[5]
気が抜けたようになった浜浦はズボンの両ポケットから、それぞれ香水のボトルと薄手の黒い手袋を取り出し、テーブルの上に置いた。
「いつからわかったんですか?」
観念した浜浦はガラス窓越しに勇を見た。マイクに向かって話し出した勇の言葉をそのまま舞が伝える。
「まず、あなたは岡田さんの訃報を聞いたとき、『警察はなんて?』と訊いていました。たとえ知らない人であったとしても、突然に亡くなったと知らされたら、まずは時と場所、『いつ、どこで』と訊くはずです。しかし、あなたは訊かなかった。そこで思いました。この人は岡田さんがいつ、どこで死んだのか知っている。そして、警察の動向を探っていると」
浜浦は勇に視線を遣っている。舞は語を継いだ。
「あなたは岡田さんとほとんど面識がないとおっしゃっていましたが、その発言で本当はそうではない。なにか繋がりがあるのではと思いました。人との繋がりを示す物と言えばスマホ。私は岡田さんのスマホを調べました。電話帳やメールのアドレス帳にあなたの名前はなかった。しかし、メッセージアプリがありました。あなたの名前は登録されていませんでしたが、やり取りの履歴を復元して関係がわかりました。あのアプリは音声通話も可能なので、岡田さんとはアプリを通じて連絡を取り合っていたんですね。ですがあなた、周到さが足りませんでした。登録も外すくらいなら、削除は徹底的にやらないと。それかもしくは、事故死と判断されれば、スマホの中身まで詮索されないだろうと高を括っていたのかもしれません」
そして、もうひとつ加えた。
「次に、あなたが亀井さんにひと言言って退室される際、ズボンの片方のポケットが異様に膨らんでいました。ですが戻ってきたときには、その膨らみはありませんでした。当初はさほど気にしてなかったのですが、あとで現場にあったジュース缶を思い出した私は、偽装工作をスムーズに行うために、あなたがあらかじめ、そのジュース缶をポケットに忍ばせておいたのだろうと考えました」
看破された浜浦はヘッドフォンを外して首にかけると、目の前の舞ではなく、副調整室にいる勇に向かって語り出す。
「強情な女でね。私は関係を清算したかっただけだ。金だって渡した。なのに、妻や記者に全部話すとか言い出すから・・・」
自白した浜浦はうつむいてポツリと呟いた。
「まさか、こんなに早くバレるとは・・・」
そんな浜浦に、舞が真剣な顔つきで言った。
「あなた、勝手ですね。自分にだって非があるのに彼女のせいみたいに。最低です」
勇が発した言葉ではない。舞が感じたことを素直に発した言葉であった。
翌日、羽華警察署の署長室に舞はいた。正面で署長の獅央が自席に腰掛け、昨日の出来事についての反響を話している。
「メディアは
舞を指した獅央は嬉しそうに続ける。
「これでウチの署が一躍有名になっちゃったよ。私にも取材が来るかなあ。来たらどうしようかなあ」
変に期待している獅央に、舞が事実を告げる。
「実際に事件を解決したのは鴨志田さんです。私はなにもしてません。私はただ、鴨志田さんの言うことをそのまま話しただけで・・・」
舞が言い切る前に獅央が声を発した。
「そんなことはわかってる」
指を組んだ両手で頬杖を突いた獅央は説いた。
「私も放送を聴いていた。きみが番組に出ながら事件を捜査して、しかも短時間で犯人を見つけ出すなんて器用な真似はできない。もしやあそこに鴨志田がいるのかもしれないと、私には察しがついていた」
そして、獅央は推し量った。
「おそらく、きみに手柄を立てさせたかったのだろうな。そうすれば評価も上がって、本庁にきみの存在をアピールできると鴨志田は考えたんじゃないか?」
どこか釈然としない表情の舞に獅央が訊いた。
「ん?不満か?」
「いえ。不満ってわけではないですけど、これでまた前みたいになっちゃったらと思うと心配で。署長や刑事課に迷惑かけるんじゃないかなって」
