どうやら情が、移ったみたい

CHOPI

どうやら情が、移ったみたい

『布と綿の塊の、何が良いわけ?』

 それがぬいぐるみに対する、正直な私の感想だ。まだ小学生だったころ、同じクラスだった女の子が『見て、かわいいキーホルダー買ってもらったの!』と自慢げに話してきて、だけど私にはそのキーホルダー(小さなクマのぬいぐるみ……だったような気がする。あれ?ウサギだった?)の良さが1ミリも理解が出来なかった。だから正直にその感想を口にした。そしたら目の前のその子は目が点になって、それから変なものを見るような、嫌な目つきになって。


『変なの。こんなかわいい子のこと、そういうふうに言うなんてさ』


 ……それからしばらくの間、どういうわけかクラスの女の子たちを中心に、私はかなり浮いた存在になったんだけど。


 でも、ある程度年齢を重ね、16歳を迎えた今、やっぱりぬいぐるみに対する感想は変わらなかった。別に生きているわけじゃないし。まぁ確かに、かわいいかもしれないけど、で?それを持っていて何が良いの?と感じてしまう。埃吸って、無駄に熱吸収して発散して、ダニの温床になって……、いやむしろ身体に悪いことの方が多いよね?って。そういうことを言うと浮くことになるのが明白だから、言わないようになるくらいには成長したけれど。


 ******


「ね、ゲームセンター寄って行っていい?」

 高校に入ってなんとなく仲良くなった友人が、学校からの帰り道に寄り道のお誘いをしてくる。特段断る理由も思い浮かばず『いいけど』と快諾すれば『やった!!』と小さなガッツポーズをしていた。少し足をのばして最寄りのゲームセンターに着けば、久しぶりに来たせいか思わぬ大音量に耳が痛くなって、着いてきたことをほんの少し後悔したけれど。


「あったー!これ、欲しかったの!」

 そう言って目の前のクレーンゲームの台を指さす。中を見ればキーホルダーが付いた10㎝ほどの大きさのぬいぐるみたちがそこに並べられていて。キラキラ目を輝かせてさっそく取り組むその子を見て、あの感想が頭に浮かぶ。


『ただの、布と綿の塊』


 その子に水を差すようなことは言いたくなくて、黙ってぬいぐるみ取りに熱中しているその背中を静かに見守るほかなかった。


「付き合ってくれてありがとー!」

 苦戦しつつも何とか取れたらしいぬいぐるみを握りながら、その子が嬉しそうに笑っていた。

「良かったね」

 そう口で言いつつも、どうしてそこまでたかがぬいぐるみに一生懸命になれるのかが、私にはさっぱりわからなかった。

「これ、一個取った時、一緒に取れたの。良かったら貰って?」

 そう言って半ば強引に一つ、ぬいぐるみを押し付けられた。『ちょっとあんたに似てるんだもん』、そう言いながら押し付けられた手元を見ると、ちょっと眉間にシワの寄った、むつかしい顔をした犬のキーホルダーだった。……なに、ちょっと失礼じゃない……? そう思いつつも、無下にできずその時は、ただ『ありがとう』とだけ言って、スクールバックの中にそのキーホルダーを押し込んだ。


 ******


 それからまた数年経って、桜が散る季節が来た。無事に高校を卒業した私は要らないものをさっさとまとめなくてはならない。進学のためにこの街を一人、出ることが決まっているからだ。


「あ、これ」

 スクールバッグの奥底、あまり物を入れたりしなかった内ポケットの中から、かつて友人からもらった犬のぬいぐるみのキーホルダーが転がり出てきた。あれから一度も出さなかったから、あの日から時が止まっているかのようなキレイさで、そう言えばあの子とは進級して以降クラスも変わって全く話さなくなったことを思い出した。あの子の進路がどうなったのかも私は知らない。


 そのキーホルダーも、スクールバッグごと捨てようとした。……だけど。一瞬でも仲の良かったあの子との思い出そのものを一緒に捨ててしまうような気になってしまって。そのキーホルダーは結局、捨てられなかった。


 ******


 大人になった今でも、ぬいぐるみに対する感想は『布と綿の塊』という認識は変わらないけれど。家のデスクの上、殺風景なそこに鎮座する唯一の犬のぬいぐるみ。


 ……おまえだけは、捨てらんないわ


 結局いつの間にか私も、『布と綿の塊』に情を持つようになってしまったようだ。

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