[3]

 舞はときおり、チラチラと猪瀬を見ながらトークを進めている。浜浦も気になっている様子だった。なぜなら、猪瀬が先ほど勇が座っていた席に腰掛け、じっとこちらを睨んでいるからだった。


 現場となった控室の外で、勇は夏美に話を訊いていた。

「岡田さんにはそんな癖があったんですか?」

勇が言うと、夏美はうなずいた。

「はい。岡田がデビューしたばかりの頃、人気が上がるにつれて、それを妬んだ先輩のタレントが言ったんです。『あんた臭い』って」

沈痛な顔で夏美は続けた。

「ただの悪口でしょうけど、本人はすごい気にしてしまって。以来、岡田はそうするように」

「なるほど・・・」

納得した様子の勇のもとに岩下がやってきた。

「ありがとうございました」

勇は礼を述べると岩下に向き直った。

「なんのご用でしょう?」

岩下が訊ねた。

「確認したいことがあるのですが」

勇は人差し指を立てた。


 勇と岩下は別の控室にいた。

「確かに映りませんねえ」

勇が≪故障中≫と張り紙がされているテレビに向けてリモコンを操作しているが、画面は真っ暗のままだった。

「おとといからなんです。電源は入るんですけど、なにも映らないし、音も出ないんですよ」

隣で岩下が言った。

「原因は?」

問うた勇に岩下が答える。

「わかりませんけど、多分チューナーの不調かと。なので明日、業者に来てもらおうと思ってるんです」

「あっ、それともうひとつ訊きたいんですけど」

勇は質問を重ねた。


 同じ頃、舞がゲストのコーナーが終わろうとしていた。

「今日は貴重なお時間をいただきありがとうございました。杠葉舞さんでしたー」

浜浦が拍手をした。舞は笑みを浮かべながらお辞儀すると言葉を返した。

「こちらこそ、ありがとうございました」


 自身の出演を終え、緊張が解けた舞はスタジオを出て猪瀬に歩み寄った。

「猪瀬さん、ここでなにしてるんですか?本庁に戻らなくていいんですか?」

舞は疑問を投げかけた。

「監視だ。鴨志田に頼まれてな」

「監視?なんの?」

「あいつだ」

猪瀬はある人物を顎で指した。舞はそちらに目を遣る。

「なんで、あの人の監視なんか」

その人物を見た舞の疑問がさらに深まった。

「言っとくけど、あいつにどうしてもってお願いされて仕方なくやってるんだからな。べつにあいつの考えを認めてるわけじゃないぞ」

猪瀬はまるで念押しするような声を発した。


 同じ頃、岩下と別れた勇は遺体発見現場の控室から、舞のいるスタジオまでの曲がりくねった廊下をダッシュで走りながら何度も往復していた。途中には室内ベンチがいくつかある程度で、あとはなにも置かれていない。スタジオのドアの前に着いた勇はゼエゼエとせわしなく呼吸をしながら、自分のスマートフォンに表示されたストップウォッチのタイムを見た。

