捨てられなかったぬいぐるみ

夢神 蒼茫

捨てられなかったぬいぐるみ

 自分の部屋には二体一対のぬいぐるみが鎮座している。


 本棚の上に特に意味もなく置いている。


 外見はどちらもクマだ。


 片方は茶色の毛並みで、ずんぐりとした二頭身。


 タキシードっぽい服を着ている。


 もう片方は白の毛並みで、こちらもまた二頭身。


 ウェディングドレスを着ている。


 そう、この二体一対のクマは、私の結婚式の時に飾られていた代物だ。


 なんと表現していいのか分からない微妙な顔をしている


 だが、並んで座っている姿は、それはそれで愛嬌のある姿だ。


 結婚式から十年、変わらぬ姿でこちらをずっと見下ろしている。


 ただ、変わった事がある。


 それは私のパートナーがいないということだろうか。


 いなくなった理由は離婚。


 原因は妻の浮気だ。


 価値観の相違と言うやつだ。


 私は結婚を機に“夫”となり、“家族”になろうとした。


 しかし、元妻は“恋人”の延長線という認識だった。


 仕事が忙しく、以前のように気軽に出かけれなくなったのは申し訳ないと思った。


 しかし、家庭を持った以上、それに伴う義務や責任というものがある。


 掃除洗濯はしないできない。


 料理は下手くそ。


 まあ、自分が本職なので、自分で作った方が美味しいというオチはある。


 やるのは、ペットの世話くらいだ。


 それで口論になることもしばしばであった。


 おまけにつまらない男だとなじった上に、外に男を作った。


 そして、離婚届を差し出してきた。


 少し迷ったが、それにはすんなりサインした。


 慰謝料として、家はそのまま自分が住み続けることなった。


 あちらはどこぞにアパートを借りているそうだ。


 少しずつだが、残っていた荷物を取りに家にやって来ることもあった。


 最後の荷物を取りに来た際、最後の晩餐を出した。


 ほんのささやかな手料理であったが、元妻となった女性はいきなり泣き出した。



「家に帰って来て、料理を作ってくれる人がいてくれるのが、こんなにも有難かっただなんて考えもしなかった」



 涙を流しながらそう言い放つが、今更気付くのが遅い。


 まあ、ここで怒鳴ることなどはしない。


 元妻の父は単身赴任で方々を飛び回る生活であった。


 母親も教職で帰りはいつも遅い。


 食事はいつも、スーパーの総菜コーナーで買ってきて、レンジでチンだ。


 まともな手料理を食べたことが無く、寂しい家庭環境で育ってきたのだ。


 だからこそ、私は温かい家庭を目指した


 だが、具体的なイメージを持たない元妻は、それがつまらなく感じたのだろう。


 気付かぬ内に味わい、離れてようやくその意味に気付いた。


 そんなところだろう。


 だが今更、寄りを戻すつもりもない


 最後の晩餐が終われば、それで本当にサヨウナラだ。


 元妻は最後の荷物を抱えて出て行き、とうとう完全なる一人となった。


 今のソファーに身を投げ、ふと見上げると、そのぬいぐるみがあった。


 結婚式の時から変わらぬ姿をしている。


 笑ったり、ケンカしたり、そんな姿をジッと見降ろしてきた二匹のクマだ。


 これも持って行けよ、とは思ったが今更追いかけて手渡すのも締まりが悪い。


 捨てるのも忍びなく、そのまま居座って、早数年か。


 二体のぬいぐるみは、今もこちらを見下ろしている。


 語り掛けるでもなく、じっと見つめてくる。


 そんなクマ達を見て、自分は思い知らされる。



「踏ん切りがつかないのは、自分の方か」



 未練の象徴たるぬいぐるみに見送られながら、今日も仕事に出掛けて行く。



                 ~ 終 ~

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捨てられなかったぬいぐるみ 夢神 蒼茫 @neginegigunsou

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