【KAC20232】『フォーゲット・ミー・ノット』
小田舵木
『フォーゲット・ミー・ノット』
君には『ライナスの毛布』ってヤツあるかい?
ん?アレだよ。コイツがあると安心できるな、ってアレさ。
僕はね…恥ずかしながら、この『にわとりくん』が居ないと、どうにも寝付きが悪いんだよ。
『にわとりくん』見た目はデフォルメされた鶏のぬいぐるみさ。
だけどさ、こういうのって『条件付け』ってやつでさ。本当に安心できる理由は別にある…なんて話を彼女にしてみたんだが―全く納得してもらえなかったね。
◆
「え?まだ『コレ』抱かないと眠れないっていうの?」そう彼女
「…27にもなって情けないかい?」と問いを問いで返す僕。
「…ぶっちゃけ引く」目元を
「無精髭とロン毛がトレードマークの僕だ…まあミスマッチなのは否めない」
「…とか煙草を吹かしながら言うんじゃない」と彼女は
「…このニコチンと似たようなモン」と
「心理的な依存と身体的な依存は切り離して考えなさいよ」と鋭いアンサー。
「煙草も一概に身体依存とは言い難い」とまだ拙い事を言えば―
「とにかく。抱くものが必要なら―私が居るでしょうに」と彼女は上目
「抱くのが大事なんじゃないのさ」と僕は
「心理的な穴をその『鳥』が埋めてくれる」
「…『にわとりくん』な」
「そして
「ないね。ベッドを共にしようが―人と人の間には溝があり。それは埋めがたい」
「…私は信用されてない訳ね…分かった。帰る」とパジャマを
「タクシー呼ぶよ」と僕は言い。
「自分で呼べる!!」と洗面所の方から声が聞こえてくる。
◆
僕はね。この『にわとりくん』と育ってきた訳だ。病める時も健やかなる時も。
そこには―まあエピソードの1つもある訳だけど。
それは長く。曲がりくねり。そして、別の女性の影があり。
今の彼女氏に語るべき内容ではない訳さ。
だから。
君相手に追想しようと言うわけさ。聞いてくれるかい?友よ。
◆
初代『にわとりくん』の持ち主の話だ。
僕はね、君。昔は呼吸器に問題を抱えていたんだよ。
え?じゃあ何故今、煙草を吸っているのかって?
それは君、
僕は幼少期はよく病室に放り込まれててね。
そこは何だ。妙に辛気臭くて薬臭い。
だが。動くことは叶わない。僕には色々管が刺さっていたからね。
白い何もない天井に押しつぶされる夢をよく見たものだ。
それが僕にとっての現実だったからだろう。
シューッシューッと鳴る人工呼吸器。そいつが僕に無理に酸素を押し込めば。
喉の粘膜がもう乾燥してね。砂漠に居るような気分になれたモノだよ。
「君がここの新しい住人?」と声がした。
「…」応える事は叶わない。口に放り込まれたモノが大きすぎる。
その声の主はゆっくり近づいてきて。
僕の視界に覆いかぶさる。その右腕には鳥を
「こんにちは。私は
「…」諏訪れな。彼女が初代『にわとりくん』の持ち主であり。忘れ得ぬ女の名前であり。
◆
僕はしばらくすると、人工呼吸器から開放され。
そしたらすぐに退院で良いと言われ。
「ねえ。看護師さん」と僕は問うた。「
「ああ。あの娘…君の病室に侵入した子」
「そう。よく覚えてないんだけどさ」
「…退院した。君より先に」
「…仕返しでもしてやろうかと思ったんだけど」
「…コレ言っちゃいけない事だけど―君のご近所さんだから。その内
「…なんでニコニコしてるんですか?」
「いやあ。面白いなって」
「そうですか。ま、ありがとうございます」
◆
「長野の
そして。窓際に
「また会えたね。運命かな」なんて笑いながら。
