第9話 良喜札めくるの後日談・後編
「ところでメクル様。部屋の様子が随分様変わりしていませんか?」
「そう言えば、見覚えのない調度が増えたような……?」
部屋を見回して首を傾げる二人に、私はこう答えた。
「ああ、これ。タロットカード以外にも『召喚』出来ないか実験したらこうなっちゃったのよ」
正確にはタロット精霊・良喜札めくるの設定が、どこまで現実に反映されるかの実験だ。二人が審問会に向けた準備をしていた間、私は自分の能力の把握に努めていた。
漫画家の親友と中二病を患った無駄に優秀なMMDモデラーの義弟がコラボして作った浮遊城『
小物に至っては私が現実で使用していた道具まで忠実に再現するこだわりようだ。
結論から言うと、タロットカード以外のそれらの品々も召喚可能だった。召喚したものは自分でも触れられる上、理屈は分からないが自在に浮かせたり移動させたり出来る。
更に、元々この部屋にあった椅子やベッドなどの調度品も、『自分に渡されたもの=自分の所持品』と認識すれば、触れられるし動かすことも可能だった。
「と言う訳で、私の城から色々と持ってきて、ついでに模様替えもしたわ。駄目だったかしら」
「駄目ではないが……メクルよ。それならこの部屋ではなく、自分の城で過ごす方が良いのではないか?」
ライオットの問いに、私は首を横に振った。
「できなかったの。調度品や小物は召喚できても、私が
良喜札めくるは浮遊城『
ならば、
しかしそれらのアイテムを使っても、また城に関して覚えてる限りの設定を試してみても、秘奥城を召喚する、あるいは私が秘奥城へ向かうことはついぞ叶わなかった。
「多分、死んで肉体を失ったせいかもね……もう、あなた達に出会う前の話なんだから、そんな顔する必要はないわよ」
「そう……なのだが……」
「長年の住まいを失うなんて、あまりにも……いえ、申し訳ございません」
沈痛な面持ちで私を見上げる二人に、私はニッコリ笑ってみせる。
「気にかけてくれるのは嬉しいけど、そんな辛気臭い顔されたら、頼み事がしにくいじゃない」
「頼み事?」
私は高度を下げて、ライオットの正面に浮いた。
「ライオット。私を占い師として、この王宮に置いてほしいの。聞いての通り、行く当てもない身になっちゃったからね」
この一週間、実験と並行して
が、結局のところ。私が頼りに出来るのは召喚能力とタロット占いの知識、そして私の占いを信じてくれたライオットとカーティスだけ。
そうなると、自ずと道は限られてくる。そもそもタロットカードに触れられない限り姿が見えない状況で、王宮の外で一から新規顧客を獲得するのはほぼ不可能。
それなら、王宮でライオットやカーティスに口の堅い客を紹介してもらって、私に見料、二人には紹介料を払ってもらう形にすれば、それなりの利益が見込めるのではなかろうか。
「と言う訳で、二人の損にならないような仕組みは考えてみたんだけれど、どうかしら?」
私の申し出に、二人はお互いを横目で見て、揃って渋い顔をした。
――やっぱり、王宮に住ませて欲しいなんて虫が良すぎたかしらね。
思考が悪い方に傾きかけた私に、ややあってライオットが口を開いた。
「メクル。其方が王宮に留まってくれることは望外の喜びだ。もし其方が人間の占い師であったならば、一もにもなく頷いていただろう」
「人間だったら?」
どういう事かと首を傾げれば、カーティスが後ろから説明する。
「メクル様。以前もご説明いたしましたが、精霊はカニンガム王国の建国に関わる極めて重要な存在です。王侯貴族の祖先から平民の子に至るまで、精霊を敬わぬ者はおりません。
そしてそれは、宰相派の貴族らも同じであると断言できます」
「うん、それで?」
「もし正妃様の御子であるライオット殿下が精霊を庇護していると知れば、奴らは必ず暴走します。
