第6話
昼のショーは、客席がほぼすべて埋まっていた。ロコちゃん歴二十年の中島ですら「こんなの見たことない」と動揺するほどの異常事態だ。
あのあとのできごとは、正直、俺にもよくわからない。
どうやら一緒に踊ったあの女の子の親が、動画をSNSに投稿したことがきっかけらしい。それが軽くバズって、ファイブビートの番組公式アカウントがシェアしたことでさらにバズった。
俺たちが気づいた時にはすでに結構な話題になっていた。遊園地の広報担当は大喜びで、改めてマシロウとロコちゃんの踊ってみた動画を撮影しSNSで投稿。ダメ元でファイブビートの番組にも送ってみたら、本当にエンディングで放送されてしまった。以来、園内を歩いていると「ファイブビート踊って」とたびたび声をかけられる。
放送されたのが先週。夏休み中ということもあり、じわじわと来場者数が増え、夏休み最後の週末の今日、ついにショーの客席が埋まった。
けれど、俺たちのやるべきことは変わらない。いつも通りステージに立って、無駄に元気なマーチに合わせて間抜けなダンスをする。それだけだ。
でも、変わったこともある。
俺のソロパートができたのだ。
拡散された動画は、ファイブビートダンスよりもそのあとのポップダンスへの反響の方が大きかった。それを受けて、ダンスの構成を変更することになったのだ。ついでにロコちゃんのソロパートもできたので、中島はひいひい言っている。
振り付けは俺がやった。着ぐるみにできて、
始めたばかりの頃は、こんなダサいダンスをやっている自分が恥ずかしくて仕方がなかった。けれど今は、わりと楽しんでいる。間抜けなダンスをとびっきり間抜けに踊れれば、それは逆にカッコいいんじゃないかと思う。
ショーが盛り上がってくると、ステージと客席の間のスペースで、子どもたちが一緒になって踊り始める。汗で髪の毛を額や首にはりつかせ、夢中で体を動かしている。その子たちの弾ける笑顔を見て、俺のダンスもさらにヒートアップしていく。
これだよ。
この空気に俺は憧れたんだよ。
ショッピングセンターで見たあのダンサーに
どうしてそれを忘れてしまっていたのだろう。
確かにここは、思い描いていた場所とはずいぶん違う。これから先のこともまだわからない。
だから俺は、この瞬間を思いきり楽しむ。
今感じている高揚感を、一瞬たりとも逃したくない。
体を屈めたところから、両腕を上げて力いっぱいジャンプする。するとステージ下で、子どもたちが真似してピョンピョン跳ねる。あまりのかわいさに、つい声を出して笑ってしまう。少しくらい構わないさ。どうせ音楽にかき消される。
踊る子どもたちの向こう、客席の最前列に、ケントの姿を見つけた。ガールフレンドと思しき女の子と一緒だ。あの野郎、絶対に来るなって言ったのに。
よぉし、見てろよ。
俺は勢いよく前に飛び出し、渾身のポップダンスを披露する。
わあっ、と歓声が上がるのが、着ぐるみ越しにもはっきりと聞こえた。
〈了〉
ホップ・ステップ・ダンス 朝矢たかみ @asaya-takami
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます