ヒロインの継母でざまぁされるキャラ。ざまぁされる前日に前世を思い出したので、断罪されないように頑張ってみた――あとのことは知らない

六道イオリ/剣崎月

前編

「あ……」


 わりと寝心地のよいベッドで目を覚まし――自分が明日、王宮で開かれる夜会で「継子虐め」で断罪されることを思い出した。


 俗に言う、前世の記憶というもの。この世界は三章で構成されている小説。わたしたちは第一章のクライマックスで断罪される。


 わたしが虐めていた継子がヒロインで、わたしたち一家はヒロイン虐めからさまざまなことを曝かれ、最終的に伯爵家の乗っ取りで裁かれる。


 わたしたち一家というのは、継母であるわたしと、伯爵代理をつとめているわたしの夫、そしてわたしと夫の間に生まれたヒロインよりも二ヶ月ほど年下の娘。この娘はいわゆる「なんでも欲しがる妹」

 ヒロインが持っていたものは、遺品まで根こそぎ奪った、筋金入りのなんでも欲しがる妹。わが娘ながら……まあ、わたしがやらせていたので。


 わたしは元々夫と恋人同士。

 夫は法衣(領地無し貴族のこと)子爵家の三男坊――法衣男爵家の五女だったわたしとお似合いの生まれで、結婚後は庶民として生活する筈だった。

 そこに、ヒロインの祖父である伯爵が、一人娘だったヒロインの母親との結婚をねじ込んできた。


 この結婚、ヒロイン母親の婚約者が戦死した……のが表向きの理由。

 裏の理由は第二章で明かされる――第二章を読んでいたわたしはを知っているので、それを上手く使い、夜会を乗り切る!


 乗り切れなかったとしても、一矢くらい報いてみせる!


 わたしたち一家の敵であり、物語の主役ヒロインはすでに嫁いでいる。嫁ぎ先は最近起こった戦争で見事な活躍を見せた貴族の三男で、その功績で一代男爵の地位を賜った軍人。

 実はヒロインと一代男爵の結婚は、一代男爵の上司にあたる、第二王子からのお声掛かり――第二王子の母親である王妃は、ヒロインの母親と知り合いで、ヒロインの現状小耳に挟み、助け出すために結婚という手段をとった。。

 と一代男爵の組み合わせは、かなり不釣り合いだが――高位貴族の縁談を持ちかけたら、妹に縁談を取られると考えてのこと。


 なんでも奪う妹と、姉妹差別をする親だから、妥当な判断だ。


「…………さて、動くとしますか」


 第二章で明らかになる事実と、その物証を集める。


「お母さま、明日の夜会楽しみね」

「そうね」


 我が娘よ、なんでも欲しがる妹よ。ヒロインとその一味たちも、すっごい楽しみにしているよ――わたしたちを断罪することを。


 ちなみにヒロインの一味とは、ヒロインと結婚相手の一代男爵、一代男爵の上司である第二王子。

 第二王子の生母の王妃。

 あとはヒロインと我が家の縁を切るために、協力してくれた第二王子の妃の実家の皆さま――ヒロインはすでに王子妃の実家の養女になっている。


**********


 記憶を取り戻した翌日――わたしたちも準備を整えて、法衣貴族ですらないわたしたちに、夜会の招待状を手に王宮へ。

 何でも欲しがる娘の首元を飾っているネックレスは、ヒロインから奪ったもの――代々伯爵家の女主が使うものだと原作で読んだ記憶がある。


 それを何でも欲しがる娘に装備させて、ヒロイン一味を煽るのだ!


 ちなみに夫は弱腰。わたしの言うなり。どちらかと言わなくても、尻に敷かれるのを好むタイプ。


 弱気な夫に、性悪なわたし、そして強欲な娘は、第二王子に呼ばれて王家の者が並ぶ壇上の前へと引き出された。


 壇上にいるのは、国王と王妃(敵)。第一王子とその妃と、第一王子の生母である側妃。

 あとは第二王子(敵)に第二王子の妃(敵)

 すぐ側に控えているのは宰相に近衛兵が五名ほど。


 入場してすぐに会場を見回して、目的の人物がいるのは確認しているので――うまくいくだろう。


「この者たちは――」


 第二王子と一代男爵は、滔々とわたしたちの罪を語る――


ヒロインに使用人のような生活をさせていたこと――事実です

ヒロインの母親の遺品を、全て取り上げたこと――事実です

伯爵家はヒロインの母親が血筋なのに、血を引いていない妹を跡取りにしようとしていること――事実だな

ヒロインの婚家に、何度も金の無心に来たこと――事実だよ

領民に重税を課している――事実


 その他さまざま、高らかに罪状を並べられ、テンプレ断罪が決まった。


 夫と娘は喚き散らす。

 それを冷酷に見下ろす面々。本来ならわたしも一緒に喚き散らしている――さて、出来うる限り反撃してみますか。もちろん敵の喉元を深々と噛みちぎるつもりだが!