「
「はいはい」と僕は
「頼んだわよ」と諏訪は言う。
◆
「で。ここが…」なんてせっせと学校を紹介しつつも。僕は
「…かっくん。女の人の胸元をじっと見るのはどうかと思うよ。この歳なら
「いや。かっくんって」と突っ込みつつ目を
「
「いきなり下の名前で呼ぶんじゃない」と僕は返す。
「
「…よく言われる」敗北宣言である。
「私のことも、れなでいいから」と彼女は言えど。
「この歳で名前の呼びあいは危ねえ」と僕は言っとく。
「…気にし過ぎでしょ」と彼女は視線を斜めにやりながら言い。
「第2次
「タナー段階ⅢからⅤへの移行期」と完璧なアンサーが返ってくる。
「…タナー段階?」そんなもんは知らん。
「…私に言わせるな」と珍しく顔を赤らめる、れな。
「…察した」と僕が言えば。
「話変えよう。なんで私の胸元をじっと見るのさ?」と彼女は僕を見据えながら言い。
「…何か足りてない気がして」とそのまま返せば。
「…それはおいおい」なんて変な
「違えよ。何か『モノ』が足りてない」そう。物体だ。それが胸元を占めて居た気がして。
「ん?あ。アレだ…うん」とか勝手に納得しだす、れな。
「アレ?」
「『にわとりくん』だよ」とれなは言う。ニコニコしながら。
「『にわとりくん』…そうか、ぬいぐるみだ!スッキリしたなあ」なんて僕は安堵。こういうのは気になり続けると生活に支障が出る。
「…見に来る?」とれなは言い。
「…僕1人で?」とドキドキしながら問う。
◆
数時間後。
こざっぱりしたマンション。生活感が足りてない。
「お前…こっち来てからすぐ入院したのな」と僕は諏訪の学習机の前の回転椅子から問い。
「まあね。環境変わったのが
「なんぞ
「ま。大した話ではないよ」と右腕の『にわとりくん』を
「…ま。僕のも大した話ではない」僕のはたまに呼吸器関連がバグるだけで。適切な環境があれば、命に差し障る事はない。
「それよりも、だ」と彼女は『にわとりくん』を
「あんだ?」
「『にわとりくん』に目をつけるなんて。かっくんは良い眼をしている」と得意げな彼女。
「いや、ただ目に残っただけ―」なんて言えば。『にわとりくん』が飛んできた。
そいつは。実に丁寧に造られた
「どうして鶏なん?」と突っ込まずには居れず。
「私が何時でも『目覚める』ようにお母さんがね」と伏し目で彼女は応え。
「れなは病みがちであり、
「かっくん、よく分かってるじゃん」と彼女は笑う。
「僕も病みがちな人間だからな」と僕はぎこちない笑顔を返せば。
「これで私達は秘密を共有したね」と彼女は言う。その眼に…僕は恋をしたんだよ。
◆
僕とれなは同じ中学に上がり。
自然と周りから『付き合ってる』とされてはきたが。どっちかって言うと入院仲間っていう方が正しい。僕らは事あるごとに入院し。
「やってるかい」と僕が言えば。
「…」とベットの上の人工呼吸器付きのれなが
「僕たちも難儀な人生だよな」とベットの傍らの椅子に腰掛け。
「ああ。『にわとりくん』持ってきたぞ」と僕は言う。
彼女の家は片親になっていた。それは僕と彼女が出会う前からそうだったらしく。父親はこういう肝心なポイントに目を向ける余裕はないらしい。
「…」と返事はしない、れなだけど。目元が緩んだのは見逃さない。
「れなにはコイツが要るよな」と僕は
いつの間にか仲良くなってるって?
それは君。運命の為すままに、というアレさ。
だってこんなに似たモノ同士の僕たちが友達にならない訳がないだろう?
◆
君。恋が愛になる瞬間を見たことがあるかい?
