、ふき出す。

「おかしなことをおっしゃりますねえ。ヒヨさんは、天馬てんまさんのお姉さんの生まれ変わりでしょう」

「そんな、だって、花澄子は大学に…」

「うさぎの女の子では、可哀想ですか。なら、私が産んで差し上げます」


 はっとする。

 今まさに、交わっている。鳥羽港は、消えて失くなるために、交わっている。哀しくなる。

 気付いて、鳥羽港がよしよしする。

「大丈夫ですよ。女の子が生まれたら、名前は『ヒヨ』にして下さいね。うん、男の子なら、好きな名前にして下さい」


 僕の一部を捧げると、鳥羽港は、普通の女の子で居られた。学校でも、あからさまに腕をからめてくる。しかし、異様である。

 それから、教師に呼び出された。

 鳥羽港の親には許可を得て、自分の知人の家に寄せてもらっていることを告げる。

「それは、知っています」

「なら…」

 教師の前でも変わらず握っていた鳥羽港の手に力が入る。

「あいつだ…」

 きっと、実父だろう。可哀想に、鳥羽港は、また精神の均衡を崩した。

「何で、私の邪魔するの。あいつ、私を捨てたくせに」

 ああ、でも、ここは学校である。特効薬はあげられない。

 その場に、うずくまって喚いていた。ふと顔を上げる。いけない。はさみだ。教師の机の上にあったはさみをかっさらう。手を繋いだまま、走り出していた。

 廊下に、狂気の笑い声が響く。

「悪者は、やっつける」

「港さん…」

 花澄子の飼っていたうさぎみたいに、そのはさみを突き刺す? そうしたら、また生まれ変わりが…。


 病床で、僕はうさぎのぬいぐるみを抱いていた。うさぎの腹は、まだ破れていない。

 何だっけ。この、ぬいぐるみは、どうして…。

「あの子は、残念だったね」

 聞き覚えのある声に、顔を上げる。一瞬で、立ち位置が入れ替わる。

 そうだ。やはり、病床にあったのは、花澄子だったのだ。

 そうして、持っていたぬいぐるみを僕にくれるのだ。

「これを、どうか、私の代わりだと思って、大切にして」

「嫌だよ」

 どうにか首を振る。花澄子も、呼応して首を振る。

「私は、もう、たっくんのお姉さんではいられないから」

 どうして。いとこだって、僕の姉だと言ってくれたのに。涙で、世界がにじむ。


 何度も、突き刺す。

 こいつさえ、こいつさえ居なくなれば。

 鳥羽港と二人で、用意した鉄パイプで殴りかかって、あいつを引き倒して。馬乗りになって、学校から持ってきたはさみをー…。

 膝立ちになった時、制服のポケットから、何かが転がり落ちた。

 パレットナイフ。息を呑み、振り返る。

 それは、血塗れのぴょんたんだった。

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兎のヒヨ 神逢坂鞠帆(かみをさか・まりほ) @kamiwosakamariho

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