私にとってぬいぐるみとは、

@chauchau

それだけの話だ。


 好きでもなく。

 嫌いでもなく。

 私にとってぬいぐるみとは、捨てるに捨てにくく部屋の場所を取るものだった。


 だけど、私の部屋を訪れた人間は決まって私をぬいぐるみ好き扱いしてくる。


「部屋中にぬいぐるみを飾っておいて何を言っているんだよ」


 大学生で初めてできた彼氏は、一人暮らしの私の部屋でそう言って笑った。次の彼氏も、その次の彼氏も。女友達に至っては、そのギャグ面白くないと不憫な子扱いまでされた。

 誰に何を言われても私の考えは変わらない。私にとって、ぬいぐるみとは好きでもなく。嫌いでもなく。捨てるに捨てにくく部屋の場所を取るものだ。

 そもそも、部屋にあるぬいぐるみのどれ一つだって私が買ったものはない。私をぬいぐるみ扱いしてくる歴代の彼氏や、友達が記念日に買ってくれたものだったり。


「ゆ、優香……大きくなったな」


「もうこの年で身長は伸びないよ」


「そ、そうか。それも、うん、そうだな」


 男のあまりの不審さに、パパ活でもしているのかと周囲の目が痛い。だが目の前の男性は血の繋がった本当の父親だ。娘と父親が駅前で待ち合わせして何が悪い。まあ、この人の不審さが悪いのだろう。もう薄暗いなかでサングラスをかけているのがなお悪い。

 だが、父は売れっ子とまではいかないがそこそこ有名な俳優である。変装しなければいけないのは仕方が無い。方向性が間違っているとしても。


 父は、夢を追いかけて母と別れた。今更それを怒る気はない。


「これ、誕生日プレゼント」


「またぬいぐるみ?」


「優香はぬいぐるみが好きだもんな」


「そうだね」


「昔から優香はぬいぐるみを買ってくるとすっごい喜んでなぁ」


 父には悪いが、寒いので店に移動したい。あと。別にぬいぐるみに喜んでいたわけではない。


 また一つ。

 捨てるに捨てられないものが増える。


 別にぬいぐるみに喜んでいたわけではない。

 久しぶりに会える父親に。


 喜んでいただけの話だ。

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