第8話 良喜札めくると後日談・前編


「二人とも、大丈夫かしらね~」


 異世界に転生(?)してから一週間が経った。

 私――良喜札めくるは、『タロット占いの礼に』と宛がわれた部屋の窓から晴れ渡った青空を眺めている。


 審問会に臨んだライオットとカーティスは、そろそろ戻ってくる頃合いだ。ライオットに掛けられた冤罪を晴らすために、二人はひたすら証拠を集め、協力者を募って方々を駆けずり回って来た。


「ま、少なくともヘマはしないでしょ。も持って行ったし」


 私は磨き抜かれた飴色の机に置いた、枚のタロットカードの山札を見やる。おかげで今日の結果も占えない。タロット占いが出来ないタロット精霊とは、なんて考えていると――


「勝っっっっっったぞーーーーーーーーー!!!」

「おっひゃあ!?」


 けたたましい音を立てて乱暴に開かれた扉から、見覚えしかない男が雄たけびと共に部屋に飛び込んで来た。


「メクル! 勝った! 勝ったぞ! アッハハハ! ざまあみろあの狸親父!!!」


 満面の笑みで拳を突き上げて飛び跳ねるライオットを見守っていると、半開きになった扉からもう一人が姿を見せる。


「失礼いたします。殿下、廊下まで聞こえてますよ」

「ハハハ! すまぬな、カーティス! だが、これが喜ばずに居られるか!」


 ノックをしてきっちり扉を閉めてから入って来たカーティスが渋い顔で注意するが、ライオットはどこ吹く風だ。

 一人盛り上がる彼に向かって、私はわざとらしく咳払いをした。


「気持ちはわかるけど、女性の部屋にノックもなしに入るのは紳士としてどうなのよ?」

「う゛っ」


 私の棘のある声に、浮かれ切っていたライオットがビタリと動きを止める。

 この一週間、ライオットがやらかす度に本気の説教をかまして来たので、この反応は然もありなん。カーティスは「あちゃー」と後ろでひっそり溜息を吐いていた。


「め、メクル。その――……」

「でも、ま。今回ばかりは特別に許してあげるわ。折角の勝利に、水を差し過ぎるのも野暮だものね」


 私の言葉にライオットはポカンと口を開けて固まったが、すぐに満足げな笑みを顔中に浮かべる。


「ああ、そうだ。メクルのおかげで、俺は勝てた――本当に、ありがとう」


 そう言ってライオットは深く頭を下げ、カーティスもまた主人に倣って礼をした。


「私は道を示しただけよ。最後までそれを信じて進み続けたのはあなた達。だから胸を張りなさい。勝利を掴んだのは、紛れもなくあなた達の力よ」


 私がライオットを占った後。二人は二度目となる今日の審問会に向けての戦略を根本から見直した。


 正妃と対立する宰相派に、正妃の息子であるライオットが正面から無実を訴えても認められないだろう。


 だが、今回冤罪を掛けられたのはライオットだけではない。不正を訴えた経理部署の文官・ユースティスもだ。


 そこで二人は、攻め口を『ライオットの無実の証明』から『汚職の冤罪を掛けられたユースティスの名誉回復』へと変更した。


 幸いなことに、ユースティスが集めた不正の証拠の一部はライオットの手元にあった。『証拠を一か所に集めては処分される恐れがある』と、ライオットとユースティスとでそれぞれ分けておいたのだ。実際、ユースティスが管理していた証拠書類は何者かに焼き捨てられてしまったため、この策は大いに功を奏した。


 まずこの証拠を元に、ユースティスの親族および奥方の親族、親交の深かった貴族に事件の真相を打ち明けた。

 ユースティスが汚職の冤罪を掛けられたことで周囲の冷ややかな目に晒されていた彼らに対し、ライオットは協力と引き換えに、陰から色々と便宜を図る取引を持ち掛けたそうだ。なお、取引内容は秘密とのこと。


 そして次に行ったのが、家族への協力要請。しかし母親の正妃や兄の王太子が介入したら派閥争いが激化してしまう。


 そこでライオットが頼ったのは、何と心労で療養中の国王陛下だった。


「私が言うのもなんだけど、よくお父様のところに行ったわね……」

「宰相派の連中が敵視しているのは、あくまで隣国出身の母上だからな。国王たる父の言葉には逆らわん。不敬罪や反逆罪に問われるからな」


 心労から政治の場を退いた国王陛下の説得は難航するかに思えたが、正妃王太子に事前に口添えを頼んだおかげか、意外にもすんなり協力を得られたと言う。


 ――んー……本当にそれだけかしらね?


 この一週間、ライオットは本当に精力的に動いていた。保身ではなく、ユースティスに報いるために。

 その姿を見て、父親として何か感じ入るものがあったのではないだろうか。


 ただ、国王自身もカニンガム王国を二分しかねない派閥争いに心を痛めていたというから、ひょっとするとライオットが矢面に立つのを幸いと、介入を決意したのかもしれない。


 ――ま、国王陛下がどんな人かは知らないから、単なる想像にすぎないけどね。


 こうして手札を揃えたライオットは、即座に監査部署に突撃。

 ユースティスの親族の証言、自分が持っている不正の証拠、極めつけに国王からの『経理部署の不正疑惑を徹底的に追及せよ』という勅命が決め手となり、監査部署は完全にライオットの味方になった。


 そして監査部署の再調査により、ユースティスに毒を盛った犯人が発覚。

 そこから毒殺を指示した経理部署の貴族に辿り着き、監査の権限および国王の不正追及の勅命によりその場で逮捕。

 現在、不正に関わっていた他の貴族を芋づる式に捕らえるべく、捜査を続行中だ。


 ちなみに勅命から毒殺指示犯の逮捕までなんとたったの二日。監査部署の人間を睡眠返上で働かせたというのだから、勅命の効果、恐るべしである。


 こんな状況で迎えた今日の審問会でライオットが負ける筈もなく。私の心配を余所に、良い意味で一方的な展開だったそうだ。


「帰りに宰相閣下をわざわざ呼び止めて『困っていたら助けてやろうか?』なんて言えるくらいには余裕でいらっしゃいましたよ」

「子どもの仕返しじゃないんだから……」

「良いだろう、それくらい。こっちは散々迷惑を被ったのだ」


 もっとも、味方を集めたり国王陛下の勅命を得るために奔走した日数なども合わせると、本当にギリギリの勝負だった。

 何か一つでも欠けたり間に合わなかったりすれば、ライオットに勝ち目はなかっただろう。


「そうだメクル。これを返す」


 そう言ってライオットが懐から取り出したのは一枚のカード。

 審問会に赴く前にお守りとして貸してほしいと頼まれたタロット――『正義』のカードだ。


「はいどうも。それにしても、どうして『戦車』じゃなくて『正義』を持って行ったの?」


 験担ぎなら、『凱旋』の意味を持つ『戦車』の方が良かったのではと聞けば、ライオットは笑って首を横に振る。


「俺のための戦いではなく、あくまでユースティスのための戦いということを忘れたくなかったのだ。あ奴の正義が、俺を動かしたのだから」


 そう晴れやかに笑うライオットに、道を踏み外しそうな危うさはもうない。


 ――うん。ライオットには、こういう笑顔が似合うわね。


 ライオットの真っすぐな笑顔に、つられて私も心からの笑みを浮かべるのであった。



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