渡せなかったぬいぐるみ
サドガワイツキ
第1話
自分の名前が書かれたドアを空けると、この家を出ていったころと変わらないままに維持された自分の部屋があった。
俺が上京した後も母さんが綺麗にしていてくれたのだろう、部屋の中は綺麗にされていて埃っぽさもない。
おばあちゃんの葬儀のために戻ってきた5年ぶりの実家は、あの頃と変わらないまま俺を迎えてくれた。
「懐かしいな」
誰にでもなく独り言ちながら鞄を地面に置きベッドに腰かけた。ふと、棚におかれたチュパカブラのぬいぐるみに目が留まる。5年前、あいつに渡せなかったプレゼント。
立ち上がり、棚の前に移動してぬいぐるみを取る。緑色でトゲがある、宇宙人か何なんだかよくわからない変な生き物。あいつは毎年こういう変な生き物のプレゼントをほしがっていたが、変わったセンスをしてるよな、と思う。
あいつに、幼馴染に渡すために用意していたプレゼントだが、こいつは結局渡すことが出来ないまま俺の部屋の住人になってしまった。
――――私、先輩に告白されたんだ
高校3年生の頃、あいつの誕生日が目前に迫った時、困ったようにそう言ってきた幼馴染。一つ年上で近くの大学に進学した先輩から告白されたと、幼馴染のアイツは言った。しかしあの頃の俺は素直になれずお前の好きにすればいいと言ってしまった。
今思い返してみると、そんな俺の言葉に、あいつはひどく傷ついた表情をしていたように思う。
それからしばらくしてあいつと先輩が付き合いだした事を知った。
あいつが先輩と付き合いだしてから、俺はあいつから距離を取った。
何度か俺に話しかけようとするあいつからも、俺は色々な感情がないまぜになって逃げた。そうしているうちにあいつは俺に話しかけてこなくなった。なんて惨めでかっこわるい男だろう。
……もしあの時、自分の気持ちに素直になっていたら、俺はあいつと――――
どうだろうか。わからない。
素直にならないまま勝手に突き放したあの頃の俺はどうしようもないガキで、バカだった。
もしあの時、先輩と付き合わないでくれ、ずっと好きだったんだ、俺と付き合ってくれと――素直に言っても断られていたかもしれない。それはもう、確かめようのない事だ。
高校生だった当時は高く感じた5,000円もするこのチュパカブラも、今の俺なら容易く買うことが出来る。けど、過ぎ去ってしまった時間と想いでは、いくらお金を出しても取り戻すことはできない。
俺は手でもふもふと撫でながらあの頃を思いだしていたが、溜息と共にチュパカブラを元の場所に戻した。
あいつから届いた結婚式にも、結局出席できなかった。仕事が忙しかった、というのもあるがそこは冠婚葬祭を理由にすればどうにでもなっただろう。けど、初恋を引きずったままの俺は、子供じみた現実逃避で、あいつの花嫁姿を見たくないと思ってしまったのだ。だから欠席の返事と、ご祝儀だけを贈った。
結局一年足らずの新婚生活で、旦那の浮気がもとで離婚したという話を聞いて、何とも言えない気持ちになった。人生は上手くいかないものだ。
俺があの時正直に行動したら何かが変わっていたかもしれないし、そうじゃなかったかもしれない。
ただひとつ言えるのは、後悔はどれだけ振り払っても追いついて縋ってくるから、生きていくには切り替えていかなければいけないのだ。俺とあいつは別々の時間、人生を生きている。いつまでも引きずっていてはいけない。
棚に置かれたチュパカブラをみながら、そう思った。
その日の夕方、煙草が斬れていたのでコンビニに買いに行こうとしたが昔あったコンビニは更地になっていたので、新しくできたコンビニをスマホの地図で探しながら歩くことになった。
しばらく歩いていると、正面からよく知っている―――しかし成長した子連れの女性がみえた。
まだ1歳か2歳ぐらいの女の子の手を引くその姿は、俺が知っている姿からは随分と清聴して大人びている。親権をとったのか、娘だろうか。
「こんにちは」
すれ違いざま、そう挨拶をして会釈をして通り過ぎる。
娘の手を引きそちらを見ていたその女性が、遅れてこんにちはと挨拶を返してきたあと、
「えっ……?」
そんな声をあげて振り返り、俺を視ているのを感じた。だけど良いのだ。
今ここであったのはほんの偶然。あえて言うなら元気そうにしている姿が見えてよかったと思う。どうか親子で、お元気にと思いながら。
……俺は彼女の声に振り返ることなく歩いき、コンビニで煙草を買って喫煙所で煙草に火をつけた。
「東京に戻ったら、婚活とかしてみるかなぁ」
くゆる煙草の煙をみながら、そんな事を考えるのだった。
渡せなかったぬいぐるみ サドガワイツキ @sadogawa_ituki
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