後編
近衛が持ってきた箱から、薬瓶を取り出して、別の近衛へと手渡す。
さすがに毒を王子の元へと持っていくのは憚られるので――毒の専門家を手招きで呼んで、会場でぼそぼそと呟き、第一王子の許可を取って何人かが会場から駆け出していった。
「伯爵は
遺言もなにも残さずに亡くなり……そして今に至る。
「心労が祟ったのであろうな」
国王が誰に向かってでもなく呟き――その声は静まり返った会場に響いた。
そう思うよね。誰だってそう思うよ。わたしもそう思う。
「普通であれば、伯爵令嬢が亡くなった時点で、夫を伯爵家から出すこともできましたが、伯爵はそういったこともしませんでした。伯爵が慰謝料代わりに夫に伯爵家を預けたのか、それともなにもかもが嫌になったのかは存じませんが、少なくとも伯爵は、夫を伯爵家の籍から抜かず、
伯爵はヒロインに跡を継がせるつもりはなかったと考えるのが、当然だと思う。
「おそらくですが、伯爵は
全く思っていませんでしたけどね!
伯爵邸に住めるということで、浮かれてましたよ!
もちろん伯爵夫人になれるなどとは思っていなかったよ。そこは、もともと結婚したら平民になることが分かっていたから。
何でも欲しがる妹こと、わたしたち夫婦の娘は自分が伯爵令嬢だと勘違いしたまま、ここまで来てしまいましたが。
「伯爵家にやってきて、色々なものを確認して、
実際は調べてません。
まったく興味なかったし、王族を表すペンダントは、地味でくすんでいて、わたしたち母娘の好みじゃなかった。
「
ろくでもない商人で、おそらく七番目くらいの後妻。妻たちはみんな変死――それを知った王妃が助けだそうとしたわけです。
「亡き伯爵も、貴族と縁を結ばせるつもりはなかったかと」
「そうであろうな。ところで夫人、このことを届け出ようとは思わなかったのか?」
第一王子の当然の問い――
「届け出たかったのですが、どこに届けていいのか分からなかったので。高位貴族の方にお茶会に出たいと手紙を送ったのですが、下位貴族ということで相手にされず終いで。事情が事情ですので、最初から大臣級の方に持っていかないことには……残念ながら伝手がなくて」
断られていて良かったんだけどさ。
招待されていたら、なにもできないままだったから。
「たしかに下位貴族の手にはあまるな」
第一王子の発言に、国王が頷く。そして顔色が悪くなる、国王の隣に座っている王妃。王妃にも何度か手紙を送ったことがあるので、今後の調査で悪い方向に転がるかもしれない。わたしとしては、相手にされなくて良かった!
「庶民で商人の後妻ならば、なにかあった場合でも、簡単に切れると考え、その縁談を組んだのですが、そこに横やりが入り……最初は悩みましたが一代男爵ならば、高位貴族と縁付くこともないだろうと考え、受けたのですが、まさかこの婚姻の裏に王妃殿下がいらっしゃったとは、思ってもおりませんでした」
王妃とヒロインの母親は友人だったので、母親の死後、ヒロインが
それだけで終わらせておけばよかったのに、ヒロインの為に復讐だとか、正当な跡取りがどうだとか、伯爵家の乗っ取りがどうとか、奪われた遺品を取り返すとか、余計な色気を出すから――
余計な色気を出してもいいけど、こういう公の場でやらなければ――やりたかったんだろうね!
「
「無心をしたのか」
国王の台詞だが、呆れているといった感じはない。国王だから言葉から読み取らせないのかも知れないけれど。
「はい。わたくしたちが
嘘だけど!
単純に金の無心をしにいっただけだけど!
一代男爵は非常に裕福だから。
「何度も無心をしにいったのは、
王家と繋がっていると掴んでから、もっと金を絞れると思っただけだけど。
そしてわたしの言葉を受けて、国王がちらりと第二王子と王妃を見る。その視線は冷たい――それはそうだ、先ほど第二王子があげつらったことが、全く違う意味を持っていると暴露されているのだから。
第二王子たちが語ったヒロインへの虐め等、断罪の際に挙げられた事実に対し次々と「実はこういう意味がありました」と反論し――
「本日はこれまでとする。続きは場所を変え、関係者だけを集めて聴取を行う。詳細は発表するので、それまで待て」
国王が夜会の場を閉めた。
嘘をつきながら話すの疲れていたので、終わって良かった――ついた嘘を忘れないように、帰ったらまとめておこう。ああ、そうだ!