舞にはそこが気がかりであった。堂覇警察署の交通課時代、舞の人気のせいで軽犯罪の率が増加したという過去があったからだ。そして勇に対しては、本庁に栄転させるために思慮してくれたのであろうが、これは
「心配には及ばない。そもそも番組に出てくれとお願いしたのは私だ。仮に当時と同じようなことが起きてもこちらで対処する。私は堂覇署の署長のように内勤に回すなんてことはしないよ。杠葉君は刑事のままだ」
獅央は穏やかに笑みを浮かべた。その言葉に、舞のざわめく心は落ち着いた。
「ところで杠葉君。今回の事件に際してテレビ局が取材したいと言ってるんだが・・・」
次なる申し出を獅央が言い終わる前に
「お断りします」
と、舞は即座に拒否した。
舞が刑事課へ戻ってきたとき、同僚の高島(たかしま)が声をかけてきた。
「杠葉。さっき小学生が来て、お前に用があるって。ほら、昨日行った羽華第三小の」
確かに昨日、そこで防犯教室を開いている。舞が言った。
「私に?」
「今、応接スペースで待ってる。早く行ってやれ」
「わかりました」
自分になんの用だろう。なにか事件の被害にでも遭ったのだろうか。案じた舞は急いで応接スペースへと向かった。
応接スペースに入ると女の子がふたり、ソファに横並びで座っていた。ひとりは丸い目が特徴的で、もうひとりはスクエア型の眼鏡をかけている。ふたりとも小さなショルダーバッグを膝に置いていた。
「用があるってどうしたの?誰かになにかされた?」
舞は不安な表情でそう言いながら、もう一方のソファに腰掛け、ふたりに向かい合う。しかし、女の子たちはなぜか笑顔になる。
「杠葉舞さんですよね?」
女の子のひとりが身を乗り出して訊ねた。
「はい・・。そうですけど・・・」
相手に押される形で舞は答えた。
「私、羽華第三小学校六年の
その丸い目をした女の子、実桜が自己紹介したあと、隣に座っている眼鏡をかけた女の子も自身を紹介した。
「私は
満面の笑みのふたりに、舞は訝しげに用件を尋ねた。
「それで私に用って・・なに?」
弥生は簡単に説明した。
「今度、私たちの組で学級新聞を作ることになって。ぜひ杠葉さんを取材したいんです」
なんだ、そういうことか。安堵した舞はひとつ疑問を投げた。
「私でいいの?なんで?」
その問いに実桜が理由を明かした。
「羽華町にいる警察官について特集しようと思ってたときに、防犯教室でウチの学校に来た杠葉さんが事件を解決したってネットで知って、それからみんなと話し合って、本人にインタビューしてみようってことになったんです」
「いや、あれは私が・・・」
どう伝えればいいか舞は迷った。
「杠葉さんが今までどんな仕事をしてたのかとか、この街についてどう思うのかとか、いろいろ訊いてみたいんです」
実桜はそう言うと弥生と一緒に頭を下げた。
「お願いします」
ふたりが声を揃えて切願した。
「もう一回聞くけど、ほんとに私でいいの?」
事情を理解した舞が確認する。
「はい」
またもふたりの声が揃う。舞は優しく微笑んだ。この取材なら応じてもいいと。
「わかりました。いいですよ」
姿勢を正した舞が承諾すると、頭を上げたふたりは顔を合わせてほころんだ。
「じゃあ、まずはなにから訊きたい?」
舞が言うと、先に口を開いたのは弥生だった。
「えーっと、最初は・・・」
ふたりはそれぞれバッグからペンとノート、そして取材相手を撮影するためであろうスマートフォンを取り出した。こうして、実桜と弥生による舞へのインタビューが始まったのだった。
インシデントレコード -私とおかしな小説家- Ito Masafumi @MasafumiIto
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