第24話



 苦しみも悲しみも無く、

人は生きていければ、

どんなに幸せだろうかと思うであろう。

それは不可能なのか?

それは人には分からない事かもしれない。

然し、一つだけ明らかな事実がある。

それは

苦しみも悲しみも知らない人に

幸せの値打ちは分からない。


「覚悟はできていますか?」


「ええ」


「私は何百年も生きて来ました。いろんな幸せを見て来ることができました。然し、その何百倍というほどの悲しみも見て来ました。私は死ぬことのできない生き物。どれほどの苦しみや悲しみを見て来たことでしょう。それでも、それが背に負えないくらいの荷物であっても、私達蚊族は生きるしか無いのです」


「あなたと一緒なら」


「大丈夫ですか?」


「多分」


「相変わらず、軽いですね」


「軽いことはいけないことなの? 愛さえあれば、なんて思っていないわ。でも共に支え合って生きて行きたい、その思いほど重いものはないわ」


「乙女にしては名言だと思います」


「どうでもいいことよ」


「私も、あなたのお陰で、肉食系の悪魔に食われずに済みました。永遠の命と言っても、奴らにだけは敵わないはずでした。お礼を言います」


「力になんてなれなくてもいい、寄り添いながら生きて行くことが一番大切なことよ」


「またもや名言ですね」


「して、血の交換・・・。」


「そこまで分かっているのなら」


 そう言うと草食系吸血鬼は、乙女の首筋に唇を当てた。


「私が蚊になったら、私達どこへ行くのかしら?」


 その言葉が聞こえていないのか草食系吸血鬼は乙女の首筋から離れない。

やがて乙女の首筋から唇を離すと、


「さぁ、血の交換は終わりました。飛ぶ、と唱えてからジャンプしてみてください」


「分かった」


 そう言うと乙女は、


「飛びます」


 と唱えて一回ジャンプしてみた。

乙女の体が消える。

空中を彷徨っているような気分になる。

そこへ、一匹の蚊がやって来る。


「乙女、蚊になった気分はどう?」


「私、自由になれたような気がする」


「そう、それは、そんな気がするだけです。これから新しい苦労が待ち受けています。寄り添って生きて行きましょう」


「うん、血の交換をしている時に私が言ったこと聞こえてた?」


「ええ、聞こえていましたよ。取り敢えず船に乗って海外へ行きましょう」


「そうね、いいかも、蚊だったら何にでもタダで乗れるものね」


「ええ、でも肉食系吸血鬼には気をつけてくださいよ。あなたはもう、十字架の力は借りられないのですから」


「そうね、でも、もしもあなたが食べられたら、私も食べられることを選ぶかも」


「ぶっそうなことは言わないで、最後まで生きるために戦いましょう」


「ねぇ、フェンシング、教えてくれる」


「勿論です。厳しいですよ」


「やだ、厳しいのは嫌よ」


「ダメです、生きて行くためですから」


「・・・・・・・・。」


「・・・・・・・・。」


「ねぇ、ロマンはドイツ系フランス蚊、って死んだ阿呆の肉食系吸血鬼が言ってたわね。私、ラ・セーヌ、に行ってみたい」


「そこは私の故郷です。さぁ、何処へでも飛んで行きましょう」


「嘘、飛行機に乗ったり、船に乗ったりでしょ?」


「そこへ行くまでは、飛んで行きますよ」


「そうね、ランデブーね」


「さ、そのまま飛んで」


 二匹の蚊が仲良く読心術で語り合いながら、夜風の中へ飛翔して行った。



   終わり

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

街の片隅の吸血鬼 織風 羊 @orikaze

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