そして僕は夢の中で君と会う

如月 怜

彼女の死

彼女が死んでから1ヶ月が経とうとしていた。それなのに僕の中から彼女が消えることは無かった。目を瞑れば彼女との思い出が鮮明に蘇る。でも、思い出したくなかった。思い出したらその分辛くなってしまうから。

 ガチャっと扉が開く音がした。

「…家に来る時はインターホンを鳴らせって言わなかったか?」

「あんた鳴らしてもどうせ出ないんだし関係ないでしょ。」 

そう言って幼なじみである莉音は部屋へと入ってくる。

「今日はご飯食べたの?」

「いや、何も食べてない。」

「あんたねぇ、なにか食べないと死ぬわよ?」

「別に死んでもいい。死んだらあの子に会えるだろ。」

「そんなこと言ってないで食べなさい、ほらうちの母さん特製の肉じゃが好きでしょ?持ってきて上げたから。」

「ん、ありがと。」

そうして僕はベットから起き上がり持ってきてくれた肉じゃがを食べ始める。

「いただきます。」

黙々と食べてると彼女が口を開く。

「ねぇ、また痩せたんじゃない?」

「そうか?」

正直、自分の身体なんて気にしてないからわからなかった。

「まぁ、お腹も空いてないから無理やり食べなくてもいいでしょ、こうやってお前が持ってきてくれるから栄養は取れてるし。」

「いや、三食しっかり食べなさいよ。」

「めんどくさい。」

その言葉で一蹴する。

それから沈黙が続いた。別に話したいことがあるわけじゃないので僕から話しかけたりはしない。そもそも、昔からの付き合いの莉音と僕の間にはそんな気まずさもない。

「…それで、学校にはまだ来ないの?」

「またその話か…」

「何度でも言うよ、あんたこのままだったら留年、もしかしたら退学もありえるんだから。」

「別に行こうが行かまいが僕の勝手だろ、お前が口出しすることじゃない。」

「口出しするわよ、幼なじみなんだし。」

「幼なじみってそこまで干渉できるのか…」へ

と適当に言い合いしてると、莉音から貰った夕飯を食べ終えていた。

「ごちそうさま、お前の母さんに美味しかったよって伝えておいてくれ。」

「はいよ、それじゃ帰るわね。」

「わかった、またな」

そうして莉音はドアノブに手をかける。

「まだ、克服できてないんだね。」

そう言って部屋を出ていった。

「克服なんて、出来るわけねぇだろ…」

一人になった部屋で僕はそう呟いた。

 夢ならばどれほど良かったんだろうか。1ヶ月経った今でもあの子のことを夢に見る。…頭の中から彼女が消えない。彼女の怒った顔、寂しそうな顔、甘えた顔も全部全部忘れられない。それだけあの子は僕の中でかけがえのない存在だった。

 そうして僕は今日も夢を見る。そこは、海。砂浜、そして夕焼け。

…奇麗な場所だった。そこに一人立ってる人がいた。僕の彼女だ。彼女は満面の笑みで僕に手を振る。今、ここで見てる僕に対してじゃない。彼女の近くで笑う僕にだ。…僕は今思い出を見せられている。彼女との楽しい思い出を。

「なぁ、僕はどうしたら良かったんだろうな…」

と言葉をこぼす。今更こんな後悔をしてもしょうがないことなのは分かってる。それでも後悔せずには居られなかった。だって、僕の彼女、みのりは…。その瞬間視界が暗転した。またいつものように夢から覚めるんだろうと思っていたのだがそうじゃなかった。

「どこだ、ここ…」

見覚えのない場所だった。そこは野原で夜空に満天の星が見えている奇麗な場所だ。そして、さっきの夢と同じように一人立ってる人がいた。僕の彼女であるみのりだ。それを見て僕は唖然としてしまった。だってみのりは僕を見ていたから。

「…どうしたの?そんな幽霊を見たような顔して。」

「だって、みのりは…」

「死んだって?」

ふふっと笑うみのり。その姿は思い出の中のみのりの笑い方とそっくりで、僕はいつの間にか涙を流していた。

「あれ、なんで。」

涙を拭う。けれど一度でた涙は止まることを知らなかった。もう声も聞けない。一緒にいられない。そう考えた故に涙が溢れた。

「そう、私は死んだ。病気だったんだ。けど、貴方に私の命を救うことなんて出来なかった。だって、私の命はもう終わりかけだったから。だから貴方が気に病む必要なんてないんだよ。」

