私たちらしいルール

シンカー・ワン

仲間たち

 それぞれ単独ソロで活動してきたのだから、一党パーティを組んだからといって常に一緒に行動する必要はない。

 一党で受けた方がよい依頼もあれば、ひとりでこと足りる依頼だってある。自発的にやりたい仕事だってあるはず。

 一党に縛られることなく自由に。ただし断りは入れる。

 それが頭目リーダーに推挙された女魔法使いねぇさんがひき受けるにあたって出した唯一の不文律ルール

 仲良しこよしを否定するつもりはないが、四六時中顔を合わせていては……息がつまる。

 生まれや育ち、冒険者になった経緯も得意とする分野もそれぞれ違うのだから、人にはで過ごす、考える時間が必要なのだ――。

「要するに、今までと変わらないってことだな」

 頭目の宣言を聞いた熱帯妖精トロピカルエルフはあっけらかんと言い放ち、あまりに思慮のない物言いに忍びクノイチは顔をしかめたが、言われた側の女魔法使いはなぜか嬉しそうに笑っていた。

 

 そんな一党としての方針もあり、忍びはひとり、拠点としているコルツ国首都・迷宮保有都市バロゥを散策していた。

 特に目的はない。強いて言えば街を見て回ること。

 拠点にしているが所詮は冒険者、行動範囲はそれほど広くはない。

 定宿を別にして、出向くのは斡旋所や交易所に神殿と冒険に関係する場所、そして酒場くらいのもの。

 バロゥという街の特殊な一角しか知らないのだ。

 街のどこにどんなモノや店があるのか、それらを知るための散策。

 幸いなことに、未盗掘遺跡発見の報奨で懐は温かく生活に余裕がある。見て歩いてなにか買うにはもってこい。

 正直、忍びはたかぶっていた。

 忍びの里に生まれ、幼い時から修業一筋。

 成人前から任務に就き人を手にかけ欺くことに迷い、国を出て冒険者となるまで、否、なった今も『普通の少女』らしい生き方をなにもしてきていない。

 ただ道を歩き街並みを、建ち並ぶ店舗を、様々な商品を見て回る。何も変哲もない当たり前の行為、それになんと心躍ることか!

 知らない店、知らない商品、知らない露店の食べ物、何もかもが新鮮に感じられる。

 今まで触れてこなかった世界の眩さに、忍びの目がくらむ。仕事や冒険時には致命的なそれが今はなんとも心地よい。

 いつもの柿色に染められた忍び装束を脱ぎ、つば広のストローハットに革のベストと麻のワンピース。ごく普通の町娘の格好で闊歩する楽しさよ。

 街の探索をすることを告げたとき、服を見立てながら女魔法使いねぇさんが、

忍びあなたにはとても大切なことかもしれない」

 と、微笑みながら言った理由が、今の忍びにはよくわかった。

 自分に足りなかったものはなのだ。

 国の道具でもない、冒険者でもない、ただ独りの娘として過ごす時間。

 『あぁ女魔法使いねぇさん。そうだね、本当に自分に大切なことだったよ』

 鼻の奥がツンとして、視界が何だかぼやけてくる。

 帽子を目深に被って、頬を流れていくものを周りから隠して笑う。

 手に持った、露店で買った氷菓子が冷た過ぎたからって振りをして誤魔化す。

 前向き気分の軽い足取りが、細々な物を売っている雑貨屋の前で止まる。

 店頭に飾られたに目が釘付けになり、値札を見てうなずき店員に声をかける。

「これ、下さい」


「――それが今日の戦利品?」

 夕方前に定宿に帰ってきた忍びに、部屋に居た女魔法使いが訊ねると、

「うん――」

 年齢とし相応にはにかんで答える。

「こういったもの、持ったことないから」

「そう」

 嬉しさと気恥ずかしさを隠せないで言う忍びに、優しく応える女魔法使い。

 穏やかな時間が流れる。が、

「ただいまーっ! 今日の芝居も面白かったぞー」

 街の劇場かはたまた旅の一座かはわからぬが、芝居を堪能して来たらしい熱帯妖精が静寂を破るのもお約束だ。

「ん、なにそれ?」

 部屋に居たふたりがお帰りと言うより早く、目敏く忍びの寝床に置いてあるに気がつき手を出してくる。

「あ、バカ、止め」

 忍びの制止より早くを手に取る熱帯妖精。

「可愛いな~、このぬいぐるみ~」

 目尻を下げて見蕩れ抱きしめようとするが、

「ダメ―っ」

 ものすごい剣幕で忍びが奪い返し、

「これはあたしの。あたしのなんだからっ」

 ない口ぶりで言い放つと、

「ブッ」「くっ」

 そのに仲間たちがそれぞれ笑う。屈託なく微笑ましく。

 自分がとった行動を振り返った忍びの顔が朱に染まってゆく。

「――いいんじゃない?」

「えぇ」

 小さな猫のぬいぐるみを抱えた忍びに、仲間たちが優しい目を向けて言う。

「んじゃあさぁ、明日三人で出かけね? ウチもこういう小物欲しいし、女魔法使いねぇさんに服選んでもらいたいかな」

 熱帯妖精の提案に、

「あぁ、いいですね。」微笑んで同意した女魔法使いが忍びへと視線をやり「忍びあなたにもあといくつか普段着があった方がいいでしょうし」

 向けられたまなざしと笑みに、忍びが応えようとするよりも早く、

「決まり~」

 熱帯妖精が決定の声をあげ、あっという間に明日三人で出歩くことになる。

 個人の自由を貴ぶ不文律はどこに? 一方的に決められたことなのに、忍びはそれを抵抗なく受けいれ、むしろ弾む気持ちになる自分に少し驚く。

 独りで歩くのも楽しかった。でも三人ならもっと楽しいだろう気がして、それはきっと正しいのがなぜだかわかる。

 だから忍びは朗らかに言う。 

「うん、明日が楽しみだ」

 独りで過ごす自由もあれば三人そろう自由もある、自分たちらしくていい。

 

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