深夜の本屋 ~ぬいぐるみの苦悩~

タカナシ

第1話 ぬいぐるみ化

 ここは深夜の大型書店。


 深夜になるとこの書店はマンガたちが具現化する不思議な書店だ。


 あっ、ご挨拶が遅れました。私は編集者をエッセイの具現化、名前を著者名から取って、江津星えつ ひかりと言います。 

 元の作者に倣って、この不思議な書店をエッセイにしていきたいと思い、今日も店内を観察しています。


 ここはネタに事欠かないんで、あっと、今日もこの書店で具現化したマンガたちがどちらが上か競っているみたいですね。


                ※


「見て見て! 今度のぼくの新刊、ぬいぐるみが付くんだっ!!」


 幼さの残る少年が自身のマンガ本である小学生用のコミックを掲げる。

 そのマンガ本は普通の厚さではなく単行本の約3倍くらいの大きさになっている。主にその面積のほとんどを占めるのはマンガではなくオマケのグッズという特装版仕様のコミックであった。


 今回、そのオマケというのが、そのマンガに出てくるマスコットキャラクターで青い丸い猫が付いていた。


 小学生用のマンガの具現化通り、その少年が喜びで店内を走り回っていると、ドンっと、豪華なドレスを着た女性にぶつかる。


「あっ、ごめんなさい……」


「まったく、その程度ではしゃぐなんてお子様ですこと」


 睨みつける動作が堂に入っている女性は悪役令嬢のマンガ。

 彼女は、「特装版? なにそれ? ぬいぐるみというのはこのように売られるものではなくって?」と言い、自身の特設ブースの横に掛けられたぬいぐるみを扇子で指し示す。


「わぁ! すごいっ!! おねぇさんがぬいぐるみになってる!!」


「オホホッ! その通りよ。特装版なんて所詮オマケ。個別に出てるわたくしの方が格上なのよっ!!」


「そ、そんなことないもん! どっちも読者さんが楽しみにしてくれてるやつだもん。上とか下とかないよっ!」


 小学生用のマンガらしく真っすぐな意見を返すが、悪役令嬢は聞く耳も持たず高笑いをあげている。


 これは私が仲裁にいかないといけないか?


 そのとき、渋いイケメン声が。

 まるで巨大ロボットの主人公とか公安警察とかやっていそうな声。


「特装版1080円。本を抜いたら約500円か。で、こっちの悪役令嬢のぬいぐるみは480円。どっちが負けているのかな……」


 そんな声が少年と悪役令嬢の下の方から聞こえてくる。


「うっ! た、たしかに。でもコストばかりが……、いえ、わたくしが悪かったわ。確かにファンである読者にとっては上も下もないわよね。そこにわたくしがいることが尊いのですから」


 謝ってはいるが尊大な態度は一切崩さない悪役令嬢だったが、少年はそんなこと気にせず、「うん! そうだよ!!」と明るく頷く。


 そして図らずも仲裁してくれた人物を見ると、そこにはクマのぬいぐるみ、ただし、身体のいたるところに包帯が巻かれ、大きな傷跡が目立つところにいくつか入っている。


「ケンカは収まったみたいだな。なかよしなのはいいことだ。ただ1つ言わせてくれ。なんで、俺のぬいぐるみが出ないんだっ!! ぬいぐるみが主人公だと言うのにっ!!」


 その場に崩れ落ちるクマのぬいぐるみ。

 まぁ、ホラーマンガの呪いのクマはなかなかぬいぐるみ化されんでしょ。

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深夜の本屋 ~ぬいぐるみの苦悩~ タカナシ @takanashi30

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