【KAC20232】クマちゃんのほんね

卯崎瑛珠@初書籍発売中

sideリナ



 私は、真鍋リナ。高校一年生で身長148センチ。体重は秘密だけど、小さいから『リナじゃなくてリス』てよく言われる。

 そんな私が恋したのは、学校の廊下ですれ違う度に

「でかっ」

「こわっ」

「クマ?」

 て言われちゃう、一学年上の神田雄大ゆうだい先輩。柔道で全国一位になって、オリンピック強化選手に選ばれちゃうくらい強い人で、身長は190センチ。


 私は、時々先輩が練習帰りに寄るファストフード店でバイトしていたの。同じ高校の制服の大きな人が、もりもりハンバーガーを食べる姿に一目惚れして、学校内で探したら、購買でパンを買っているところに出くわして。

 勢いで

「いつも寄って下さってありがとうございます!」

 なんて必死で声かけたら、バイト先のレジにいる私に会釈してくれるようになったの! 優しい!


 どうしても好きで、好きで、もう振られてもいいやって、フライドポテトを席に運んで行く時、思い切って映画に誘ったら……日曜日も練習で忙しいはずなのに、来てくれて。

 緊張でほとんど喋れなかったけど、映画見て、少しだけゲームセンターで遊んで、練習あるからって夕方にバイバイして。――次の日、学校でお昼休みにまた購買で会ったから、追いかけて告白した。


「あの! 先輩、好きです。また彼女として、映画行きたいです」

「……分かった」

「はえ?」


 先輩は、無表情だけど、確かに頷いてた。

 ――予鈴が鳴って、それ以上話せなかったけど、確かに彼女になったはずなの。


 毎日おにぎりを差し入れすることにして、中に「今日はおかかとコンブ。練習頑張ってくださいね♡」なんてメモ入れて渡すのが日課になって、一ヶ月。


 無口で無表情だけど、必ず食べてくれて。空っぽのバッグを取りに行く名目で、バイト休みの日は武道場で練習を応援する。それだけで、幸せだったのに。――




 ◇ ◇ ◇


 


「うわ! 委員会から帰ってみれば……一体なにをそんなに号泣しているんだい、リナは」

「うええええん! ミッキー!」


 クラスメイトの充希みつきは、呆れ顔でポケットティッシュを差し出した。中学から一緒の陽キャで、私の親友の彼氏で、私とも当然仲良し。

 顔を上げると、放課後の教室には、もう誰も残っていない。


「ゆーだい先輩があ、昨日、女の人とおー」


 駅前で、スレンダーな女性と腕を組んで歩いていたのを、バイト帰りに見てしまったの!

 迷った挙句差し入れはして(反応見たくて! 超絶いつも通りだったけど)、放課後まではなんとかいつも通り振る舞えたけど、おにぎりバッグを受け取りに武道場へ行く勇気がわかなくて、グダグダしてしまっていた。

 

「……うあー、浮気目撃したのか」

「私彼女じゃなかったんだ! 勘違いだったんだ! うわーん!」


 だって、頭を撫でたり、微笑んだりしていたんだ。私そんなこと、されたことない!

 

「おいおい。ちゃんと本人に確かめなって」


 ずびびびん! と鼻をかんだ私は、充希を睨む。


「練習で忙しいし、学校ですらほとんど会えないし、ラ〇ンもやらないからって、既読にならないもん」

「うは」

「うは!?」

「いやーそれ、彼女?」

「うー! うあああん!」


 

 ――分かってたもん!



「優しいから、断れなかったんだー! うあーん!」

「それは優しさじゃねーし」

「マジレスやめてミッキー!」

「へえへえ。駅まで送ってやっから。暗くなるぞ」

「……うう」

「真雪に聞いてもらえ。な?」


 真雪というのは、別の高校に通っている私の親友の名前。充希の彼女だ。


「いい。ミッキーとの時間削りたくないし」

「遠慮すな」

「うーうん。少しでも夢見られたから、もういーや」

「リナはすぐ諦めるもんなあ」

「……うっさい」


 すぐ諦めないと、深く傷つくじゃん。


「ほら行くぞ。カバン持ってやっから」


 頭をぐしゃ、と撫でられた。

 私の少し茶色に染めたボブヘアは、それだけでボサボサになる。

 

「ミッキー! 優しい!」


 廊下で、悲しみを吐き出したくて、大声で騒ぎながら歩く。私のカバンを肩に掛ける充希の、肩ひもに捕まりながら。

 

「おうおう。もっと褒めろ」

「かっこいい! イケメン! 日本一! 大好き!」

「まーなー……うげ」


 ずおおおおん、と効果音が鳴りそうなくらいに大きな人影が、立ち塞がった。


「せんぱ……」


 雄大先輩が、手にいつもの『おにぎりバッグ』を持って立っていた。シンプルな紺色の、小さな保冷バッグ。取っ手に小さな熊とリスのチャームを付けている。

 

 眉間に皺が寄って、怒っているように見え、思わず後ずさりしてしまった。


「……これ」


 ぐ、と差し出されたバッグ。


「練習見に来なかったから、教室に行こうかと」


 柔道着のまま、雄大先輩は話す。

 返事ができないまま、私はバッグを受け取った。


「……そいつが、好きなのか?」

「あ、いや俺は!」

「っ、先輩に、関係ありますか!?」

「ええー!? おいリナッ」


 ぎゅうう、と私は光希の腕にしがみつく。


「……そうか……邪魔したな」


 それきり、先輩はくるりと引き返して行ってしまった。


「リナー、誤解といてこいって」

「見た? 今の。私のことなんて、好きじゃないんだよ」

「話聞けよ!」

「もういーの」


 だって、次の日も、その次の日も。

 先輩はもうバイト先に来なかった。

 ああ、終わっちゃった、て思った。




 ◇ ◇ ◇




「あ、リナちゃん先輩ですか? ひょっとして」


 三日後のバイト先にやってきたのは、雄大先輩と腕を組んでいた、スレンダー美女! ショートカットの黒髪で、涼やかな目元、身長も高い。


「あの……」

「バイト、何時までです?」

「え? 八時……」

「じゃ、待ってますね」

「え? ……え?」


 ひらひらと手を振った彼女は、ファストフード店の奥のカウンターにさっさと行ってしまった。


 一体なんなのだろう? と警戒心はもちろんマックス。バイトにはもちろん身が入らなくて、二回お釣りを渡し間違えて、注文を繰り返せないくらいの噛みっぷりで、店長に心配されちゃった。