僕はね、自分の中で見たよ。
そう。れなを
「…」と今度は僕が人工呼吸器を付けていて。
「やってるねえ」なんて
「かっくん…君にも会える事が減ってきた」と彼女は寂しげに言い。
「…」と僕は空のレスポンスを返し。
「だから。私の身代わりを置いていく。今日は」と彼女は携えてきた紙袋を
「二代目『にわとりくん』だ…私のはフェルトを縫い合わせた不細工なものだけど」と僕のベッドに載せてくれる。中に綿が詰まった重み、軽くて重い。
「かっくん。また次も目覚めてね」と彼女は『にわとりくん』をベッドからベットサイドテーブルへ移して。去っていく。
その言葉が愛おしかった。
そこに愛が芽生えたんだね。恥ずかしながら。
モノで…言葉で、愛が芽生えるのは現金だって?
そいつは君、愛した事がないからだな。こういうのは日常の
◆
入院を挟み挟みな僕らの青春はあっという間に消えていき。
気がつけばお互い大学生で。
僕は病気が
迷惑そうな、れなは遠巻きに見ている。
「調子のってんなよーかっくん」と口元を覆いつつ言うれな。
「はっはっは。高級な自殺だぜ。ヴォネガット
「
「生き急ぎたいのさ」と僕は
「死に急ぐ、の間違いではなく?」とれなは問い。
「それはあるかもな」と僕は言い。
「せっかく命が繋がったのに?」と問われれば。
「…悪かった」そう。彼女の病気―奇特な風土病―は治っておらず。
「謝るな」と彼女は
「なんか僕がひけらかしてるみたいでさ」僕はエクスキューズを挟み。
「良いんだよ。ひけらかしてよ」と彼女は言うけど。それは強がりであることは明白で。
「…治れよ」なんて無責任な事を僕が言い。
「…治すよ。君が居るからね」と彼女は
◆
言葉には命が宿ると言うが。そいつは嘘だと僕は思う。
何故ならば。
彼女が…言葉を違えたからだ。
「『治す』って言ったじゃんかよ」と僕は棺の前で
「…」今回ばかりは返事がなく。
「お前は…調子乗りがちな僕のケツを叩くんじゃないのかよ!!」と叫べば。
「…
「いや。済まないのは僕なんです」と零す。
「…自分を許してやって下さい」と彼女の父は言う。
「…許せそうにないんですよ」と僕は言って。
「ならば。忘れてやらないで居てくれませんか」と棺に
「…それは」と僕は
「…フォーゲット・ミー・ノット」
「それか。彼女の名前の違和感は」そう。まるでダジャレみたいな名前なのだ。彼女は。
「
「詰らないダジャレ…でもそこには貴方がたの願いがある」
「せめて。遺る子であって欲しかった。それをステートメントにしようとした時に出てきました…」
◆
僕は葬儀場の外に居る。何故か
両手に鶏。そういうシチュエーション。
「…不味い」と
僕は彼女を忘れないだろうか?
それは難しいだろうな、と思う。日々の
一代目『にわとりくん』を鼻に
そこには薬の匂いと彼女の消えいく香り。
「僕たちの
「…」返ってこない返事に彼女を
「どうか、安らかな眠りを」と願いをこめ。ぬいぐるみを棺に返しに行く僕が居た。
◆
フォーゲット・ミー・ノット。淡い青の空。
そこには何もない。美しいまでの晴天。
そこに煙を足したのは僕ではない。彼女だ。
僕は二代目『にわとりくん』を抱きながら。その煙を見守って。
そのフェルトで出来た、軽くて重いモノが僕と彼女を微かに繋いでいて。
ああ。
僕は彼女を生涯、忘れられない、と思ったものさ。
◆
そんな思い出話が今日の話な訳だ。
君はどう思うかい?
気取り過ぎかい?気色悪いかい?
でもね、僕はコイツを忘れるわけにはいかないんだよ。
フォーゲット・ミー・ノット。
そして、僕の記憶の中に。
消えさせはしないよ。
◆
【KAC20232】『フォーゲット・ミー・ノット』 小田舵木 @odakajiki
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます