中編

「わたくしが、この騒ぎに巻き込まれたのは夫が、嫁いだ娘ヒロインの母親の配偶者に選ばれたことにあります。先ほど第二王子殿下が説明して下さったように、わたくしと夫は昔から恋人同士でした。そろそろ結婚しようか……という頃に、由緒正しい伯爵家から縁談が持ち込まれたのです。法衣子爵家が断れる縁談ではありませんでした。これに関しては皆さんも納得していただけるでしょう」


 由緒正しい伯爵家というのは、領地持ちということ。領地ナシ木っ端貴族が、領地持ち貴族には逆らえないのは常識……ということは、王宮の夜会に招待されるような貴族なら知っている――法衣貴族は普通招待されないこともね。

 原作ではそれを知らないわたしたちが、のこのことやってきた……という感じ。


 性格悪いよね! ほんと性格悪い。だから潰すのに、なんら良心の呵責などない!


「皆さま、不思議に思いませんか? なぜ夫が婿に選ばれたのか? たしかに嫁いだ娘ヒロインの母親は、領地をお持ちの侯爵家の四男だった婚約者を亡くしたばかりでしたが、彼女は伯爵家を継ぐ女性。婿のなり手など、幾らでもいたはず。実家で領地経営を学ばれた、継ぐべき土地のない男性など選び放題。ですが伯爵に選ばれたのは夫。夫が領地持ち貴族の三男というのであれば、伯爵が婿リストに入れていた可能性もありますが、夫は法衣貴族の息子。男爵家の五女であるわたくしと結婚して、平民になる予定の普通の文官。伯爵家の婿の名簿に、名を連ねていたとは考え辛い」


 ここまで話すと、背後がざわつき――当時夫よりも相応しい独身男性がいたことを、人々がささやく。


「妻の言う通りです。当時のわたしは、伯爵に恋人がいるのでと結婚を断ったのですが、押し切られてしまったのです。たしかに伯爵は、わたしに恋人がいることを知っていたのです。そして恋人であった妻と別れることを強要はしなかった」


 夫がいきなり喋り出した。伯爵とそんなやり取りがあったとは、知らなかった。わたしはその場に居なかったが、良いアシストよ夫!


「排除しなかったということは、恋人を認めていたということか」

「婿の愛人を認めるのは分かるが、結婚前から……というのはどうなんだ?」

「結婚間近の法衣貴族の三男を選ぶ理由……」


 会場にいる人々が、次々に疑問を口にする。

 うん、良い感じ!


「あなた、わたしに任せて」

「あ、ああ」


 夫を落ち着かせてから、


「伯爵は夫にわたくしという恋人がいるのを知っておりました。そして排除しようともしなかった。伯爵ともあろう御方が、格下貴族がそこまで譲歩した理由……皆さまも、もうお気づきになられているのではありませんか? 逆らえない弱小法衣貴族の三男を婿に選んだ理由。それは嫁いだ娘の母親が、婚姻前に婚約者ではない男に体を許し、身籠もったからです」


 第二章で明かされる事実を出した――人々も気付いていたが、はっきりと言われて息を飲む。ヒロインは顔色を悪くし、一代男爵が支えながら、睨み殺すような視線をわたしたちに向けてくる。


 睨まれても事実なんで。第二章であなたも知ることになる事実ですよ、一代男爵。


「なるほど。そして父親がこの紋章の持ち主ということか」


 第一王子がそう言って、ペンダントを衆目に晒した。


「っ!」

「まさか!」

「でも!」

「たしかに、伯爵領に」

「信じられない」

「なんということを!」


 前のほう陣取っている上流貴族は、とうぜんそのペンダントの紋章が誰を指すのか知っている。

 そして壇上にいる王族の皆さまも。あらあら王妃さま。顔色が悪いですよ。


「このペンダントは色やその他の紋章から、我が国に攻め込んできた、隣国の軍を指揮していた王兄のものだ!」


 第一王子が大声を挙げ、会場が一瞬静まり、そして――理解してどよめいた。


 第二章で明らかになるのだが、ヒロインは夫と伯爵令嬢の間に生まれた子ではなく、隣国の王兄との間にできた娘。それも戦争真っ最中に。


 伯爵領に攻め込んだ王兄は、崖崩れに巻き込まれ、倒れていたところを、領地を見回っていた伯爵令嬢に助けられた。

 伯爵令嬢はすぐに王兄だと分かったのだが、深手を負った王兄に対して非情になれず、治療している間に徐々に惹かれていき、王兄を匿っていた小屋で結ばれた……って完結後の読み切り番外編に書かれていた。


 ちなみに関係を持ったのは一度だけじゃない――


 ざわめきが収まらない会場のドアが開き――先ほど証拠品を持ってきて欲しいと頼んだ近衛が戻ってきた。それを見た人々が、まだまだ衝撃的な話が聞けると思ったのか、口を噤み会場は緊張が漲った静寂に包まれる。


「頼まれた品です」

「それは、話が進むまで持っていてください」

「そうしろ」


 第一王子が許可を出し、国王が話すように頷いてくる。


「話を続けてさせていただきます。実は伯爵は娘が密通した相手が、隣国の王兄だとはは知りませんでした。ただ妊娠した事実だけを知り、結婚を急ぎました。もちろん、この時点では生きていらっしゃった、婚約者との結婚ではありません。侯爵家のご子息をこんな身持ちの悪い娘の婿として迎えるわけにはいかないと」


 会場に広がる納得の溜息。

 夫は格下ということもあるが、恋人わたしがいたのも、大きな理由の一つだったはず。だって自分の娘は、貴族にあるまじき婚姻前に誰とも知れない男と寝て身籠もっておきながら、夫には不貞を許さない……は、さすがに悪いと思ったのだろう。


「陛下! 話を遮ることをお許し下さい!」


 おお! 来た! ヒロインの母親の婚約者の兄――現在は家督を継いで侯爵になっている人だ。

 先ほどヒロインに「弟が戦死しなければ、こんな辛い思いをさせなくて済んだ」などと、優しい声をかけていた紳士ですが、弟は戦死して良かったんですよ。

 故郷を守るために頑張って戦って、帰ってきたら婚約者が妊娠中って、この世を儚んで自殺するか、ヒロインに辛く当たるか……あれ? ヒロインってどうやっても、辛く当たられるドアマットの星に生まれついてる?


「許す」


 陛下が呟かれ――


「夫人。伯爵令嬢……いや、あの女ヒロイン母は弟が戦死する前に、王兄と関係を持ったのか?」

「ええ。その証拠も追々出しますので。一つ言えることは、決して暴力をふるわれたのではありません。暴行した相手に、高貴な身分を示すペンダントを預ける筈ありませんので」

「…………! おい、そこの、先ほどの言葉は撤回させてもらう。そんな者に一瞬でも情けをかけた自分が恥ずかしい!」


 侯爵は吐き捨て、夫人が背中を撫でて宥める。

 仲の良いご兄弟だったらしい。そうだよね、命をかけて故国を守っている婚約者がいるのに、王兄に体を許して身籠もって――婚約者はその王兄が率いてきた軍に殺害されたんだから。


 怒りの矛先が唯一生きているヒロインに向くのも仕方ない。


「ただいま侯爵閣下に話したとおり、二人の関係は両者合意の元。皆さまご存じかとは思いますが、伯爵領には隣国の兵が押し寄せてきておりました。総指揮を執っていたのが王兄で、伯爵令嬢はその頃、領地におりました。念のために申し上げておきますが、先ほど第二王子殿下がおっしゃって下さったように、わたくしと夫と娘は、伯爵領には一度も足を運んだことはございませんので、ペンダントを伯爵領で手に入れてくるなどという芸当はできません。そのペンダントは、王兄が来た地区にいた人物が入手し、隠し持って王都へやってきた……という証拠です」


 ちなみに王兄はもう死んでいる。


「さきほど第二王子殿下がおっしゃった通り、夫は出産間近の伯爵令嬢の元へと帰らず、当時妊娠後期だったわたくしの元におりました。これに関してですが、伯爵がそうするように仕向けたものです。なにせ早産にもかかわらず、丸々とした元気な子どもが生まれてくるのですから。邸にいたら、足を運ばずともも目に入ってしまう可能性があるでしょう?」


