噂の雑貨屋のぬいぐるみ

そばあきな

噂の雑貨屋のぬいぐるみ

 駅前の雑貨屋に、今女子の間で噂になっているぬいぐるみがある。


 常に予約で埋まっているプレゼント向けの雑貨屋のぬいぐるみ。そこでは、好きな色のクマのぬいぐるみを選んで、その足の裏に日付を刺繍してくれるのだ。

 その日付は誕生日であったり記念日であったりするけれど、どの日にしても渡す相手にとって特別な日には違いない。


 それを彼氏や好きな人から貰いたい――という願望から、もっぱら女子の中で話題だった。


 ……そしてオレは今、腐れ縁の誕生日を入れた噂のぬいぐるみを抱えている。


 そのぬいぐるみを見た時、オレの頭に浮かんだのは腐れ縁の女子の顔だった。

 ソイツとは出席番号が一つ違いだった。だからグループはほとんど同じだったし、小学校では学年でクラスが一つしかなかったから、必然的に六年間クラスが同じだった。

 そして何の因果か、その後の中学、高校生の今になってもクラスが同じなのだから「腐れ縁」という関係が本当にしっくりくる。

 腐れ縁のよしみで、互いの誕生日には何かを渡し合っている。それが食べ物であったり、そうでなかったりの違いはあるけれど、一応欠かさず祝ってはきた。


 ――だから、今年はそれがぬいぐるみなだけだ、と。


 随分前に予約し、順が回って完成された例のぬいぐるみとオレは目を合わせた。


 これは日頃の感謝だ、と頭で言い訳しながら実物を手に取るまでに至ったけれど、どう考えても重すぎる。重量が、ではなく気持ちが、である。

 渡す側の自分でも思う。……重い。彼氏や好きな人なら分かるが、オレはただの腐れ縁だ。

 腐れ縁以上の気持ちを勘繰られそうなレベルに重いな、と思う。


 第一、腐れ縁には好きな男がいる。本人は「憧れ」と言って譲らないけれど。

 好きな男がいるから、オレのことが眼中にない。異性として意識されないおかげで、隣にいても楽だったはずだった。

 でも、最近それが面白くない。最近というかずっと前からだけれど。何年抱えてるか数えるのもかなり前に止めてしまったけれど。


 そんな矛盾をずっと抱えながら、何回祝ったか分からない腐れ縁の誕生日当日を迎えた。

 ギリギリまで渡すのを止めて無難に菓子にでもしようと思ったけれど、結局渡すことにした。

 せっかく予約してまで購入したのだし、腐れ縁の誕生日が刺繍されたぬいぐるみを自分の部屋に置いていてもしょうがないからだ。

 それに、重そうなものを渡しても、オレのことが眼中にないのは実際正しいので、勘繰られることもないだろう、という気持ちもあった。


 なんでもない風を装って「誕生日だからこれやるよ」と渡すと、感謝を述べて中身を見た腐れ縁の目が大きく見開かれる。


「……え、これって今すごく話題になってる雑貨屋さんのぬいぐるみですか?」

「ああ、まあそうだな」


 気恥ずかしくなり頭をかきながら呟くと、腐れ縁はオレと目を合わせて笑いかける。


「貴方からこのぬいぐるみを貰えるなんて思ってなかったので驚きましたけど……凄く嬉しいです! 本当にありがとうございます!」


 そう言って心から幸せそうな表情を見て、「アイツじゃなくて悪かったな」という捻くれた言葉は、どこかに行ってしまった。


 そして、気付いたのだ。

 オレが欲しかったのは、この笑顔だったのかもしれないと。


 コイツの誕生日なのに、オレも欲しかったものを与えられて少し申し訳なくなる。でも、どうせコイツはオレのことなど意識してないのだから、言っても分からないだろうと口をつぐんだ。


 その代わり、コイツの「ありがとう」に返事をしようと尚も喜ぶ腐れ縁とオレも目を合わせる。


 コイツがずっと憧れている爽やかな近所の年上の男みたいにはなれないけれど、自分はそういう人間だから。

 泣いてばかりだった昔よりは、強気な自分の方が好きだから。

 そして、自分を好きになろうと行動したきっかけは、目の前の腐れ縁だから。


 だからコイツに笑って欲しいんだ、とオレは好きな自分にこれからもなれるよう、強気に笑みを浮かべて口を開いた。



「どういたしまして」

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