「あの……」


 逃げるのも嫌だし気になるしで、バイトが終わってから恐る恐るカウンターに近づくと、隣に座るように促された。

 

「やっぱり、顔が怖かったの?」

「へ?」

「お兄を振った理由」

「は?」

「あ、申し遅れました、雄大の妹のかえで。中三です」


 ――中三って、大人っぽ!!

 え? え? 妹!? いやいや、そんなベタな!!


「いもうと?」

「はい。お兄が落ち込みまくってウザイから、理由聞いてあげようと思って」

「あの、え?」

「お兄の彼女だったんですよね? 振った理由教えてもらえませんか? やっぱ顔怖い?」


 ――ええええーと! めちゃくちゃ言いづらい!



「なるほど……私を彼女と勘違いして、廊下にいたのは親友の彼氏くんで古い付き合いだと」

「ですね」


 思わず敬語になっちゃったよ!

 だってだって、こんな勘違い恥ずかしいし申し訳ないし!

 

「これはお兄が全面的に悪いな」

「え!?」

「だって、彼女さん不安がらせたらダメ。話できない雰囲気がもうダメでしょ。あ、おにぎりバッグの中身見ました?」

「あ、そう言えば……」


 受け取ってそのまま、部屋の隅っこに放り投げた!


「うは! 帰ったら、絶対中見て。おなか押してね。オーケー?」

 にやけながら、カエデちゃんは言う。

 アカ教えて、て言うからラ〇ンも交換して。

「やば! 九時過ぎたら殺されるんで、帰りますね!」

 バタバタとお別れした。


 ――おなか押す……?


 家に帰り、ご飯とお風呂を済ませてから、部屋のベッドの上で恐る恐るおにぎりバッグのファスナーを開ける。

 それはそれはもう、爆弾解体か!? の慎重さで。


「ん?」


 中に何かが見えた。


「なんだろ……」


 手を入れると、フワリとした感触。

 取り出すと……


「あ! これ!」


 映画デートの帰りに寄ったゲームセンターのUFOキャッチャーで『先輩に似てて可愛い、欲しい』て言って取ろうとしたけど取れなかったクマのぬいぐるみ。それのシリーズもので、雑貨屋さんに売っている方のだ。


「おなかを、押す……?」


 確かに、お腹のあたりが少し固い。

 さわさわと探ってもよく分からなかったので、しっかりと手で支えながら、ぐ、と押してみた。


『ザザ……すごいじゃんお兄、彼女できたとか』


 ――!


 楓ちゃんの声だとすぐに分かった。


『どんな人なの? リナちゃん先輩って。教えてよー!』


 ――言う訳ないじゃん……

 

『……すごい可愛い。目がくりくりで、笑顔が可愛い。いつも一生懸命で、小さいのに全身で喋るみたいで、癒される』


 ――ふぁっ!?

 

『うは! ベタ惚れじゃん』

『そうだな』

『ちゅーした?』

『ばかやろう』

『したいくせにー』

『……俺が触ったら壊れそうなんだよ。ちっさくて』

『お兄馬鹿力だからなあ』

『バカ言うな』


 ――えっと、誰!?


「これ、誰!? せんぱ……え? え? ええええええ!?」

 

 鬼速いフリックで、楓ちゃんに聞いたよラ〇ンしたら、爆笑スタンプの後に『お兄がプレゼントに買いたいって言うから、あの日に買ったのよ。本音隠し撮り大成功(ハート)』て……いやオッサンか! て返したよ。

 

 

 翌朝、朝練後の先輩を武道場の裏に呼び出したら、困惑しつつも来てくれた。

 


「私のこと好きですか? なら、私に直接言ってください」

「! ……好きだ」

「ちゅーしてください」

「……俺今すげえ汗臭いけど」

「いーから!」


 頭をボリボリかいた後、ものすごく屈んで、ちゅってしてくれた。

 柔道着の間からものすごい胸筋が見えたよ――確かに私、握り潰されそう。


「私が好きなのは先輩だけですから。こないだのは親友の彼氏。友達としては大好きですけど、男としては先輩だけ!」


 キョトンとした後、雄大先輩は、

「リナの方が男らしい」

 と笑った。


 後日、私の部屋でクマちゃんの隠し撮りを聞いた先輩は顔を真っ赤にして握りしめて、残念ながらクマちゃんご臨終。

 

 ――私はそんなこともあろうかと、スマホで録音バックアップ済なんだけど、一生秘密にしておこう。


 その後私も、抱き潰され……えへへ!

 

 あ、録音再生はできなくなったけど、あのクマちゃんは今でも私の宝物だよ。



「ママー! クマちゃんどこー!」

「はいはい、ここにあるよー」

 

 


 -----------------------------



 

 ベタベタなラブコメ。

 ひたすら書いてて楽しかったです♡

 気が向いたらside雄大も書こうかな〜

 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【KAC20232】クマちゃんのほんね 卯崎瑛珠@初書籍発売中 @Ei_ju

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