ぬいぐるみの乱

夏生 夕

第1話

「なんで買っちゃうんだ…」


グレーのもふもふ。

小さく立った耳。

黒く囲われたつぶらな瞳。

かれこれ10分は見つめ合っている。



待ち合わせするのも

高校の制服以外で外で会うのも

二人きりでランチしたのも初めてだった。

帰り際、家族へのお土産を探して店をうろうろしていた時。

頭にちょん、と感触があって振り返ると、視界いっぱいにもふもふが迫ってきた。


「これ、似てない?」


見上げるわたしの顔の横にアライグマを並べて、ニカッと笑った。


「わたしたち、パンダ見に来たんだよね?」


「いいじゃん。記念記念。」


そのままわたしが届かない高さにぬいぐるみを掲げ、小走りでレジに向かってしまった。

わたしも慌てて『動物園に行ってきました』とプリントされたクッキーを抱えて追いかける。


店の外で待ち構えていたあいつは再び顔の前にアライグマを突き出してきて小さく振る。


「いいじゃん。かわいいし。」


とそのままわたしの両手にこの子を降ろした。




いけない、これは重症だ。

こんなに詳細に記憶しているなんて。この子を見たら5回に1回くらいは思い出しちゃうのか?


この、心がせわしなくて振り回されている感じが少し腹立たしい。

言葉にならないをうめき声を上げる。左手に力が籠もり、もふ毛を握りつぶしてしまった。

ごめんごめん、と毛並みを整えるように撫でる。


…ごめんってなに。

普段のわたしはぬいぐるみに謝るような人間じゃないんですけど。

せめてもっとリアルな造りだったり、可愛くないビジュアルだったら良かったのに。


そうだ、かわいがりようがない名前とか付けちゃえばいいんじゃないか。

サラアライとか、テノヒラコスリとか。妖怪みたいだな。


…名前ってなに。

普段のわたしはぬいぐるみに名前をつけるような人間じゃないんですけど。


どうすんの、別れたりしたら、この子の行き場に一番困るのに。

大切にしてしまいそうだ。


やめろこれ以上わたしを乱すな。



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