忘れ去られたぬいぐるみは、押入れの片隅で愛を叫ぶ

冬華

忘れ去られたぬいぐるみは、押入れの片隅で愛を叫ぶ

「なあ、プーさん」


「なにかな?ラスカル君」


「いつになったら、この暗い押入れから出してくれるんだろうね?おいら、お日様が恋しいよ……」


……とある民家の押し入れで、今夜もおもちゃ箱に入れられたぬいぐるみたちは、自分たちの境遇を想い嘆いていました。何しろ、持ち主であった女の子によって、2年前のある日、突然この押入れに放り込まれてしまったのです。


理由は……こんなものをいつまでも持っていたら、子供っぽいと友達に笑われるから——。


丁度、女の子は中学生になったばかりで、背伸びをしたかったのでしょう。友達が遊びに来るというイベントも重なったこともあったのかもしれません。


だけど、ぬいぐるみたちからすれば、こんな理不尽なことはありません。だから、今日も悪口を言って憂さを晴らします。


「しかも、知っています?あの女、ついにBL本に手を出したみたいですよ。こんな難しい本に態々挟めて買って来て……子供っぽくないところを見せたいと言っても、18禁を買えば大人になるわけじゃないのにさ……」


そう言ってラスカルが見せたのは、『フィネガンス・ウェイク』と『トラストリム・シャンディ』だ。いずれも、読解するのが超難しいとされる本でした。当然ですが、国語のテストで5回に1度は零点を取るという【お馬鹿】が買っていいものではありません。案の定、用済みとばかりに押入れに放り込まれたのです。


「だけどさ……どうしたらいいんだろうね。隣に住んでいたテディやキティちゃん、ミッキーやジャビットたちもいなくなって、残っているのは僕と君だけだ。最早……彼我の戦力差は明らかだ」


そう言ってプーさんが視線を向けた先にあるのは、上半身裸の美少年が描かれた『抱き枕』と呼ばれる二次元者。かつて自分たちが過ごしていたあの心地よいベッドに我が物顔で鎮座しています。


これは、三次元者としては絶対許すことのできない暴挙ですが、だからといってどうすることもできません。何しろ、この押入れから出してくれないのですから。


「はぁ……空しくなってきた。早よ寝よか……」


結局、今日も打てる手は見つからずに、ぬいぐるみたちは眠りにつきました。そして、こんな日はこれからもずっと続き……ませんでした。





あのあと春が訪れて、女の子は高校生になりました。しかし、押入れにプーさんの姿はありません。なんと、わずか半年も経たないうちに、1冊だったBL本は500冊を超えてしまったのです。その繁殖力は、まさにゴキ〇リ並です。


そうなると、押し入れは所狭しとなり、ついに体の大きいプーさんは押し出される形で捨てられてしまいました。だけど、残ったラスカル君とて安泰ではありません。長年の友を失った悲しみはもちろんありますが、明日は我が身なので感傷に浸っている場合ではなかったのです。


「このままだと……夏にはおいらも……」


次第にテリトリーに忍び寄ってくる本やグッズに恐怖を覚えながら、それでもいいアイデアが浮かばずに日々を過ごしていました。こんなときに、プーさんがいてくれたら……と思う日もあります。しかし、そんなある日の事……


「ああ!こんな部屋、見せれるわけないっていうのにぃ!なんで、わたしはOKって言ったのよ!!」


急に女の子の喚き声が聞こえてきました。何だろうと思ってラスカル君は耳を澄ませていると、どうやらクラスメイトとこの部屋で勉強会をすることになったそうですが、その中にサッカー部のかっこいい人がいるとかで、悩んでいました。


主に、ベッドの上の二次元者(抱き枕)をどうするかということを。


(ふん!ざまあみろ!!)


すっかり擦れてしまったラスカル君は、女の子のピンチを鼻で笑いました。しかし、その心の優位性も長くは続きません。なんと、困った女の子は、二次元者をラスカル君のいる収納箱に押し込んできたのです。


「つ、潰れるぅ……」


圧迫感を感じて助けを求めますが、助けてくれるものなどいません。そうしていると、男の人の声が聞こえました。


「へぇ……ここが涼子さんの部屋か。かわいいね」


「そう?ありがとう。お世辞でも嬉しいわ♪」


(かわいい?どういうことだ……)


今の会話を聞いて、ラスカル君は不思議に思いました。なぜなら、昨日までは可愛らしさの欠片もなかった部屋だったと記憶していたからです。だから、二次元者を何とか押しのけて覗いてみました。


「え……?」


なんと、ベッドの上に大きなテディベアやプーさんのぬいぐるみが並んでいました。しかも、それらはラスカル君が知る彼らではなく、真新しい1年生といった感じです。


「ふ、ふざけるなぁ!!!!」


可愛らしさを求めるのなら、なぜまず自分を押入れから出さないのだ。ラスカル君は自分の存在を完全に無視されたことにキレてしまって、怒りを爆発させました。すると、不思議なことが起こります。なんと、押入れの襖が外れて室内に倒れてしまったのです。


幸いなことに誰かに当たることはなかったのですが……中に隠していた秘密のコレクションがサッカー部の彼やクラスメイトの前にさらけ出されてしまいました。


「こ、これは……一体……」


サッカー部の彼が何気なく手に持ったのは、『禁断の園——王子と騎士の秘密の関係』という、あの日、閉店間際の古書店で購入したBL本1号。女の子は顔を青くしました。そして、次の瞬間、言い訳を試みます。


「そ、それは、弟のコレクションでして……。いや、母に見つかると困るからって頼まれて……あははは……は?」


まさに悪魔の所業です。女の子は、自分が助かるためにまだ小学生の弟に罪を擦り付けようとしたのです。ですが、誰も信じてくれませんでした。


結局、彼女はサッカー部の彼とは付き合うことは叶いませんでした。しかも、事の顛末を知った弟によって母親に密告されて、大目玉を喰らった後にコレクションの一切合切を捨てる羽目にもなりました。


こうして、ラスカル君の平和は守られました。相変わらず、押入れの外には出してはくれませんが、『フィネガンス・ウェイク』や『トラストリム・シャンディ』の読解に挑戦していて、それなりにおひとり時間を楽しんでいます。


「難しいけど……時間だけはあるしな」


目標を見つけた彼の目には、最早女の子の姿など映ってません。自分が自分であるために、今日も彼の挑戦は続くのでした。

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