魔法中年☆クラッシュ・ドリーマー

家宇治 克

第1話 魔法使いはサラリーマン

 いつも通りの外回り。荻野おぎの友春ともはるは首の汗を拭う。


 気難しい取引先の人とゴルフの話をして、どうにか契約を取り付けた。再来週にゴルフに行く約束をしてしまったのは失敗だが、取引のためと思えば多少やる気も出る。


「少し、時間がかかりすぎたな」


 腕時計を見れば、12時を少しすぎた頃だった。この辺りに若い子に教えてもらったお食事処があったな。カツ丼が美味いのだとか。


 行ってみようと、場所を調べ始めた時、カバンの中から、紫のうさぎのぬいぐるみが飛び出してきた!


「モンスターの気配がするくま! ともはる、変身して退治するくま!」


 どうして語尾が『ぴょん』じゃないんだろう。ずっと疑問に思っている。

 あえて無視をすると、相棒が俺の髪を引っ張った。


「モンスターが出たくま~! すぐに向かうくま~」


「別に行かなくたって良いでしょ。俺腹減ったし」


「自分のお腹を優先するなくま! ともはるがご飯を食べてる間に、他の人間がモンスターのご飯になるくま!」


 うさぎのぬいぐるみに怒られ、渋々現場に向かう。


 着いた先では、巨大な黒いクマのぬいぐるみが、雄叫びを上げて暴れていた。

 車を掴んで持ち上げたり、街路樹をなぎ倒したり。

 逃げる人達とは逆方向に歩く俺は、勇ましく見えるだろう。


「ともはる、変身だくま!」


 うさぎは意気揚々と言うが、やりたくない。

 俺は、マジカルステッキを握った。




「プリズムハート♡ファンシーゴリラ!!」




 虹色の光に包まれて、お決まりの変身タイムを済ませる。

 ステッキを振り回し、変身後の口上も欠かさない。



「出来ることなら今すぐ辞めたい! プリズム☆返り血の友春!」



 何が悲しくて魔法少女みたいなことをやってるのか。しかも、変身後の名前が、ヤンキー時代のクッッッソ恥ずかしい呼び名だし。


 どうして変身ベルトじゃないの?

 どうして40歳過ぎでフリルいっぱいのブラウスに短パンなの??

 痛すぎるでしょ。


「泣いていい?」


「口上も勝手に変えて、何が泣きたいだくま! 後にしろくま!」


「しろくま? 後ろにいたら困るよ」


「お前ぶっとばすぞ」


「いきなり語尾消えるじゃん……」


 俺はため息をついて、クマのモンスターに向き合う。


「暴れるのはこれまでだ! クマ野郎!」


「パンダだくま!」


「うっそあれパンダなの!? わかんなかったよ!」


「パンダとクマの違いも分からないのかくま! これだから中年は! どうせ奥さんの買い物で、「この色とこの色どっちがいい?」って質問に、「全部一緒」って言って、口聞いてもらえないくらい怒られるんだくま!」


「真っ黒なあれを見分けろって方が無理だろ! つーか、なんでこないだのケンカの原因知ってんだテメェ!」


 そうは言っても、俺たちのケンカをモンスターが待ってくれる訳でもない。


 暴れるモンスターは、腕を振り下ろして攻撃してきた。

 すんでのところで避けるが、そのタイミングで腰がビキィッ! と、嫌な音を立てる。


 そう、ぎっくり腰である。


「ぎゃあぁぁ!」


「情けない声を出すなくま! 早く反撃するくま!」


「こ、腰が……」


「ともはる──」


 うさぎのぬいぐるみは、俺に向かって呆れたため息をついた。



「なんで魔法使いになったくま?」


「お前が勝手にそうさせたからだよ!!」



 中身が綿で無ければ、この場で捌いてハンバーグでもパスタにでもしてやれたのに。


 腸が煮えくり返るような思いで、うさぎを睨みつけると、うさぎはまたため息をついた。


「はぁ~、しかたないくまねぇ。ボクがモンスターを弱らせるから、ともはるがトドメを刺すくまよ? おいしいところ譲ってあげるから、それくらいはするくまよ?」


「なんで俺が面倒くさがってるみたいな言い方してんだ。お前の背中引き裂いてやろうか」


 うさぎは本っ当に「やってやるかぁ」スタンスで、モンスターに向かっていく。

 そして、目にも止まらぬ速さでモンスターを叩きのめしていく。


 反撃の隙も、防御する隙も与えず、見ている側が可哀想に思えてくる一方的な暴力に、俺はモンスターに同情する。


 ぎっくり腰にさえならなければ、あの痛みも恐怖も、知らなかったのだろうと思えば、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。


「さぁ、モンスターを倒すくま!」


 もう、いらねぇんじゃね?


 そう言いたいくらい、モンスターは縮んでへこんで平べったくなっている。

 こんなの日曜朝アニメの誰もやっていない。深夜アニメとかに出てくる成れの果てじゃん。


 俺はステッキを支えに、モンスターに近づいた。


「すぐ、楽にしてやるからな」


 心からの言葉である。


 ステッキを振って、モンスターを還してやる。

 うさぎは満足そうに、天に昇る光を見上げていた。


「これで、あのモンスターの魂は救われて、極楽浄土にいけるくま」


「ぬいぐるみの王国とか、ファンシーな所じゃないんだぁ……」


 極楽浄土に逝ってもらわないと困る。あんな可哀想な目に遭って、地獄行きとか割に合わないだろう。


 モンスター退治も終わり、俺はようやくお昼ご飯にありつける。

 スマホを開いて、マップを例の食事処に設定した。


「さて、カツ丼食べるか~」


「どうせ若い頃より胃が丈夫じゃないんだから、大人しくうどんとか食っとけくま」


 俺はこの日、相棒をゴミ箱に捨てた。

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魔法中年☆クラッシュ・ドリーマー 家宇治 克 @mamiya-Katsumi

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