ぬいぐるみの中身

双 平良

ぬいぐるみの中身

 薄い青の空に少しだけ新緑が芽生えた桜の花びら舞う日曜日。

 今日も遊園地は大盛況だった。

「助けてー!ライトレンジャーっ!」

 その遊園地の一角のスタジオで行われるヒーローショー。

 今は午後の部の真っ最中だ。会場には多くの子どもや大きな子ども……大人も混じり大盛況だ。

 ショーは後半、悪役の人質になった子どもたちを救け出したヒーローに追い詰められた悪の組織のボスが、最後の手段に繰り出す巨大怪獣は舞台の大一番だ。

 俺は思い切り、舞台の真ん中に飛び出して、五色の各ヒーローたちとしっぽや太い腕、足などで戦う。

 会場では、「イケーっ」「がんばってー!」「やっちゃえー!」とヒーローを応援する声と、俺に怖がって泣く子の声がする。右端の席の女の子はガチ泣きだ。

 泣き声には良心が咎めるが、これが俺たちの仕事。

 怖がってくれるということは、それだけリアリティの高い見た目で迫真の演技ができているということだ。誇らしいことである。

 そうこう考えている内に物語は終盤、ヒーローの合体技が繰り出され、俺たちは見事に打ち倒された。

 断末魔とともに倒れると、ひときわ大きな声援が上がった。さっきの女の子の反応が気になったが、うつぶせに倒れてはちょっと見えない。


「ふぃー、おつかれー」

「おっす。おつかれー」

 出番が終わり、舞台の脇にはけていると仲間の一人が労いをかけてきた。悪の組織のボス役の仲間だ。彼は衣装はそのままに、仮面だけをはずして額に流れる汗をタオルで拭う。ショーは終了したが、次は握手会がある。ヒーローたちは舞台上に残って、子どもたちと握手や撮影をしている。悪役も時間差で出ることになっており、俺たちは脱ぎ着が簡単ではないので、そのまま出番を待つ。

 すると、そこに悲鳴が上がった。

「ドロボーーっ!」

 ショーでの演技臭くない、本物の悲鳴だ。

「何だっ⁉」

 仲間とともに、舞台の中へ飛び出すと、反対側の席の端で黒のキャップ帽子を目深にかぶった黒ずくめの男が鞄を抱え込んで、階段状の席を上に駆け上がろうとしている所だった。手に持った鞄は明らかに女性が持つような花柄の可愛らしいトートバックだ。その姿をみて、俺たちは状況を瞬時に理解した。置き引きだ!

「待て!」

 突然の出来事に皆の反応が遅れる中、舞台にいたヒーロー……レッド役が一番に席へと飛び出し、置き引き犯へ向かって走り出した。

「おらーーー!」

 それに続けと言わんばかりに俺たちも走った。レッド役が下から駆け上がってくるのに気が付いた置き引き犯は、驚いて方向転換し、席の中間の通路から、会場席の中央へと逃げていく。ショーの出入り口は、左右端にしかないため、左が駄目なら右という考えだろう。

 そこへボス役が中央の通路から駆け上がって、犯人の男の前に立ちはだかったり反復横跳びをしたりしたが、最後は上手くかわさてしまった。

 男はさらに真っ直ぐ右端に逃げ、そこから出口に向かうつもりだ。

「そうはさせるか」と俺たちは出遅れながらも右端の通路を全力疾走した。俺たちは見た目の通り図体はでかく動きは鈍いが、時間稼ぎしてくれたレッドとボスのおかげと、長年の付き合いから出せる俊敏な動きがあった。

 どう身体を動かせば、ボディを上手く使えるかなぞ、阿吽の呼吸で把握済みだ。舞台ではなかなか見せることはないだけだ。

 このまま走れば、あと数歩で犯人とうまくかち合える。

「どけっ!!」

 犯人の男の罵声が響き、俺たちははっと目を見開いた。がむしゃらに走りながら狭い視界で前をよく見ると、目の前には親子らしい二人がいた。彼女たちは急なことに動けなくなってしまっており、母親らしい女性が小さな娘をかばうように抱いたまま、固まってしまっていた。ちょうど男の行く道をふさいでしまっている。男は今にも彼女たちに危害を加えんばかりの勢いと罵詈雑言を叫んでいる。

「危ないっ!」

 俺たちは目的を変更して親子をかばうように覆いかぶさった。女の子の涙混じりの悲鳴が上がった。

(ごめんな。怖いし重いよな)

 心の中で詫びながらも、次にやるべきことは決まっていた。

「こな、くそつ!」

 横になった反動で尻尾を左から右に思いっきり置き引き犯に向けて振り回す。

 同時にドカリと大きな音が会場に響き渡った。あまりに勢いをつけたため、そのまま勢いで転がり込んで、コンクリートの地面にしたたかに顔をぶつけた。

「大人しくしろ!」

「警察!警察!」

「警備員さん、こっちです!早くっ!早くっ!」

 全力を出しすぎたため、息切れが止まらない。視界が暗いのは怪獣の着ぐるみのせいではなく、おそらく酸欠のせいだ。

「なんとか、なった……かな……?」

 そう言って、俺の相棒……俺の中身の奴と俺の視界は暗転した。



 真っ青な空に輝く太陽と新緑が眩しく光る日曜日。

 今日も遊園地は大盛況だった。

「助けてー!ライトレンジャーっ!」

 その遊園地の一角のスタジオで行われる、ヒーローショー。

 今日も、俺と俺の相棒は、五色のヒーローが繰り出す必殺の合体技に盛大な声を上げて倒れる。

「やったーーー!」

 と、観客の子どもたちの歓声が広がる。転げ倒れる(演技の)端の視界、一番前の席で一人の女の子の声援が聞こえた。

「怪獣さん、頑張って――!」

 この間、ガチ泣きしていた女の子だ。そして、が置き引き犯から救けた女の子でもある。女の子のお母さんも隣で応援してくれる。

 俺たちはヒーローには負けてしまう運命だけど、その存在にちょっと元気をもらう。

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