底に言伝
かさごさか
お気軽にお電話ください。
飾り気のない扉を開けると棚が置かれており、その上に設置された呼び鈴の周囲には大小様々なぬいぐるみが所狭しと並べられていた。
地域誌に公開している始業時間からは数分遅れて出勤した雨原の1日は、ぬいぐるみ達の向きを整えるところから始まる。これらは助手がゲームセンターで入手してきたものがほとんどだ。その助手は本日、登校日であるため午後から出勤することになっていた。
来客が呼び鈴を押す際に手が当たってしまうのだろう。毎日、微妙に角度を変えるぬいぐるみを全て正面向かせるのが彼の日課であった。時に傾いてしまったものや、完全に横倒しになってしまったものも、きちんと起こしてやれば、殺風景な事務所に不釣り合いな可愛らしい空間が出来上がる。
このへんでいいだろう、と雨原はぬいぐるみを直す際に見つけた紙切れを数枚、拾い集めて机へと向かう。紙切れには依頼と思われる内容が書かれていた。
素行調査やペット捜索、何かを調べ報告することが雨原の仕事だ。中にはグレーな立場の方々の仲介役や情報の売買なども請け負っていると、こうして知らぬ間に依頼書のようなものが隠して置いてあることがしばしばある。
雨原は少し不快なものを感じつつ、依頼に目を通す。法に触れない内容で報酬をきちんと受け取れれば、多少危ない目に遭うことも慣れている、が。
助手が嬉しそうな顔をして、並べたぬいぐるみを利用されることにはいつまでも慣れそうになかった。
これを何心と言えばいいのか今の雨原にはわからない。自分しかいない事務所で大きく溜息を吐いた時、電話が鳴り響いた。
1人でいると思考が良くない方へと行きがちである。助手が来たら同じく地域誌に掲載されていたブックカフェにでも行こうかと考えつつ、雨原は受話器を手に取った。
「はい、雨原総合調査室。代表の雨原です」
底に言伝 かさごさか @kasago210
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