「違う、違うんだ…僕は君にしてあげたい事が沢山あった、君の大好物のオムライスも作ってあげたかった。君のことをもっともっと幸せにしたかった…!それなのに僕は君が病気になってるのも知らずに毎日を悠々と生きていたんだ。君はずっと闘っていたというのに僕は気づいてやれなかった…」

僕は最低な男だ。彼女が何に悩んでるのか、それすらも把握出来ていなかった。

「…ねぇ、聞いて?」

俯いているとみのりが口を開いた。

「君は勘違いをしてるみたいだけど、私はとても幸せだったよ。好きな人と一緒にいた人生、君の恋人になれた人生、最後の瞬間まで君と一緒だった人生。この人生の過程が私にとってすごく幸せな時間だったんだ。もっとなにかしてあげるとかじゃない。私は君のそばにいられることが幸せだった。どこか遊びに行くとかそんなことより、君と一緒にいられたその時間がとても幸せだったよ。」

みのりの目尻から涙がこぼれた。これは夢なのか幻なのか、もし夢ならば覚めないでほしい。まだ、みのりといたい。そう思った。けれど…

「みのり、僕はもう大丈夫だから!」

 君は優しいからこうやって僕に声をかけてくれたんだよね、僕がいつまでも前に進もうとしないから。でも君を忘れて前に進むなんて僕は考えれない。だから僕は…

「僕は君を忘れない。けど、君が僕を思って涙を流しているなら…僕のことなんて忘れてくれ!僕はもう大丈夫だから、君がいなくても前え進めるから!」

思い出を捨てるなんてことはしない。忘れることなんて出来ない。克服もできない。だから、だから僕は…

「君のために今を全力で生きるよ。いなくなっても君は僕にとっての光だ。生きる希望なんだ。だから君も次への一歩を踏み出してくれ。これが、君よりも長く生きてしまった僕の心からの願いだよ。」

「もう、いいの?」

みのりは心配するような声で聞いてきた。僕はそれに答える。

「…大丈夫だよ、僕はもう大丈夫。」

「そっか、良かった。」

みのり笑顔をうかべた。僕も笑う。果たして上手く笑えてるだろうか。

「愛してるよ!私の最愛の人!」

そう言ってみのりは僕に抱きついた。僕も抱き返す。

「僕も愛してるよ。みのり。」

そう言うとみのりは無数の光となって消えた。僕はその光を見ながら

「…大丈夫…大丈夫だから、君も幸せにね、みのり…」

そして僕は膝をつき泣いた。肩を震わせ嗚咽を漏らし、ただただ泣いた。これが彼女に対して最後に流す涙。僕はずっと彼女を思い続ける。最愛の恋人を。さようなら僕の大好きな人。そして幸せに。そして世界は暗転する。夢が終わるのだとわかった。けれど、何故だろうか。夢で見たみのりは、僕が会いたくて作った現像とかではなく。本当のみのりのような気がしてならなかった。…考えすぎかもしれないが。

 彼女は僕の中で生き続ける。ずっとずっと。

 「起きなさいって!」

その怒鳴り声で目覚めた。

「え、ちょっとどうしたの?」

心配そうに僕を見てくる莉音。どうしたんだろうと思っていると自分の目から涙が出ていることに気がついた。

「怖い夢でも見た…?」

その言葉に僕は首を横に振る。

「怖い夢なんかじゃなかったよ。…幸せな夢だった。」

「そ、そうなの?まぁ、どうであれ朝は起きなさい。学校行かないにしても生活週間はしっかりしとかないと。」

「行くよ学校。」

「え?」

その返しに莉音は驚いたような声を上げる。

「莉音朝食の準備をしてくれないか。あと、こっち見ないでくれ、今から着替えるから。」

「あんた、行く気になったの?」

「まぁね、ほら、こっち向かないで着替えるんだから。」

「わかった。」

莉音は振り向く。そして

「克服、できたんだね。」

「…できてないよ。」

そう、僕は克服なんてできてない。彼女にあった悲劇を背負って生きていくだけだ。それは彼女の死を克服した訳じゃないけど、…でもようやく一歩を踏み出せた。だから、頑張ろう。そして僕は胸に手を当てる。みのりは僕の中で生きている。記憶として生きているんだ。そしてみのりは僕にとって生きる意味で。僕にとっての光だ。

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そして僕は夢の中で君と会う 如月 怜 @Nanasi_dare

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