気ままなチョコ

しらす

チョコの手紙

「あ、また来てる」

 仕事を終えて帰宅すると、私はいつもポストをチェックする。

 とりわけ何か来る予定がなくても、気になって開けずにいられないのは、理由があった。

 チョコからの手紙が来るのだ。それも忘れた頃に突然に。


 チョコというのは、3歳の誕生日に祖母に買ってもらった猫のぬいぐるみだ。

 チョコレート色だからチョコ。単純なネーミングだけれど、私はチョコが大好きで、どこへ行く時も連れ歩いていた。

 公園で遊ぶときも、スーパーで買い物する時も、病院に行く時も、旅行の時も。旅先で川に落とした時は、流されるチョコを泣きながら追いかけて行って、両親の肝を潰させたりもした。

 それくらい大好きだったチョコも、小学校の高学年くらいになると、棚にしまいっぱなしだった。高校生の頃には、棚を整理していて、もう捨てちゃおうか、なんて思った事もある。


 そんなチョコが、大学進学で県外に出た後、突然いなくなった。

 特に持ち出した覚えもないのに、と電話口で母は焦っていた。何だかんだと言いながら、ずっと捨てずに取っていたので、私の宝物だと思っていたらしい。

「仕方ないよ、猫だし。気まぐれに出ていったんだよ」

と返事をしたのは、焦る母への慰めだった。

 ところがそれから一か月後、私のアパートにチョコからの手紙が届いたのだ。


 チョコからの手紙には、文字は書かれていない。白い封筒に詰まっているのは、さまざまな土地を背景に撮られたチョコの写真だ。

 最初は馴染みのスーパーや公園や病院で。その次は旅行で行った場所へ。更に日本中を巡ったら、遠い外国へも。

 次第に遠くへ足を伸ばしていくチョコは、行く先々で地元の人たちの、楽しそうな笑顔に囲まれていた。

 だからチョコはきっと、笑顔を求めて旅をしているんだ、と私は思っている。


「さて、今回はどこへ行ったのかな」

 新しい白い封筒を開いてみる。すると私も、自然と笑顔になっている。

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気ままなチョコ しらす @toki_t

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