身から出たさび

棚霧書生

身から出たさび

 私がまだ小学生のとき、学校から家に帰ると大切にしていたぬいぐるみが部屋で首を吊っていたことがありました。これはぬいぐるみがひとりでに動いたとかそんなホラーチックな話ではなくて意地悪な兄の仕業でした。ぬいぐるみを下ろすこともできず衝撃的な光景に固まっていたところ、私の様子を隠れて見ていたらしい兄がニヤついた顔で背後から姿を現し、こう言いました。

「男のくせにいつまでハクちゃんと遊ぶつもりですか?」と。

 ハクちゃんとは私がぬいぐるみにつけた名前です。私は兄にその場で何も言い返せなかった。頭がクラクラしていて言葉を紡げる状態ではなかったんです。それから兄は、ハクちゃんハクハクオエェ……と吐く真似事をしてギャハハと笑い声をあげました。

 なぜ私がこんな昔話を兄の恋人であったあなたにするかわかりますか? 責任を感じないでほしいんです。兄が首を吊って自殺したことに。

 兄の自業自得なんです。直前にあなたと別れていたとしてもそれは今回のこととは関係のないことだと知ってほしかった。

 兄は世間的な男らしさとか資本主義的な強さにこだわる人でした。バリバリ仕事をして稼ぐのが正義だと断言していたほどです。だから、体を壊して働くのが難しくなってからは物凄く落ち込んでいました。

 あなたは優秀な方だと聞いています。ご自分で事業を起こされて稼ぎも多い。女性がしかも恋人が自分よりも社会的な成功をおさめていて収入も桁違いだなんて兄には堪えられなかったのでしょう。だから、あなたと別れた。だがその結果、兄は女もいない病気持ちの男になってしまった。兄が一番嫌うような存在に兄自身がなったわけです。それで今度はくだらないプライドのために人生ともお別れすることにした、というのが弟である私の見解です。

 兄の自殺は詰まるところ、兄のつまらない思想がさびた鎖になって自分の首にからまっただけなんですよ。

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身から出たさび 棚霧書生 @katagiri_8

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