『隣国の血が入った第二王子より、先祖代々精霊を信仰してきた自分たちにこそ、その力は役立てられるべき』だとか言って騒ぎ出すでしょう」
「そんなことある!?!?」
「あります。何なら『殿下が不当な手段を用いて、精霊に隷属を強いている』とか言い出してもおかしくありません」
「それだけではない。
真顔で断言したカーティスと、更に最悪の想定をして来たライオットの言葉に動揺しつつも、私はどうにか思考を整理する。
「つまり、精霊の私は存在自体が政争の火種で、もし大っぴらにライオットに肩入れしたら、却って迷惑になっちゃうのね」
「迷惑ではない!」
即座にそう答えたライオットだったが、「しかし」と固い面持ちで言う。
「メクルの存在が知られた時に、其方を庇い切れる力が俺にはない。今回の一件で痛感した。俺はまだまだ無力だ……だから」
ライオットはいつかのように、私に跪いて頭を下げた。カーティスも彼の後ろそれに倣う。
「メクルよ。大いなるタロットの精霊よ。どうかこのライオットの専属占い師になってほしい」
「せ……専属、占い師?」
思いもよらぬ申し出に唖然としていると、ライオットは頭を下げたまま続ける。
「俺はこの先何度も、宰相派の連中とぶつかり合うことになるだろう。そしてまた頭に血が上って、己を見失うと思う。此度の戦いを乗り切れたのは、何と言おうとメクルのおかげなのだ。
其方が嘘偽りなく語った言葉が、俺を正しい道へ導いてくれた。
恩人であるメクルが王宮に残りたいと望んでくれるなら、是非もない。どうかこの先も、俺に力を貸してほしい」
頭を下げ、私の姿が見えていない二人の前から、私はそっと浮き上がって天を仰ぐ。
「……ズッ……ぅー……」
一粒、また一粒と涙が溢れて止まらなかった。こんな顔、二人にはとても見せられない。
一週間経った今でも忘れられない、前の世界の最期の光景。私の占いが否定され、罵倒され、何も出来ずに命を落としてしまったあの夜の恐怖が、悲しみが、後悔が流されていく。
――私の占いを信じて、必要としてくれることが、こんなにも嬉しいなんて。
「…………うん、よしっ!」
いつまでも二人を待たせるわけにはいかない。私は急いで涙をぬぐって、再び二人の前に降りる。
「頭を上げて頂戴。私が此処に置いてほしいって、頼んでるんだから。むしろ私が頭を下げる側なのよ?」
「精霊にそんなことをさせては、王族として末代までの恥だ」
「大袈裟ねえ。ま、あなたはまだまだ敵が多いみたいだから、姿を見せるなって言うならそうするわよ」
そう言うと、ライオットは顔を上げて安堵の表情を浮かべる。
「感謝する、メクル。王族として、其方が王宮で不便を強いられぬよう、可能な限り力を尽くすつもりだ」
「もう、いつまで固い口調でいるつもり? あと、そろそろ立ったら?」
私のその言葉に、ライオットたちは立ち上がって相好を崩した。
「そうだな。メクルよ、『第二王子付き専属占い師』として、これからも俺への助言をよろしく頼む」
これを聞いた私の頭にふと、しょうもない考えがよぎる。
――精霊じゃなくて幽霊だから、第二王子付きというより……第二王子『憑き』かしらね?
「メクル様。手間のかかる主人ではありますが、どうかよろしくお願いいたします」
「カーティス!」
しょうもない事を考えていた私の前で行われる、相変わらずの息の合った掛け合いに、自然に笑みが零れた。
「フフフッ……ええ、覚悟なさい! 手抜き忖度一切なし! 誠実かつ容赦なく、あなたに道を示してあげるわ――タロット精霊・良喜札めくるがね!」
第二王子『憑き』占い師は、前世Vtuberの幽霊です! 鳩藍@『誓星のデュオ』コミカライズ連載中 @hato_i
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