「一つお願いがあるのですが」
終わったことは嬉しいけれど、頼みごとをする必要があることを思い出した。
「なんだ?」
「本日を以て、わたくしたちは伯爵家から追い出される手筈になっているはずです」
原作ではわたしたち一家は断罪され、醜く喚き散らしたあと「法衣貴族はお呼びじゃない」と言われ、会場からつまみ出される。
そのまま王宮の外へと連れて行かれるのだが、この時、ヒロインが成人したので後見人はもう要らない――伯爵家のものは何一つ使えない状態にされ、わたしたち一家は乗ってきた馬車は既に王宮にはなく、歩いて帰らなくてはならない。
伯爵家のタウンハウスなので、王宮から程近いところにあるため、徒歩でもたどり着けるのだが――夜会に出席する恰好で歩くのは、かなり辛い。
苦労してたどり着いた伯爵家だが、夫はヒロインの後見人ではなくなったので、伯爵家に立ち入ることもできず、門扉にはわたしたちの私物が積まれ、立ち入ることができなくなって呆然とし、邸の前で騒いで警邏につれていかれ、留置場に放り込まれる。
わたしの言葉に第一王子が第二王子へと視線を向け――悔しさを隠しきれない表情で頷く。
「伯爵家の持ち物は使うことができなくなるよう、そちらの御方が手筈を整えているので、わたくしどもは王宮から帰る為に必要な馬車もそうですが、帰る家もございません。どうせ荷物は全て外へと運び出されているのでしょう?」
会場がざわついている。まあ、普通に意地が悪いからね。
「そこで、宿まで送り届けてくれる馬車を一台、貸していただきたいのです」
国王が鷹揚に頷いて――わたしたち家族は無事に王宮から立ち去ることができ……宿として離宮へと案内され、
「素敵! 伯爵の邸なんて、比べ物にならない!」
娘が離宮に感動し、騒ぎながら部屋を見て回っている。若いっていいわ――わたしは疲れたので、早々に休んだ。
危機を脱することができたかどうかは知らないけれど、言いたいことは言った。やれるだけのことはやった。あとはこの離宮の寝心地の良すぎるベッドで眠り、そのまま目が覚めなくても悔いはない!
**********
その後について――
第二王子一派がどうなったか? 分からない。
原作第三章で、第一王子を追い落とし、第二王子が立太子される筈だが、今は第一章が終わったところ辺りということもあり、あまり動きがない。
原作との違いは、第二王子の生母である王妃が側妃になり、第一王子の母親である側妃が王妃になった。これは原作にはなかったことだ。
何でも欲しがる妹こと、わたしたちの一人娘だが、第一王子の愛妾に収まった。
……第一王子側から打診があった。理由はよく分からない。
なにせわたしたち夫妻は、あのあと物語通りに平民になったので。当然娘も平民になったのだが、ヒロインの母親の婚約者の実家が、養女として受け入れた。
ヒロインとその母親に対する、意趣返しだとは思うが。
いろいろとしでかした娘だが、親なので不幸になれとは思わない……かといって、罪を償わないのもな、と思っていたので――第一王子の愛妾となり、それが幸せになれるか罰になるかは、娘しだいということ。
そんな親の心配を余所に、可愛いさだけが取り柄(断罪中の第二王子談/その後に”ヒロインのほうが気品がある”と続いた)の娘だが、第一王子には可愛がってもらっている。
なにせ第一王子と第一王子妃と一緒に、我が家へと遊びに来たほど。正妻と愛人を一緒に連れてくるの? とは思ったが、随員も普通そうだったので……王族や高位貴族の感性は分からない。
正妻と愛人の娘は仲が良く――またみんなで遊びに来るなどと言って、第一王子たち一行は王宮へと帰っていった。
貴族の端にぶら下がっていた頃は、王族に会うなんてことはなかったのに、平民になってから会うようになるとは……と夫としみじみ語り合ったのは、つい最近の思い出。
夜会のあと、わたしは何度も呼ばれて証言し――嘘を突き通し、真実にすることに成功した。
その後、国王から褒美として、幾つかの選択肢が与えられ――夫は官吏の職を辞し、平民となり王族専用牧場の管理人という立場を得た。
管理人なので、作業に携わる必要はなく、本当に管理するだけ。
その管理の仕事も、前任者のマニュアルがあるので、元官吏の夫には簡単なこと。
法衣貴族として授爵……という選択肢もあったが、嘘をついている以上、貴族社会からは遠ざかったほうがいいなと考えて、爵位には手を出さなかった。
貴族のパーティーに呼ばれて、詳しいこと話せと言われても困る。
本当は完全に関係を絶ちたかったのだけれど、娘が第一皇子の愛妾になってしまったので……これは罰として受け入れることにした。
牧場の管理人生活だが、肉体労働もなく美味しい肉が食い放題!