**********


「わたくしたちには、語る機会もないのでしょうか?」


 わたしが口を開く。

 ヒロイン側は不服そうだが、


「たしかに、第二王子たちが一方的に喋っていただけですので、夫妻の意見も聞いてみなくては。よろしいでしょうか? 陛下」


 第二王子といろいろといがみ合っている第一王子が、乗ってきた。

 二人は不仲だから、第二王子の完全勝利なんて、受け入れるわけがない。


「よかろう」


 陛下からも許可が下りたので――


「では御言葉に甘えて。第一王子殿下、わたくしが持ってきた証拠の品を、わたくしの手から、直接受け取ってくださいませんか?」


 わたしの一言に会場がざわめき、第一王子は不快そうに眉をひそめた。

 王子に直接取りに来てくれというのは、不敬だよね。もともと第一王子は、選民思想が強いタイプだから、庶民に近いわたしの側に近づくのも嫌だろう。

 ちなみに原作ではマキャベリストと書かれていて、第三章で第二王子に負けて幽閉されました。


「証拠の品を、わたしが自ら?」

「はい。怪訝にお思いでしょうが、それほどの品なのです」

「近衛では駄目なのか」

「本来でしたら、あまり人の手を介したくないのですが……畏まりました。ではお願いします」


 夜会の会場がなんとも言えない空気に包まれ――近衛の制服を着用した男性がやってきた。視線を第一王子に向けると頷き、


「では近衛のかた、このハンカチ包みを辺りに見えないよう中を確認してから、第一王子殿下にお見せ下さい」


 わたしはオモニエールから、ヒロインの出自が分かる品を取り出して手渡した。

 夫も娘も不思議そうにしているが、二人を手で制する。


「…………! これはっ!」


 わたしが持ってきた証拠など……と舐めていただろう近衛は、膝が”かくっ”とするくらいに驚いた。


「落とさないでください。見せる順番を間違えると、大変なことになりますから」

「あ、ああ」


 近衛はハンカチを両手で包み込むようにして持ち、急ぎ足で第一王子の側へ。そして大きな手で隠しながらハンカチの中身を見せた。


「とんでもないものを、提示してきたな。紋章院長官、ここへ!」


 第一王子は息を呑み――わたしが入場してすぐに探し、出席を確認しておいた、紋章の生き字引に声を掛けた。


「殿下、その前に我が家とは縁を切った娘に確認を取っていただきたいのです」

「確認?」

「はい。それがわたしたちが取り上げた、母親の遺品であるかどうかを」


 第一王子はヒロインだけを呼び――ヒロインはハンカチに包まれている、なんでも欲しがる妹に奪われた、母親の遺品と対面した。


「これは母が持っていた品です」

「下がれ」


 皆の視線がヒロインと第一王子集中している間に、わたしは先ほど証拠品を受け取りに来た近衛を手招きで呼び、夜会会場入りする前に、受け付けで預けた品を持ってきて欲しいと頼んだ。

 近衛は一瞬考えたが――王子すら唸る証拠を提示したわたしの頼みなので、


「人を連れていったほうがいいか?」

「もちろんです」


 第一王子の側へと再度駆け寄り、耳元で囁いてから足早に会場を出ていった。それと同じくして、ヒロインが一代男爵の側へと戻る。

 一代男爵はなにを見たのか聞いている――ヒロインは母親が残した大事なペンダントとしか知らない。

 近衛が会場を後にするとすぐに、第一王子が、


「他の者は、いかなる事情があろうとも、会場から退出することを禁ずる!」


 そう叫び――紋章院長官に、わたしが持ってきたペンダントを、隠すようにして見せた。


「これは! まさか……いや、そういえば、この者は伯爵領に」


 長官も驚き――そしてわたしが欲しかった「この者は伯爵領に」と呟いてくれた。その台詞が欲しかった!


「それ以上、いまは言わなくていい。これは本物で間違いないのだな?」

「間違いありません」


 長官の言葉を聞いてから、第一王子は会場に背を向けて国王の前に立ち、証拠の品を見せた。


「長官が本物だと断言しておったな。これが、ここのある理由は?」


 王妃と並び豪奢な椅子に腰を下ろしている国王が、第一王子に問う。


「これから、夫人が説明してくれることでしょう」


 さすが国王、声の調子は変わらない。第一王子が、貴族に向き直った。

 衆目がわたしの背中に集まっているのを感じる――


「では、じっくりと説明させていただきます。先ほど第二王子殿下が、我が家では嫁いだ娘を使用人のように扱い、伯爵家由来の品々を奪っていたとおっしゃいました。結果だけみればそうですが、裏には別の理由があるのです」


 いや、ないけどね。全くない。単純に「伯爵令嬢ってお高くとまりやがって!」という嫉みからですが。


「皆さまは、第一王子の手元にある品が気になっているでしょうが、もう少しお待ちください。まず、嫁いだ娘ヒロインが継ぐ筈だった宝飾品を奪った理由ですが、奪う必要があったからです。その品は母親の遺品で、嫁いだ娘ヒロインは取り上げられるのを嫌い、激しく抵抗してきました。もちろん取り上げたので、いまこうしてわたくしが、第一殿下に証拠の品として提供することが出来たのです」


 あのペンダントを取り上げる時だけは、すっごい抵抗してきたな。心が痛む……わけでもない。


「ここにいるわたくしの娘が、嫁いだ娘の品を全て取り上げたのは、わたくしが誘導したから。その品だけ取り上げては不自然ですので、全てを取り上げるようにしたのです。また二人が仲良くなり、取り上げた品を返しても問題がおこるので、わたくしは二人が不仲になるよう振る舞いました」


 すぐに奪い終わってしまったので、召使いにしていびっていたけれど。


「お前の話しぶりからすると、あれヒロインを庇おうとしていたように思えるが」


 第一王子が尋ねてきたので、


「はい。そうです」


 聖人ムーヴをかましてみた。実際は、まったくそんな気持ちはありませ。


「知って尚、庇おうとしたと取るが」

「最後まで聞こうではないか」


 やや性急な第一王子を国王が制した。

 結果を知りたいのは、あなただけじゃないんですよ第一王子。夜会の場にいる全ての人が知りたい――そして長引かせているのは、嘘をついているからです。

 丹念に嘘で塗り固めて、断罪から逃げ果せる!


 それができなかったら、不和の種をまいて処刑されてやる!

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