 亡き伯爵の意図は分からないが、夫が帰ってこないのは、伯爵にとって都合が良かったのは間違いない。

 そして第二王子の表情が険しくなる――先ほどまでは、正妻が出産した頃、邸に寄りつかなかった冷たい婿、扱いでしたが、今は「伯爵が望んだこと」という空気になった。


「当然ながら伯爵は、孫娘に跡を継がせるつもりだった。夫は伯爵令嬢の密通を隠すために迎えたお飾りですので、孫が生まれてしまえば、とくに必要とはしなかった。あとは孫に相応しい配偶者を迎えれば済むはずでした。ですが伯爵は孫娘ヒロインの婚約者を決めていない。おかしいと思いません? 法衣貴族で一般官吏でしかない夫に、伯爵家跡取りの配偶者を選び、打診することが不可能なことは、長らく伯爵を務めていらっしゃった方ですので、知っているのに」


 貴族の婚約なんて、生まれた瞬間から決まっても珍しいことではない。ましてや夫は上位貴族に伝手などない――でも、伯爵は孫娘ヒロインの婚約者を決めずに死んだ。


 大体貴族なんてものは、家督を守ることに持っている力の八割くらい割く。不慮の事故で死んでも、大丈夫なように、数々の手を打つのが普通――それでも、家督を乗っ取られることがある。


「伯爵は孫娘ヒロインの父親が、隣国の王兄だということを知ってしまったのです」


 わたしは近衛が持ってきた証拠品の一つを取り出す――それは伯爵令嬢に届けられた手紙。

 第一王子へと差し出すと、近衛が受け取り中を確認してから第一王子へと手渡す。

 第一王子は便箋に目を通してから近衛に再度渡して、読み上げるよう命じる。近衛は声を張り上げて手紙の内容を読み上げた。


 内容は「兄が死病にかかった。余命幾ばくもない。貴女と娘に会いたいと言っているので、会ってやってくれないか」というもの。

 手紙の主は、王兄の同腹の妹。


「伯爵令嬢が王兄と情を交わすことができたのは、父である伯爵に信頼されていたから。ですが、この時は違います。既に貴族令嬢として不適切な行動を取り、父である伯爵に多大な迷惑をかけたあと。娘を信頼していなかった伯爵は、見張りをつけており、この手紙は伯爵の手に渡った……と考えられます」


 伯爵領内を自由に歩き回れていたのは、信頼されていたから。

 だがその結果が――


「伯爵令嬢は伯爵に尋問され……先ほどそこの娘ヒロインが証言した暴力ですが、夫からではなく、伯爵からのものです。なにせ夫はそこの娘ヒロインに興味はありませんし、荒事は大の苦手なので。伯爵は伯爵令嬢の前でそこの娘ヒロインに暴行を加え、手紙の差出人と父親の名を言うように詰め寄り、そこの娘ヒロインが気を失ったあたりで、口を割ったものと思われます」


 第二章でヒロインが朧気ながら思い出し、取り乱して叫び、夫の一代男爵は「辛いことを思い出させてしまって……」と言うのだが――実は第一章のラスト、断罪後のわたしたちの元にこの一代男爵がやってきて、殴られたヒロインの代わりに夫を殴るシーンがあるのだが、完全な冤罪です。

 百歩譲ってヒロイン自ら殴りにくるなら分かるが、代理で殴りにくる職業軍人・一代男爵――ただの勘違い暴力野郎です。

 真実を知ったあとも「ヒロインにしたことを思えば……」と反省する素振りすら見せない。わたしたちがヒロインにしたことと、お前が勘違いで夫に暴行をくわえるのは全くの別物!


 だから、徹底的に叩く!


「手紙の主、そして父親の名を知った伯爵は絶望したことでしょう。王家に申し訳も立ちません。そこで伯爵は、娘の伯爵令嬢を一族の長として裁き――毒によって殺害いたしました。これがその証拠です」

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