ぬいぐるみ屋敷

秋谷りんこ

ぬいぐるみ屋敷

 そこは「ぬいぐるみ屋敷」と呼ばれているらしい。その理由は、着いてみたらよくわかった。

「さすがに気色悪いな」

 その屋敷は大きくて、洋館といった風情だ。その窓という窓に、ぬいぐるみがびっちりはりついている。どの窓を見ても、ぬいぐるみ。一つ一つは、クマや猫や犬、とかわいいのだけれど、これだけ集まるとさすがに不気味だ。

 フリーライターをしていると、興味のない分野でも記事を書かなければ食っていけないときもある。俺はこの不気味な屋敷の取材に来たのだ。事前に電話をしたときは一応家主と話ができた。人は住んでいるらしい。

 チャイムを鳴らすと、ギイと重い扉が開いた。

「取材の者ですが」

「どうぞ」

 腰の曲がった鄙びた老女が、俺を屋敷に招き入れた。

 通された部屋は大きな客間で、天井が高く豪勢であった。しかし、なにぶん、暗い。窓がぬいぐるみでびっちり埋まっているからだ。

 老女が紅茶を淹れてくれた。

「このお屋敷がぬいぐるみ屋敷と呼ばれているのはご存じですか?」

 老女は窓のほうをちらっと見やって「ああ、まあ」とうなずいた。

「それで、お話を聞きたいんですけど、ちょっとカメラマンが遅れているので、少しお時間いただけますか?」

 同行のカメラマンが遅刻しているのだ。もう着くはずだが。

 そのとき俺のスマートフォンが鳴った。カメラマンが着いたらしい。

「もしもし、中に通していただいてるから、お前も入ってこい」

 重いドアが開いた音がした。

「遅刻してすみません」

 カメラマンが部屋に入ってきた。

「さっそく取材を始めようか」

 カメラマンの顔が曇る。

「あの……何しているんですか?」

「何って、取材だろう」

「あ、そうですけど、その……」

 カメラマンは怪訝な顔をした。

「紅茶を飲んでいたんですか? そのぬいぐるみ相手に」

 カメラマンが真面目な声で問うてくる。

「え?」

 俺の背後から人の気配が消える。

 振り向く勇気が出なかった。

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ぬいぐるみ屋敷 秋谷りんこ @RinkoAkiya

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