小さなヒーローは実在したか

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小さなヒーローは実在したか

「先輩、まだ捜査しているんですか」


 侑里ゆうりちゃん誘拐事件の捜査が終了して、はや一ヶ月になる。藤見が終業後に関係資料を捲っていたら、後輩の飯村に見つかってしまった。


「信じているんですか? 侑里ちゃんの話」


「自作自演だなんて結論、あんまりだろう」


 問いかけに頷けない自分が嫌だった。一方でそれを嫌だと思える自分に安心もした。


 ——タロが、わるい人の目かくしをしてくれたの。そのあいだににげたの。


 侑里ちゃんの証言は、言葉を選ばずに言えば確かに荒唐無稽だった。タロ——侑里ちゃんが当時持っていたテディベアの名だ――が助けてくれただなんて、大人は誰も信じない。彼女の両親でさえ信じなかった。


 藤見とて「信じるよ」とすぐさま笑ってあげられるほど純粋には、もうなれない。笑えるためには、彼女の話を信じるに足る証拠が必要だ。まずは、犯人を見つけること。そのために動くこと。それが大人のやり方であり、刑事を職にする者の使命だ。


 資料の中にタロと侑里ちゃんの写真を見つけて、藤見は思わず小さく笑みをこぼしていた。自宅で侑里ちゃんが笑顔でタロと遊んでいる様子が写っているが、これがここにあるということは、取り調べをした他の人間の中にもタロが事件に関わっていると考えた人間がいるということだ。侑里ちゃんの話が作り話ではないかもしれないと、信じたくて。


「手伝いますよ」


 飯村が隣に腰を下ろして、別の捜査資料に手を伸ばした。目を丸くした藤見の前で、彼は珍しく子供っぽく笑う。


「誰かを信じるために頑張れるのって、俺達の特権ですよね」


 人を疑うことが仕事だ。鋭い目でそう言い切る人間が多いこの組織の中で、今年二年目の青年は、まだ瞳の中に柔らかい光を残していた。六年目の自分はどうだろう。


「そうだな」


 今度はすぐに頷けた。タロは子供の命だけではなく、大人の心も救うのかもしれない。藤見は、そんなことを思った。

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