[4]

 舞はテーブルの上に指を組んだ両手を置いた。それから、勇が話すことをヘッドフォン越しに聴きながら、かなりの棒読み口調で声を発した。

「岡田莉々子さんが死亡した件はご存じですね?」

「え・・、ええ。知ってますよ。事故死だったんでしょ。さっき聞いたじゃないですか」

急になんだとばかりに、浜浦はまたも半笑いで答えた。

「いえ。あれは事故死ではありません。殺人です。しかも計画殺人・・。えっ、そうなの!?」

―舞さん。僕の言うことだけを言ってください。

「あ、はい」

つい自身の私情を口にしてしまった舞は姿勢を正した。そして、勇の声に併せて断言するように述べた。

「殺害したのは浜浦さん、あなたですね・・。ええっ!?」

犯人を知らされていなかった舞は驚きで声を上げた。

―だから「ええっ」は要りません。

「そうでした」

舞は小声で答えた。

「またまたー。冗談はよしこちゃんですよー」

ギャグを交えて浜浦は笑ってごまかすが、舞には効いていないようだ。

「冗談ではありません。真面目に話しています」

途端に笑みが消えた浜浦は、付き合いきれないとスタッフに向けて声を飛ばした。

「ちょっとCM入れて、CM」


 只野が機器を操作しようとしたところを猪瀬が止めた。

「CM流したら公務執行妨害で連行するぞ!」

先ほどの低姿勢とは一転、威圧的な態度を猪瀬は取った。只野が手を引っ込める。


 なかなかCMに入らないことに業を煮やした浜浦は、音声を切ろうとカフスイッチに手をかけようとした。

「いいんですか?そんなことして。認めたと同じになりますよ」

舞の脅しめいた言葉を受けて、浜浦はカフスイッチから手を離して腕を組み、副調整室をチラと見た。スタジオの外でマイクに向かって話している眼鏡の男がいる。あいつだ。さっき自分に莉々子と面識がないか訊いてきた男。あいつがこの刑事に指示を与えて言わせている。と浜浦は瞬時に感づいた。

「私が殺したとして、なんで殺したんです?動機は?」

浜浦の問いに、舞は勇が言ったとおりの答え方をした。

「簡単に言えば、別れ話のもつれ。でしょうか」

舞はそのまま語を継ぐ。

「あなた、岡田さんとは挨拶程度の付き合いとおっしゃっていましたが、違いますよね。実際はもっと親密な間柄にあった。要するに不倫関係にあったということです」

舞はまたも「えっ!?」と口走りそうになったが、なんとか言葉を飲み込んだ。

「根拠はあるんですか?」

不敵な表情で浜浦が訊いた。

「なり得る物はあります。岡田さんのスマホを調べたところ、メッセージアプリにあなたと岡田さんがやり取りをした履歴が残っていました。ふたりの名前も文章の中に出てきています」

浜浦は息を呑んだ。舞が続ける。

「削除したつもりでしょうが、アプリにはバックアップの設定がなされており、履歴を復元することができました」

それから舞は具体的な動機に触れる。

「文面を見る限り、あなたは岡田さんと別れたがっていたようですね。しかし、当の岡田さんは別れようとしなかった。それどころか、あなたの奥さんやマスコミに関係を打ち明けるとまで言い出した。マリッジ・オブ・ザ・イヤーに輝いたほどのあなたが不倫をしていたことが世間に知れれば身の破滅。ワイドショーなどの格好のネタとなり、放送しているこの番組だけでなく、芸能活動自体も続けられなくなってしまうかもしれない。それで岡田さんが邪魔になった」

浜浦はやや声を震わせながら反論した。

「だ、だとしても、これは私が不倫をしていたことを証明したに過ぎない。彼女はアナフィラキシーショックで死んだんでしょ。病死みたいなもんじゃないですか」

「人為的にアナフィラキシーショックを起こさせる方法ならいくらでもあります」

「なんだっていうんです?」

勇に併せて舞が言い切る。

「浜浦さんの場合、香水を利用したんです。」

浜浦の心臓がドキリと音を立てた。

「岡田さんはスプレータイプの香水ボトルを持っていました。あなたはあらかじめ、ピーナツオイルを混入させた同じ香水ボトルを用意しておいた。それを岡田さんは身体からだに吹き付け、その際に出たピーナツ成分を含む気体を岡田さんは香りと共に鼻から吸い込み、アナフィラキシーショックを起こした」

凶器を説いた舞は語を継ぐ。

「遺体があった控室には香りが微かに残っていました。そのあとで岡田さんの香水を確認したところ、同じ香りがしましたので、岡田さん本人があの控室で香水を使ったことは間違いありません」

舞はさらに話を進める。

「マネージャーの氏家さんから訊きました。岡田さんはあるときを境に、仕事などで人と会うようなときには、それがたとえ短い打ち合わせであろうと常に香水をつけ過ぎるほどにつけていたとか。岡田さんと関係を持っている浜浦さんもこのことはご存じでしょう。そして、あなたはその過剰さを犯行に取り入れた」