「僕が走ってこの秒数ということは・・。行ってやれないことはない・・・」


 スマートフォンを上着にしまい、スタジオに入ってきた勇は猪瀬の隣の席に座った。

「お前どうした?」

未だに荒い息の勇を、猪瀬は何事かと異様な眼差しを向けた。

「鴨志田さんはなにしてたんですか?」

同じ印象を持った舞が勇に問いかけた。

「ちょっとした・・、検証を・・、してました・・・」

「検証?」

舞にはなんのことだかわからない。

「ところで、そちらはどうですか?動きはありましたか?」

少しずつ息を整えた勇が猪瀬に訊ねた。

「いや。俺が来てからは一歩も出てないし、なにも捨てちゃいなかった」

舞はふと察した。

「もしかして、さっき言ってた事故死の件、調べてます?」

勇はうなずいた。舞は推し量って語を継ぐ。

「猪瀬さんがまだ残ってるってことは、事故死じゃないってことですか?」

次に猪瀬がうなずいて勇を指した。

「少なくともこいつはそうだと思ってる」

「だったら、相手を死なせた人間がいるってことになりますけど」

舞がそう言うと、勇は承知しているかのような口調で答えた。

「目星ならついています」

そして、猪瀬に要望した。

「警察官である猪瀬さんに、ぜひとも頼みたいことがあります」

「またかよ」

猪瀬は不快感を示しながらも耳を傾けた。

「で、頼みたいことってなんだ?」

「ふたつあります。どちらも少し難儀ですが」


 数十分後、猪瀬は亀井の前に立っていた。

「えっ!?それってどういうことですか?」

猪瀬の申し出に亀井が疑義を呈した。

「終わりの三十分くらいでいいんです。どうか警察にご協力願いますでしょうか」

珍しく平身低頭に猪瀬は頼み込んだ。

「しかし、なぜ杠葉さんをまた?」

亀井が問うた。途端に猪瀬がしどろもどろになる。

「そこは・・、私もなんでかなーと思っているのですが・・。とにかく大事な話がありまして、お願いします」

頭を下げた猪瀬の強い要請に、亀井は構成作家の帯刀たてわきを呼んでコソコソと相談を始めた。猪瀬は顔を上げ、その様子を見ている。やがて、帯刀が猪瀬に確認した。

「放送中でないといけない話なんですか?」

「いやあ・・、放送中でなくてもいいと私は思うんですが・・、そうでなきゃダメだと言う奴がおりまして・・。できます?」

それを聞いた亀井と帯刀はまたも相談し出した。ふたりとも険しい表情をしている。やはり無理なのではないかと脳裏をよぎった猪瀬が苦い顔をしたとき、亀井から答えが返ってきた。

「わかりました。警察の方がそうおっしゃるなら。番組終了までの三十分だけですよ」


 同じ頃、勇は音声スタッフの只野ただのに副調整室に設置された音声機器について訊いていた。

「では、このマイクを使えばひとりだけに声が届くわけですね?」

勇は卓上マイクを指した。

「はい」

只野がひと言答えると、勇がひとつ要求した。

「この放送、録音していますよね?」

「ええ。もちろん」

「一部分だけ抜粋してほしいところがありまして。僕が合図をしたらそれを流してほしいんです」

なんの意味があるのかわからない只野は口を半開きにして聞いていた。


 その要求を伝えた勇が奥にある椅子に座ると、隣にいた舞が訊ねた。

「なんで私がまたあそこに行かなきゃいけないんですか?」

疑念を抱く舞が目線でスタジオを示す。

「舞さんには重要な役をやってもらいます。概要はのちほど」

勇にはなにやら案があった。舞がその考えを把握できないでいるところへ、猪瀬がやってきた。

「許可出たぞ」

勇に伝えた猪瀬は続けて訊いた。

「お前、なにするつもりなんだよ」

人差し指を立てた勇は笑みを浮かべて猪瀬に言い放った。

「生放送で真実を明らかにするんです。探偵役は舞さんに務めてもらいます」

「私!?」

舞の声が上ずる。勇の言葉に真意を測りかねながらも猪瀬は報告した。

「もうひとつの件は意外とすぐにわかったよ。最初に報じたのは<日東にっとうテレビ>だ」


 そして、番組の終了時刻が迫ってきた。CM中、浜浦のヘッドフォン越しに亀井の声がした。

―浜浦さん。次の「おもろい野郎」のコーナーは次回に持ち越しにします。

「ん?なんで?」

―警察の方から頼まれまして、杠葉さんともう一度話をしてほしいと。で、それを放送してくれとおっしゃっているんですが、浜浦さんはよろしいですか?

「べつにいいけど・・、なに話すの?」

半笑いで浜浦が訊いた。

―詳しくはちょっとわかんないんですけど、お連れの方が言うには、杠葉さんの質問に答えていただければ結構ですとおっしゃってました。

「そう・・。わかりました・・・」

突然のことに浜浦が戸惑っていると、舞がスタジオに入ってきた。

「ご質問とはなんでしょう?」

浜浦が舞に問いかけた。

「放送が再開したら訊きますので、少し待っていてください」

舞は微笑んでそう答え、再び浜浦と向かい合わせに座った。しかし、その笑顔が硬い。先ほどよりも緊張しているように見えた。舞がヘッドフォンをつけると勇の声が耳に入ってきた。

―舞さん。聞こえますか?

「はい」

―僕の声は今、舞さんにしか届いていません。そこはいいですね?

「はい」

浜浦は怪訝に舞を見つめている。

―では舞さん。CMが明けたら、僕の言うことを一語一句、そのまま浜浦さんに向かって言ってください。

「わかりました」

数十秒後、CMが明けて放送が再開された。

「番組も残すところあとわずかとなりましたが、つい先ほどご出演いただいた杠葉舞さんが私にお話があるそうです。いったいなんでしょうねえ。気になります」

浜浦は軽快にしゃべると舞に訊ねた。

「それで杠葉さん。お話とはなんでしょう?」

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