王宮に納めきれない肉は、生産者が食べていいので、毎日美味しい肉を食べられるのだ。
王族専用牧場の隣は王族専用農園で、小麦などの主食も事欠かず、毎日美味しい焼きたてパンを食べられる。
管理人の住まいは牧場内にある。かなり大きな邸で、造りは重厚。
通いのメイドが五人ほどいて、邸の掃除や食事の準備、その他、日常の細々としたことを片付けてくれる。
また邸の保守管理のために人が雇われ――金の出所は王家なので、本当にのんびりと暮らせている。
ヒロインについてだが、聴取のあとに、少しだけ話をしたのが最後。もちろん、その時に謝ったよ。謝る以上に色々と語りもした――嘘の整合性を取るためには、仕方なかったんだ。
そのヒロインは現在、表向きだけ……かどうかは知らないが、国王の愛妾になった。
王族や高位貴族の愛妾というのは、既婚者しかなれない。普通は愛妾にするから、部下の誰かと結婚させ、名ばかりの夫婦にして愛妾としてかかえる。
もちろんわたしたち夫婦の娘も、それ用の男性と結婚したことになっている。
ヒロインが国王の愛妾として召し抱えられたのは、ヒロインが隣国の王族の血を引いているから。
隣国の王兄の血を引いている証拠がゴロゴロ出てきたら、私生児であろうともそれなりの扱いが必要。
一代男爵の妻なんてもっての他――だからといって、一代男爵の地位を上げるわけにもいかない。一代男爵と離婚させて相応しい相手と結婚させるか、隣国へと送り返すかするべき案件なので。
なので国王が愛妾として召し抱えるために、一代男爵の妻にした、という形を取った……らしい。これも原作とは違うところ。
国王ではなくて、第二王子の愛妾じゃ駄目だったの? ――第二王子の妃の実家の養女になっていなければ、第二王子の愛妾でも良かったのだが……正妃と愛妾を同じ家から出すのは、貴族間のパワーバランスの問題があるので、国王の愛妾ということになったそうだ。
ヒロインに関して知っているのはその程度。わたしたち夫妻はもう何の関係もないので。
既に平民なので、王族関係の話に首を突っ込めるような立場でもない。わたしとしては、わたしたち一家が幸せになれたので、あとはご自由にどうぞ……といったところかな。
わたしとしては自分に降りかかる火の粉を払いのけ――無事に火元から遠ざかることができたのだから、それで満足。
「そろそろ陛下と側……じゃなくて、妃殿下がお見えになるよ」
「今行くわ、あなた」
まあこの後、歴史の修正力とかいう神の力が働き、原作通り第二王子が立太子して国王になったら冷遇されるかも知れないけれど、そんな先のことを考えても仕方ないので――あ、もちろん今回は正妃になった元側妃の第一王子の生母と国王しか来ていません。ほんと、そっちはそっちで、勝手に幸せになってね。
何でも欲しがる妹も、何でも欲しがる妹だけを可愛がる両親も居なくなったのだから
ヒロインの継母でざまぁされるキャラ。ざまぁされる前日に前世を思い出したので、断罪されないように頑張ってみた――あとのことは知らない 六道イオリ/剣崎月 @RikudouI
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