視線が泳いでいる浜浦に舞が言った。

「しかし、交差反応による事故死とは考えましたね。ですが、私は最初からそうではないと確信していました」

舞は「交差反応」ってなんだろうと思いながらも、勇の言葉につられるまま、その理由を明かす。

「食品ラベルを細かくチェックするほど自分の症状に気を遣っていた人が交差反応を知らないはずがありません。医師からも指導を受けているでしょう」

そして舞は事件のプロセスを説明した。

「経緯はこうです。事前にメッセージアプリで岡田さんのスケジュールを把握していたあなたは、岡田さんが打ち合わせへと向かう直前に控室で本人と会い、注意を逸らしたかして岡田さんが目を離した隙に香水ボトルをすり替えた。そうとは知らずに岡田さんは香水を吹き付ける。ピーナツアレルギーの場合、アナフィラキシーショックが引き起こされる時間はおおよそ三十分以内。あなたは岡田さんが控室に戻っているであろう頃合いを見計らってスマホで連絡を入れた。私たちがここを訪れた際、誰かに電話しようとスマホを耳に当てていましたよね。岡田さんではありませんか?」

答えない浜浦に焦りの色が見える。舞が話を進めた。

「電話に出ないことで発症していると悟ったあなたは本番中、曲が流れている五分の間に急いで岡田さんの控室に向かった。そして、本人が死亡しているのを確かめるとすぐに、交差反応による事故死に見せかけるため、計画したとおりに偽装工作を行った。持ち込んだジュースを遺体の口に流し込んで、その缶をテーブルに置き、香水ボトルを元の岡田さんのものと取り換え、岡田さんのスマホから自分との関係を示すデータを消したあと、あなたは控室を出てスタジオに戻った」

勇との連携に慣れてきたのか、棒読み口調がなくなってきた舞は語を継ぐ。

「ADの岩下さんがおっしゃっていました。いつもは三分前後の曲を流すのに、今日に限って五分の曲を流したと。あなたにとってはこの五分が大事だった。このスタジオから岡田さんの控室まで走っても往復で約二分。偽装工作をする時間がありません。かといって番組の構成上、長い曲はかけられない。だから放送に差し支えのない五分としたのです。残りの三分あれば、ギリギリですが工作は行えます」

披瀝された推論に、浜浦が取り繕った表情で異を唱える。

「私はあのとき忘れ物を取りに行ってたんです。なんで岡田さんの控室にいたとわかるんですか?」


 勇が只野に合図を送ると、スタジオ内に浜浦の録音された声が流れた。

―さっき捕まったコンビニ強盗の格好もある意味センスありますよね。ウサギの着ぐるみで強盗に押し入るなんて前代未聞ですよ。

それから勇はマイクに向かって口を開く。


 勇の声に併せて舞が浜浦に訊ねた。

「このこと、なにで知りましたか?」

「え・・、えっと・・、ネットで・・・」

口ごもりながら浜浦は答えた。

「確かに強盗犯は本日逮捕されました。しかし、あの時点で犯人の服装がウサギの着ぐるみであったことはネットでは報じられていません。最初に報じられたのは<日東テレビ>のワイドショーで、時間は午後十二時五分から十五分の間。その間、あなたはスタジオから退室していましたね」

舞から事実を知らされた浜浦は言い訳がましく返した。

「あっ、そうだ。テレビだ。テレビで見たんだ」

「どこで?」

「えーっと・・。控室で・・・」

「あなたの?」

「ええ、はい・・・」

浜浦の言葉を反芻するように舞が訊いた。

「忘れ物を取りに行っていたんですよね?それなのに控室でテレビを見ていたんですか?」

「そ、そうですよ」

浜浦はきっぱり言い切るが、すぐに覆された。

「浜浦さんの控室にあるテレビは故障中で見れません。すでに確認済みです。ちなみにスマホでテレビを見たというのもなしですよ。放送が始まってから、あなたはスマホをスタジオに置いたままにしていましたから」

舞はテーブルに置かれた浜浦のスマートフォンを一瞥して続けた。

「現場となった岡田さんの控室に入った際、テレビは点けたままになっており、そのワイドショーが放送されていました。つまり、あなたは犯人の特徴をあの現場で知ったんです。直接見ていなかったのだとしても、自然と情報が音声として耳に入ってきていたでしょう」

浜浦は声を上げて文句をつけた。

「だったら私がやったという証拠は?証拠はあるんですか?」

勇の言葉のまま、舞が冷静に声を発した。

「あなたは忘れ物を取りに行くと口実を作って一度退室し、戻ってきて以降はスタジオを一歩も出ていません。ほかの刑事がディレクターの亀井さんから聞いています。それに監視もしていました。ということは、まだ所持しているはずです。凶器に使われた香水のボトルを」

動揺で浜浦の顔が引きつる。

「岡田さんの控室にあるゴミ箱からは香水のボトルは見つかりませんでした。現場からスタジオまでの廊下にはゴミ箱やそれに似た容器は一切ありません。ここにあるゴミ箱はスタジオと副調整室の二か所あります。ですが、あなたがなにかを捨てた様子はない。どこかに隠すといったこともないでしょう。誰かに拾われる恐れがあり、調べられると都合が悪い。とすれば、まだ廃棄はしていない可能性がある。すぐにでもそうしたい気持ちがあったのでしょうが、現状は所持しておいたほうが安全だと思ったのかもしれません。そして、本番が終わったあとで証拠隠滅を図るつもりなのではないかと私は考えました」

そう言った舞はダメ押しに問うた。

「浜浦さん。疑いを晴らしたいなら、身体検査をさせましょうか?」

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